第2話 足置き場

 無事に妹とオカンに金を返すことができた。まあ、向こうは借りられたことさえ知らないんだろうけど、返したってことは実質借りてないんだ。だから俺は悪いことを一切していないということになる。

 いやあ、烏丸お嬢様のおかげで九死に一生スペ……。


「朽葉ぁ! 今日もやるんだろ?」


 不良が何かを摘まむジェスチャーをしながら話しかけてきた。多分麻雀のジェスチャーだろう。

 ……まだ二万あるから、勝てると思う。ただ、万に一つもスるわけには……。

 いや、待て待て。給料日まで残り十二日。つまり、給料日までの返済回数は一回だけだ。一万円残しとけば凌げるわけだし……やるか。


「へっ、聞くことかよ」

「そうっこなくちゃな」


 今に見てろよ。そのヘラヘラしたツラは、もうじき青ざめることになるぜ。

 昨日は異常なほど負け続けた。つまり偏りは昨日の時点で解消できたってことだ。




「おっ? ツモっ! まくったぜ」


 お、親かぶりで二着か。まあいい、プラスはプラスだ……。


「赤ドラ二枚だからチップ二枚オールだ」


 ……あっ、チップのせいでマイナスだわ。まあいい、これぐらい……。




「悪い、二着狙いだ」

「おいおい、男らしくねえぞ斎藤」

「麻雀はトータルで勝つゲームだ」


 こ、このクソヤンキー……そんなクソみたいな手で俺の逆転手を……。

 一度も振ってないのにドベかよ……ツモりすぎだろ、こいつら。チップと点差でだいぶマイナスに……あっ、一万円を切ってしまった……。

 やばくね? 次の返済が……。


「す、すまん。七千円しかないから、麻雀抜けるわ」

「おー、じゃあこっち来いよ。カブすんべ、カブ」

「やるやるー!」


 大丈夫、大丈夫だ。たった三千円稼ぐだけだ。一万円になったらやめればいい。

 ここのカブはレート低いし、七千円でも長くやれる。今みたいにちょっと稼ぐだけなら、丁度いいや。




「おおおおお! ドシッピン!!!!!」

「んなぁぁぁぁ!」


 ざ、ざけんな……初めて見たぞ……よりによって、俺が親の時に……。


「おい、朽葉。お前、金足りなくね?」

「しょ、しょうがねえじゃん! ドシッピンなんて想定しとらんよ!」


 この賭場におけるドシッピンは、なんと二十倍づけ。そしてこのクソ野郎が賭けた金は千円。つまり二万円払いだ。

 くそっ! 一万を超えた段階でやめておけばよかった……端数で勝負してたら、面白いぐらい勝ちまくったから調子に乗ってしまった……。


「おいおい、不足分どうしてくれんだ? ああ?」

「なんとかする……なんとかするから待ってくれ。追って連絡する」


 どうすんの? どどどどーすんの?

 まずいぞ、こいつらに借りは作っちゃいけない。全裸でフェンスに張り付けられて不登校になったヤツとか、無理矢理女子更衣室を盗撮させられたヤツもいる。運が良くても、返すまでサンドバッグの日々だ。

 くっ……こうなったら……男を見せるしかねえ!




 よかった、まだ学校に残ってた。なんで残ってるのか知らんけど、とにかく助かったぜ。さすが女神様だ。

 本当に頭が上がらない。物理的に。


「プライドとかないの?」

「無茶な要求をしているんだ。土下座ぐらい当然のことだ」

「頭踏まれてるのよ?」

「靴を脱いでくれてるだけ有情だ。さすが女神様だ」


 まさかね、いきなり頭踏まれるとは思ってなかったよ。

 気持ちはわかるよ? 先日十万借りた男が、土下座しながら五万円貸せって言ってきたら、そりゃ踏みたくもなるよ。

 だから俺は抵抗しない。若干湿った靴下で踏まれるのは気持ち悪いけど、誠意を見せるためにも耐えなければならない。


「利息が一万五千にまで増えるけど、払えるの?」

「もう少しで先月のバイト代が入る。それに新しくバイトする予定だ」

「…………」


 し、信じてくれてないのか? 俺は嘘を一切ついていないのだが。


「十五日になれば五万二千円ほど入ってくる……利息三回分は払える」

「……これからどれぐらいバイト入れるのか知らないけど、利息だけでほとんど飛ぶわよ? やっていけるの?」

「ああ……なんとしてでも……」


 えっと……ギャンブルの負け分が八千円だ。五万円借りるから……四万二千円か。

 給料日前に利息で一万五千円払うから、残り二万七千円。給料と合わせれば七万九千円か。昼飯代とかもケチるから、間違いなく八万は超えるはず。

 えっと……次のバイトも十五日払いだとしたら……ええっと……利息三回分で、ええっと……給料日に五万返せば、それ以降の利息は一万円だから……ギリまわる?

