サラ金の社長令嬢に金を借りたら人権を失った件

シゲノゴローZZ

第1話 女神降臨

 最近の若者は、酒やタバコ、女遊び、ギャンブルをしないと言われている。

 酒とかその辺はよくわからんけど、ギャンブルをしないってのは理解できないな。

 ギャンブルはいいぞ。アレほど心を熱くしてくれる娯楽は中々ない。ギャンブルが好きじゃないヤツは男じゃないね。


「通らばリーチ!」


 麻雀はいいぞ。危険牌を押し通して勝利を掴んだ時の快感、脳内麻薬の分泌は格別だよ。いいか? 勝利の女神ってのはだな……。


「悪いな。通らん」


 ……意地悪なんだよ。


「わりぃ、裏ドラ乗ったからチップ一枚ね」

「……ああ」


 やっちまったよ……素寒貧だ。鼻血も出ねぇとはこのことか。

 どうすんだよ……妹の貯金とオカンのヘソクリを全部スっちまったよ。

 違うんだ、俺はギャンブル強いし、軍資金が豊富なら勝てるんだ。長い目で見れば絶対にプラスを叩き出せるんだ。こんな不良共と違って頭良いし……。

 でも負けちまった。これだからギャンブルは恐ろしいんだ。


「ほら、邪魔だからさっさと帰れよ。オケラに用はねえんだ」

「わかってると思うけど、センコーにチクんなよ」


 ミニマムベットさえ有していない俺の居場所なんてないらしい。半ば叩きだされる形で賭場を後にした。

 あーあ……たまたま通りがかった教師に現場押さえられればいいのに。けっ、高校生の分際で何が賭場だよ。何が胴元だよ。

 ……どうしよう。オカンのヘソクリはともかく、妹の貯金なんて速攻でバレちまうんじゃないか? 保険、見せ金程度の気持ちで持ってきただけなんだが、まさか全額スっちまうとは……運が悪いなぁ。




 帰りたくねぇ! まだバレてはないと思うけど、時間の問題だろ。こんな爆弾抱えたまま、日常生活なんて送れねえって!


「どうしてこんなことに……やめときゃよかった……」


 公園に来たはいいものの、ブランコを漕ぐ元気さえ出ない。

 何も知らない者が見れば、失恋やら友達との喧嘩やら、青春の一ページに見えたりするのだろうか? 実際は、家族の金をギャンブルに投じたクズが泣きべそかいてるだけなんだけどな。


「何してんの?」

「あ?」


 なんだよ! こっちは忙しいんだ! 事実の隠蔽方法を考えるのに必死なんだよ!


「ご挨拶ね、朽葉くちば君」

「どちら様かと思えば……烏丸からすまお嬢様じゃないですか」


 気が立っていたので、皮肉を込めてお嬢様呼ばわりしてやった。

 でも強ち間違ってないぜ? 社長令嬢だもん。まっ、悪名高いサラ金の社長令嬢だけどな。


「何よその態度。取り返しのつかないことをして家に帰れないって顔してるから、心配してあげたのに」


 鋭くね? さすがサラ金の娘。アコギな人間の血ってヤツか?


「けっ! 同情するなら金を貸してほしいもんだ」


 ……? 自分で言っててなんだが、なんか妙にしっくりくるセリフだな。まあどうでもいいんだけどさ。


「いいわよ? いくら?」


 え? マジ? 成金って、そんなにポンポン金貸せるの?

 いや、待て待て。今回は額が額だぞ。多分、満額は無理だ。

 でも大丈夫。数千円あれば、ギャンブルで返済できる。少なくともチャンスが生まれる。よしよしよし、いいぞいいぞ。


「……八万円」

「いいけど、何があったの?」


 え? いいの? マジ?

 当然のことながら保証人とか担保なんか用意できないけど、いいのか?

 とりあえず正直に話すか。できることなら墓まで持っていきたかったが、下手に嘘ついてもバレそうだし、心証を考えたら正直に話したほうがいい。

 いや、正直に話したら話したで心証悪くなりそうな気もするけど。




「なるほど……清々しいほどのクズね」

「ぐうの音も出ねえ。でも勝算はあったし、これは投資だ」


 運の偏りってヤツさ。仮に勝率九割だとしても、一割が前半に偏っちゃ話にならないんだよ。まっ、逆に考えれば次は勝てるってことさ。


「とにかく今すぐ金がいるわけね」

「ああ、バレる前に返さないとな」

「そっ。じゃあ、これにサインして」


 借用書か……親が親なだけあって、高校生のくせにしっかりしてんな。

 それにしてもこいつ、八万円も持ち歩いてんのか? 金持ちってのは凄いな。


「ん? この返済期日……十日後なんだが?」

「そうね」


 『そうね』ってお前……無茶言いやがる。せめて分割に……アレ?


