第3話 口直しの代償

 酷い目に遭ったな……いくら口をゆすいでも、気分が優れない。

 まさかこの歳で……いや、歳の問題じゃないかもしれんけど、同級生の足の裏を舐める日が来るとは思わなんだ。

 風呂上りならまだしも、放課後だぜ? キツすぎるだろ、せめて水道で足を洗ってからにしてくれよ。ああ、気持ち悪い。

 だが、とにもかくにもクソヤンキーに金を返すことができた。それだけに収まらず稼いでやったよ。わずか三千円だが、今の俺にとっては大きい。

 えっと、今が四万五千円で……十三日の支払いはパスだから、給料日になれば九万七千円か。昼飯代ケチって、尚且つ親からの小遣いも受け取れば十万強。二十三日の利息は千五百円だから……それ払っても十万は残るよな。

 一旦その十万を返せば残り五万。来月の三日の利息を払えなくなるが、それでも五万五千円だろ? で、十三日の利息も払えないから……六万とんで五百円か?

 まあ、五百円くらいなら昼飯代浮かせて払えるとして……来月の給料がどれくらいだろ。仮に今月の十日頃から働くとして……大体四十時間くらい? 時給千円だとしたら四万か。もうちょい頑張ったとしても五万くらい? まだ返済はしきれないが、再来月には……。


「お兄さん、お兄さん」

「ん?」

「たこ焼きどうッスか?」


 珍しいな、今時移動式の屋台なんて。

 しかも店員が女の子? 随分若いっていうか、同い年ぐらいに見えるけど。


「えっと……最低が八個? 四個ぐらいで売ってくんない?」

「いやぁ、キツいッスよぉ。男の子なんだから、八個くらいいけるっしょ」


 こっちだってキツいよ。

 そりゃ八個ぐらい食えるよ? なんなら足りないよ。でも……八個で六百円は強気すぎん? 大阪だったら見向きもされんぞ。いや、東京でも鼻で笑われるわ。

 お祭りの屋台でも高いだろ、多分。


「老舗でもこの値段は中々ないと思うんだが?」

「それはそうなんスけどぉ……こっちも生活が苦しくてぇ……」


 ざけんな、俺のほうが苦しいわ。金のために足を舐めさせられたんだぞ。

 話にならねえな、情に訴えかけようとしやがって。恥を知れ、恥を。


「苦しいならなおさらこの値段じゃダメだろ。タコ焼きなんて競合相手が猛者揃いなんだから、薄利多売でコツコツやるしかないじゃん」

「耳が痛いッス……」


 そんな露骨にしょげられても……客ぞ? 客の御前ぞ?

 ………………ま、丁度口直ししたかったし? お金余裕あるし? 頑張ったご褒美欲しいし?


「十二個入り貰おうかな」

「え……」

「男の子だからな、八個じゃ足りないんだよ」

「お兄さんっ!」




 あんまり美味くねえな……よくこれで九百円取ったな。っていうか多く買ったんだから、ちょっとは安くしろよ。なんで個数と値段が綺麗に比例してんだよ。


「どーッスか!?」


 いや、そんなキラキラした目で見るなよ。


「食べてみ? 一個七十五円の価値があるかどうか」

「え、いいんスか?」


 いいよ、美味しくないし。冷凍たこ焼き買った方が絶対お得だわ。

 ……何待ち? なんかアホみたいに大口開けてるけど。


「入れていいの?」

「オナシャス!」


 たこ焼きだぞ? 絶対火傷するぞ?


「ちょい待ち」


 火傷しないように、串で裂いて中を冷ましてやる。

 なんで俺がこんな介護みたいなことを……。


「ちょっと熱いと思うけど……」

「フーフーしてくれないんスか?」


 ……俺とこの子、どういう関係だっけ? 恋人だっけ? お互いに名前知らないと思うんだけど。

 まあ、この子が気にしないなら別に……。


「ほれっ」

「んっ」


 なんで餌付けしないといけないんだろ。九百円あれば何ができたんだろ。ああ、考えれば考えるほど、後悔の念がぁ。


「んー……まだまだッスね」


 なんか俺が作った物を試食してもらってる感出してるけど、お前だぞ? お前が焼いたんだぞ?

