第34話 青空邸に報告です
セレストはアカデミーで久しぶりに基本魔法技術と魔法道具作成の授業を真面目に受ける。
廊下を歩くと相変わらずヒソヒソと陰口を叩かれたが、その情報は混乱していた。
「漆黒令嬢が魔力を失って退学になるらしいですわ」
「いや、逆だ。いよいよ化物みたいに強くなって、昨日ケルベロスを一人で倒したらしい」
「あの眼帯の下に、なにか珍しい魔眼が宿ったって聞いたわ」
「俺は漆黒令嬢が妙なファッションに目覚めたって聞いたけど?」
放課後。
それら噂話をする生徒たちに一瞥もくれず、セレストは校舎を去り、青空邸に向かった。
「――というわけで、右目が魔眼になってしまったんです」
「なるほど、なるほど。そんな大変なことが起きていたのに、私には知らせてくれなかったんですね。優しい婚約者に溺愛されるのに忙しく、私のことを忘れていたんですね」
「ち、違います。ドロシーを忘れていたわけじゃありません! ただ心配をかけたくなくて……あと、溺愛なんてされてませんよ。私たちはもっとドライな関係です。まあフェリックスくんが優しいのは確かですけど」
「ふふ、冗談です。確かに私に知らされても、心配するだけで役に立てなかったでしょう。ところで私の前で眼帯をつけなくてもいいんじゃないですか? 死霊の魔眼とやらを見せてくださいよ」
「見たいですか? いいでしょう……魔眼、解放!」
セレストは片手でサッと眼帯を外す。何度もやったおかげで脱着が素早くなってきた。今は如何にすれば優雅な仕草か研究中である。
「……セレスト様。眼帯を外すたびに、その掛け声を出すんですか?」
「いえ。気が向いたときだけです」
「そうですか。街中ではやめたほうがいいですよ」
「なぜです? 近所の子供たちが格好いいと思ってくれて、流行るかもしれません」
「だからやめたほうがいいと言ってるんです」
なぜなのか。
セレストは想像を巡らせる。
そして、木の棒を振り回して駆け回るのが楽しく仕方がないという年齢の子たちが、みんなで眼帯をつけ「俺の魔眼に酔いしれろ」なんて言っている光景を思い浮かべた。
精神的に痛々しかった。
もしかしてセレストも周りにそう思われていただろうか?
いやいや、自分は本当に魔眼を宿しているし、ちゃんと優雅で格好いい仕草を鏡の前で練習している。子供の遊びではないのだ。
「おお……本当に瞳の中に模様があるんですね。なかなか綺麗じゃないですか」
「ありがとうございます。私も今となっては気に入っています」
魔眼が宿り、魔力が消えてしまった当初は、憎らしくて仕方なかった。
なのに使い方を覚えて強力な武器となると今度は宝物のように思えてくる。我ながら手の回転が速い。
「それにしてもドロシー。私の話を聞いて、もっと驚くかと思っていました。割と冷静なんですね」
「ええっと。実は午前中、フェリックス殿下が来て、事情を教えてくれたんです。なのでセレスト様の話を聞く前から、おおよそのことは知っていました。てへ」
「なーんだ。フェリックスくん、秘密の特訓をすると言っていたのにドロシーに会いに来てたんですか。なにか魔法道具を買いに来たんですか?」
「ふふふ。私をデートに誘いに来たんです」
「え」
セレストは固まった。何秒か意識が飛んだ。
なぜそんなにショックを受けたのか分からないが、とにかく心臓を握りつぶされたような感覚だった。
「セレスト様、白目になってます! ごめんなさい、冗談です。そこまでの反応を見せるとは思っていなくて……けれど、そうやって固まるってことは、セレスト様、フェリックス殿下をちゃんと好きになれたんですね。よかったよかった」
「冗談、でしたか……そして、ええ、はい。私、フェリックスくんを好きですよ」
「あっさり認めた!? 想像より進展が早い!」
「ドロシーは知らないでしょうけど、一緒に暮らして、私たちは仲良くなりました。立派な友達同士です」
「ああ……好きってそういう……やれやれ。想像よりも鈍感令嬢でいらっしゃいます。トーナメントで勝つしかないと思い煩う人の気持ちが、ちょっと分かってきました」
「フェリックスくんの話ですか? 私は彼の向上心はちゃんと知っています。鈍感ではありません。そうだ、フェリックスくんが頑張っているんですから、私も頑張らないと。今日はもう帰ります。なにか急いで作らなきゃいけない商品ってあります?」
「それはしばらく大丈夫です。セレスト様は安心して青春してください」
「この店をドロシーと二人で盛り上げるのも青春の一つですよ」
「まあ、嬉しいこと言ってくれちゃって! けれど今はフェリックス殿下を優先してください。ほら、家で彼の帰りを待つのです!」
店主なのに店を追い出されてしまった。なぜなのか。
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