 つまり今回の給料日にちゃんと五万円払えれば……よし、いける。一ヶ月の利息が三万円なら、なんとかなる……よな? ええっと……。


「この踏み付けは調整分よ」

「調整分?」


 な、何言ってんだ? 変なこと言うなよ、計算してる途中なのに。


「トイチ、それをさらに日割りすると、一パーセントよ」

「……そうだな。昨日借りた十万は、今返すとしたら十万千円だな」

「今回借りなおしってことになるから、昨日の分の千円はどうあがいても追加になるのよ。それはわかる?」


 ……複雑だな。でもわかるよ、わかる。


「えっと……つまり今回は五万借りつつ、十六万五千円に一日分の利息を加えて、十六万六千円の借用書を書くってことだよな?」


 ややこしいな、もう。それぐらいサービスしてくれても……。


「そう。でも可哀想だから、十六万五千円を期日十三日で貸す形にしてあげるわ」


 ま、マジ? 千円浮いた上に、期日がタダで一日延びたじゃん。マジ女神。


「その代わり、もうしばらく私の汚い足を乗せさせてもらうわ」


 ありがてぇ! これで利息が安くなるなら、俺の頭の一つや二つ、いくらでも踏ませてやるわ!

 いや、待てよ……。


「……顔面だったら、もっとまけてくれるか?」


 多分だけど、こいつはサディスト女神のはずだ。

 顔だぜ? 合法的に顔を踏める機会なんて、そうそうないはずだ。いける!


「……仰向けに寝なさい」

「はいっ!」


 正直言うと怖い。足の裏なんて雑菌の温床だし、それで顔を踏まれるなんて、考えるだけで恐ろしい。烏丸お嬢様の靴下が抗菌性に富んでいることを祈ろう。


「怖いの? 目なんかつぶって」

「いや、違う。債務者の俺が、女神さまのパンツを見るわけにはいかんだろ」


 女心を解さない俺でも、好きでもない男に下着を見られるのが嫌なことぐらいは、知っているさ。傷つけられる側の俺が、烏丸大明神を傷つけるわけにはいかん。

 っていうか金取られそうだし。


「意外と紳士ね。クズのくせに」

「クズにはクズなりの……」

「喋らないほうがいいわ。口の中に靴下入っても嫌でしょ」


 やはり女神だ。わざわざ警告してくれるなんて。

 うぐっ……やはりキツいな……。鼻を踏まれるのが痛いってのもあるけど、呼吸ができない……口! せめて口は解放してくれ!


「五分耐えたら、十三日の利息はパスしてあげるわ」


 ご、五分か……潜水の達人でもない俺には耐え切れん……。

 おそらく踏まれてる状態で大きく呼吸って無理だろうし、酸欠になる前に呼吸をし始めたほうがいいのか? いや、しかし……ここで呼吸するとダメージが……。

 ちょ、マジで苦しい……絶妙な体重のかけ方しやがって……。


「朽葉君も運が悪いわね。漫画とかだったら、こういうことしてくるのは美人って相場が決まってるのに、現実はこれよ」


 なんの漫画だよ……普段何を読んで……。

 い、いや、お前も美人だとは思うけど……それでもつれぇ! 俺が持ち掛けた提案だけど、想像以上につれぇ! まさか呼吸器を両方塞いでくるとは……。


「ずいぶんと苦しそうね?」


 あっ……解放してくれた? 今のうちに呼吸を整えねば……。

 なるべくゆっくり呼吸を整えねば。思いっきり深呼吸したいところだが、そんなことしたら『私の足が臭いってこと? 利息五千パーセントよ』とか言い出しかねん。


「現時点で二分よ。後の三分は素足でいこうと思うんだけど、いいかしら?」


 えっと……? どっちだ? どっちが辛いんだ?

 靴下の方が湿ってて気持ち悪いが……素足のほうが汚いのか? いや、そもそも選択肢なんて、俺には存在しないのでは。


「素足なら最初の利息は五パーにしてあげるわよ?」

「素足でお願いします!」


 次回免除プラス五パーだろ? 勝ちゲーじゃん!

 えっと……十三日が免除ってことは二十三日か。で、五パーだから……利息は七千五百円! よしよしよし、素足歓迎! 大歓迎!


「本当にいいの? 素足よ?」

「ハハハ、舐めてもいいくらいですよ」

「あらそう? じゃあそれもオプション追加で」


 やってもうた! 調子に乗ってもうた! なんだよ、オプションって! 俺ピュアだからわかんない!

 さすがに舐めるのは……今からでも謝らないと……。


「えっと……」

「舐めたら一パーセントまで下げるんだけど」

「私は貴女の犬です。バター犬です」

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