「おい、金額おかしくないか?」


 俺が借りるのは八万円のはずだ。

 なのに八万八千円って書いてるんだが? ギャンブル用に多く貸してくれるのか?


「実際に貸すのは八万円。でも返す時は八万八千円でお願い」

「は? 利息なんて、この借用書には一文も……」

「トイチなんて書けるわけないでしょ。利息分は借入金額に上乗せよ」


 な、なんてアコギな……書類上は良心的な無利息なのに、実際はトイチだと?

 こんなこと許されるわけが……。


「嫌なら結構。お母さんと妹に殴り殺されるといいわ」


 いや、殺されはせんだろうけど……こいつをここで逃がすのはまずい。

 金を借りれなかった挙句、秘密を知られるなんて馬鹿馬鹿しいにも程がある。

 くそっ! 足元見やがってよぉ! 普段俺が足を見てるから、その意趣返しかよ!


「待ってくれよ、借りないとは言ってないだろ」

「そっ。じゃあサインを」


 詐欺師がサインを急かしてくるって本当なんだな。下手にモタモタして気が変わっても困るってか。


「でもよぉ、さすがに十日後に支払いは……」

「利息分だけでもいいのよ? ちなみに複利だから、返さないと増えるわよ」


 鬼か? 現代の鬼か? お前な、今ってその辺の金利とかうるさいんだぞ。

 どうする? ここで借りても地獄だぞ。いや、しかし一時しのぎを……。

 あっ! いやいやいや、いける! 余裕じゃん!


「わかった、呑むよ。ただ……」

「ただ……?」

「十万貸してくれ!」


 どう? どうよ? 俺天才じゃね?

 十万借りた場合、親と妹に返しても二万余る。トイチだから利息は一万円だけど、とりあえず返せる。もし二万に手をつけなければ、二回凌ぐことができる。

 二回凌いでるうちに、先月辞めたバイトの給料が入ってくる。せいぜい五万ぐらいだろうけど、ギャンブルで二・二倍にすれば十一万! 問題なく返せる。

 念のため、明日にでも新しいバイトを始めて……いや、いっそ余った二万をギャンブルに注ぎこんでも……。


「いいけど返す時は十一万よ?」

「わかってる」

「もし利息を一円も返せなかったら、次は十二万千円よ?」

「ええい、男に二言はねえ! 女に嘘つくほど落ちぶれちゃあいねえ!」


 そうさ、勝てる勝負なんだ。とりあえず親と妹の金さえ返せば、俺の人生は安泰なんだ。ウイニングロード、ウイニングランってヤツだ。


「そう。じゃあ借用書を書き直すから、ジュースでも飲んで待ってなさい」


 そう言って、俺に千円札を差し出す。え? 奢り? マジ?


「これも借金か?」

「私からのサービスよ。とりあえず私は微糖のコーヒーならなんでもいいわ」

「お、おう。サンキューな」


 こいつ……良いヤツか? 弱ってる同級生にトイチで貸し付ける外道ではあるが、根っからの悪人ではないのか?

 もしかしたら融通が利くかもしれん。そもそも、返せなかったら返せなかったで、利息上乗せで許してくれる辺り、融通が利いてるよな。普通の借金じゃ、そんなの無理だろ?


「ほい、買ってきたぞ」

「ありがと。お釣りはあげるわ」


 神か? もしかして……烏丸弥生からすまやよいこそが、俺にとっての勝利の女神なのか?

 よーしよしよし、俺にも運が回ってきたぞ。もし上手くこの借金地獄を抜け出すことができたら、逆に大金持ちに……。


「ん、ちゃんとサインしたわね。はい」


 俺のサインを確認し終えると、財布から十万円抜き取って俺に渡してきた。

 すげぇ……こんな一高校生がポンっと十万円を……しかも、まだまだ金入ってたよな? チラッと見えただけだが、札がビッチリだったぞ。


「サンキュー、女神様」


 念のため枚数を数えてから、自分の財布にしまった。

 えっと……母親は夕食後いつもテレビに夢中だから、その時にこっそりと返して、妹の貯金は風呂に入ってる時にでも返せばいいか。よしよし、いけるいける。


「女神様?」

「ん? 女神様だろ? 俺にはそう見えたんだ。お前がいくら否定しようと、俺の中じゃ女神様だ」


 何か言いたげだが、一刻も早く帰りたいので適当にあしらっておいた。

 さーて……ギャンブルするか、バイト代を待つか……まあ、のんびり考えよう。どっちが正解なんて決まってないし。

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