第6話 嫌な金の流れ
高校生にして借金二十五万円、利息を含めると二十七万五千円。絶望的とも言える負債額だが、俺は希望に満ち満ちている。
バター犬兼馬畜生に成り下がった俺は、烏丸大先生に媚びを売り続けて小遣いをいただくことに成功した。
中々地獄だったぞ? 肩を揉んで、護衛を兼ねてカバンを家まで運び、寝るまで通話に付き合って……それで二千円か……。時給換算したらドブラックだな。まあ、バイトよりは遥かに楽だし、楽しいからいいんだけどさ。
「おっす! 今日は丁半やらせてくれ!」
丁半ならハリを調整できるから、二千円でも十分戦える。上手くいけばワンチャン借金返済まで漕ぎつけることができる。え? 夢見すぎだって? 現実しか見られないヤツは入ってくんじゃねえ! ここは男の世界だ! 夢を見れねえヤツは、つまんんねえ人生を……。
「お前は出禁だ」
「は?」
何もしてないのに出禁食らったんだが? この賭場で一番のお得意様なのに、門前払いされたんだが? 夢見せてくんねえの? 寝れば見られるってか? クッソ寒い詭弁やめろよ。
「なんでだよ、納得いく説明をしろ」
俺のような上客を出禁にはできんだろ。いくら頭の悪いヤンキー共でも、俺を追い出すことがどれほどの不利益かってことぐらい、計算できるだろ? できねえなら、生きてても仕方ないから即刻首を……。
「七海ちゃんが『充兄さんが最近来てくれないッス』って嘆いてたぞ。あの子を元気づけるまで出禁だ」
七海ちゃん……?
……ああ! たこ焼き屋のナナか!
……なんなんだよ、お前ら。お前らはナナのなんなんだ。会おうが会うまいが俺の勝手だろ。どの立ち位置で俺に指図してんだよ。
「ボケっとしてないで、さっさと行ってこい! この馬野郎!」
「カス駄馬!」
「闇金の犬! いや、馬か」
……噂、広まってんなぁ……。
なんで悪いこと一切してないのに、こんな不遇なんだ? 家庭的な事情を理由にたこ焼き女からタカられるし、暴利を貪る狸女の食い物にされるし、不条理な偏りでアホヤンキーから搾り取られるし。
まあいい、あくまでも途中だ。俺は勝利の道のりを歩んでいて、そこにたどり着く道中なのだ。道中がどうであれ、最終的に勝った人間が勝者なのだ。
たこ焼き最低でも六百円なんだよなぁ、二千円しかないんだよなぁ。
何が悲しくて、大事な軍資金をナナに貢がにゃならんのだ。たった数百円で人生変わることもあるんだぞ? 百円足りないだけで百万円を手に入れ損ねるってこともありうるんだよ、ギャンブルってのは。
なんて心の中で愚痴っていたら、例の屋台が見えてきた。なんで営業続けられるんだろうな? ヤクザとか警察に絡まれないのか? 哀れすぎて見逃されてるってか?
「おっすー」
「……兄さん? ……兄さん!」
露骨に落ち込んでいる様子だったナナが、俺を認識した瞬間元気を取り戻した。なんだよ、そんなに金ヅルが恋しかったか。
「元気だったか?」
おそらく意気消沈の日々だったと思われるが、社交辞令で聞いておこう。
こいつの機嫌取らないと、逆転への道を失うからな。ったく、無駄な場代だぜ。
善意で客を連れてきてあげたのに、それをアダで返されようとは思わなんだ。
「……わけ……」
あ? なんか言ったか?
「え? なんだって?」
「元気なわけないっしょ!」
うおっ! 情緒不安定かよ! 三流配信者みたいな音量差やめろよ! 声小さいと思って音量上げたら、急に大声出されて鼓膜死ぬヤツやめろ。
えっと、もしかして地雷だったか? 『元気を奪った元凶が何を言ってんだ!』みたいな? 俺に非はないと思うんだが。
「どうしてナナを捨てたんスか!」
なんて人聞きの悪いことを言いやがる。通行人が一瞬だけ足を止めたぞ?