 ああもう、口にソースつけちゃって。


「んぐぐ!?」

「じっとしなさい、もう」


 本当に介護だよ、これ。なんで天下の往来でこんなことを……。


「お兄さん、めっちゃ優しいッスね」

「どうも」


 違うよ、お前が甘やかされ上手なんだよ。妹以上に庇護欲そそってくんだよ。

 はぁ……さっさと食べて帰ろ……。


「この値段で売るのは無理あるッスかねぇ」


 早く帰りたいから、もう話しかけないでほしい。

 でも無視したらうるさそうっていうか可愛そうだし、相手してやるか。


「……ここに留まり続けるのは厳しいかもな」

「……? どういうことッスか?」

「アンタは愛嬌あるし、可愛いから最初は買ってくれるだろうけど……リピーター作るのはさすがに無理だ」


 だって不味いもん。いや、不味くはないんだけど、あんまり美味しくないんだよ。

 そうだな、六個で二百円とかなら……貧乏学生が我慢して食うんじゃね? 俺は食わんけど。


「可愛いだなんて、そんなぁ。照れるッスよぉ」


 危機感とかないのかな。照れてる場合じゃないと思うんだけど。

 まあ、こいつが廃業したところで俺には関係ないんだけど。


「値下げするのは確定として……もう少し腕をあげないと厳しいんじゃないか?」


 自分で言っといてなんだけど、たこ焼きの腕ってどこに差が出るんだろ。出汁?


「うーん……腕を上げるにしても、買ってもらわないことには厳しいッス」

「じゃあとにかく値下げだな。『この値段なら許せるか』ってぐらいまで下げたら、クレームもあんまりこんだろ。可愛いけりゃ、笑ってるだけで許されるもんだ」


 知らんけどな。責任は取らんよ? 真に受けて痛手を負っても、俺のあずかり知らぬことだからな? そこんとこよろしくな?


「えへへ、また可愛いって言ってくれたぁ」


 ……俺は商売とかそういうのに疎いけど、こいつは近い将来破産するな。絶対商売向いてないわ。まっ、どうでもいいけど。


「とにかく、この値段ならチーズやらキムチのトッピングサービスしてもいいんじゃないか? タコせんとかさ」

「んー……トッピングはアリ寄りのアリッスね。でもタコせんは手間がかかる気が」


 手間かけなきゃいけないほどの値段設定なんだよ。売り逃げする前提の値段じゃんかよ。だから移動式屋台なの?


「道路の使用許可も金かかるだろ? こんなんで元取れんのか?」


 あと、ヤクザへのみかじめ料とか……今も多分あるだろ? 知らんけど。


「使用許可……?」

「え?」

「なんスか? 道路の使用許可って」


 …………コイツとは関わらんほうがいいな。俺も巻き添えくらいかねん。


「ああ、いや、俺も詳しいことは知らないんだ。じゃあ俺帰るから、食べていいよ」


 嘘はついてない。道路使用許可の存在自体は知ってても、詳しいことは一切知らない。知りたきゃ勝手にスマホで調べろ。情報クレクレちゃんはお呼びじゃねえんだ。


「待つッス」

「なんだこの手は? 痛いぞ?」

「可愛いアタシを見捨てるんスか? 可愛いアタシが泣いてもいいんスか?」


 知らんよ、膝から崩れ落ちろ。


「俺は素人なんだ。これ以上何もできることはない」

「でも学生さんじゃないッスか。勉強してるじゃないッスか」


 …………なんとなく察していたが、こいつもしかして。

 いや、だとしても俺には関係ない。同情したら負けなんだよ、こういうのは。


「普通の学校だ。何も知らないただのガキだ」

「でもでも! 大人っぽいし……優しいし……」


 うー……面倒事の予感……なんなら既に面倒だ。

 まず絵面がヤバい。俺の袖を掴んだまま涙目にならんでくれ。


「わかったわかった、明日も来てやるから……」

「マジッスか!?」


 めっちゃ食いつくやん。あーあ、明日も無駄金と無駄時間を……。


「……マジッス」

「約束ッスよ? 絶対ッスよ? 破ったら……酷いッスよ?」


 どうしよ、遠回りしてでもこの道を避けようかな。でもそれはそれで面倒なことになりそうだよなぁ……。よし、あのクソヤンキー共を連れてこよう。可愛い店員がいるって言えば来るだろ。あわよくば、あいつらになすりつける。なんやかんやで、金さえ滞納しなければ気の良いヤツらだし、面倒見てくれるだろ。

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