なんだよ、捨てたって。まず拾った覚えがないんだけど。また情に訴え賭ける作戦かよ、勘弁してくれ。
「とりあえず落ち着け。な?」
これ以上騒がれちゃまずい。通学路ゆえに見覚えのある通行人とかいるし、同じ学校の人間が通ってもおかしくない。なんだったら家族が通る可能性もゼロじゃない。
「落ち着いてらんねーッスよ! 食べるだけ食べて、飽きたら捨てるなんてあんまりッスよ!」
言い方よ! こんな修羅場みたいな空気感で、食べるって単語を出すな!
ダメだ、その辺の奥様とかに見られたら誤解される。奥様ネットワークでこの辺一帯に広まっちまう。
「飽きてないし、捨てる気もない。バイトで忙しかったんだよ」
強ち嘘じゃない。まあ、バイトない日もスルーしてたし、とっくに飽きてる。っていうか元々好きじゃない。たこ焼きにもナナにも、特別な感情は抱いていない。抱いてるとしたら、負の感情だよ。
そもそもの話な? 普通って、そんな頻繁に通わないじゃん? 恋人でもさすがに毎日は会わないだろ? 祖父母が経営してる店に毎日顔出したりせんだろ?
「ホントッスか? これからはちゃんと足しげく通ってくれるッスか?」
……肯定したくないな、言質を取られても困るし。
可能であれば二度と足を運びたくないし、仮に運ぶとしても、思い出した時にフラッと立ち寄る程度がいい。
「えっと……」
どう誤魔化そうか悩ましいところだ。軽々に一時しのぎは……。
「やっぱり捨てるんスね! ナナがお子様体型だから! 色気が全然無いから捨てるんスね! 女日照りの時だけ相手できる都合の良い女扱いするんスね!」
いくらなんでも被害妄想が酷すぎる。なんだよ、女日照りって。
「で、でかい声出すなって。誤解されるから」
「どこが誤解なんスか! (たこ焼きを)アタシのお口に突っ込んでくれたくせに、(お金が)溜まってないからって放置プレイッスか!」
マジでやめてくれ。見られてるから、ご通行の皆様に見られてるから。
わざとやってないか? 意図的に人聞きが悪い言葉を使ってないか?
「あんなに『可愛い』って言ってくれたのに……今は他の女に同じことを言ってるんスね……」
なんで泣くんだよ。泣きたいのは俺なんだよ。それは俺の涙なんだよ、返せ。
「な、ナナ!」
「……なんスか? 使い古した女に今更なんの用ッスか?」
一度たりとて使った覚えないんだけど……。
「お前が焼いたたこ焼き……食べたいな」
「……何個ッスか?」
「六……」
「そうやってキープするんスね……最低限の維持費で現地妻をキープしまくって、ハーレムを築こうと……」
「十六個! コーラもセットで!」
軍資金が……烏丸の身の回りの世話をして稼いだ軍資金が……。
こっちは借金持ちなんだぞ? ギャンブルしなきゃいけないのに、なんでこんなヤツに……。
「兄さん! 大好きッス!」
……まあいっか。こんな屈託のない笑顔、中々見られるもんじゃないし。
賭場の場代だと思えば妥当な金額だよな、うん。
バイトと烏丸の機嫌取りで稼いだ金をナナに流す。うん、ナナの一人勝ちじゃん。
いくらなんでも冗談きついぞ。ギャンブルと違って投資にならないもん。この子が金持ちとかならまだしも、おそらく真逆の存在じゃん。懐かれれば懐かれるほど、経済的にマイナスを被るんだが?
「烏丸……」
「何?」
「そろそろ腕が……」
「いらないの? お小遣い」
「全身全霊で扇がせていただきます!」
畜生……もう既に一時間ぐらいは団扇で扇いでるぞ。さっさと家に帰ってエアコン点けたほうが涼しいと思うんだけど……。
小遣いのため……小遣いのため……。
「喉乾いたわね……」
「あっ、買ってくるよ」
「そっ。じゃあ二分以内にね」
え……全力で走らないと無理なんだが?
さすがに嫌だよ? 階段の上り下りとかあるし、今日は何もしなくても汗かくぐらい暑いし、そもそも体力ないし。
「あの、さすがに……一時間以上も団扇で扇いで疲れてますし……」
「アナタの頑張り次第じゃ、これからも仕事を与えてあげるんだけど」
「朽葉充! 行きまーす!」
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