第32話 最強の先輩
「……どこでそれを知りました? セレスト様にも教えていませんが」
ドロシーの表情が真剣なものに変わる。
「俺はアカデミーに入学したとき、過去の記録を調べ、参考になりそうなものがないか探した。その中に、あなたの記録があったのを思い出した。そして改めて調べ直した。やはり間違いなかった」
「なるほど。私の記録、まだ破られてませんでしたか。確かに私は在籍時、最強の生徒でした。それでフェリックス殿下は、そんな最強の私になにを求めて会いに来たのですか」
「無論、力を」
「その力でなにをするのですか」
「セレストに勝つ」
「勝つだけですか?」
ドロシーは笑みを浮かべず、質問を次々とぶつけてきた。
本心を打ち明けるまで、まともに取り合ってもらえないかもしれない。
「……勝って、好きだと告白する。そうだ。あの伝説の樹の下で、俺は!」
「あら、まあ」
フェリックスの答えが意外だったらしく、ドロシーは頬を赤らめ、目を丸くした。
それから人差し指を顎に当て、なにか考え込む。
「もしかして……フェリックス殿下が初めてこの店に来たとき、セレスト様が言っていたことを気にしてます? 私よりも強い人がタイプ……みたいな」
「気にしているどころではない。俺はあれからずっと、セレストを超えることだけを考えて生きてきた。次のトーナメントが最後のチャンスなのだ……なぜニヤニヤ笑う?」
「おっと、失礼。真面目な顔で、そして中身はもっと真面目だなぁと思いまして。ふふふ、青春ですねぇ、青臭いですねぇ」
ドロシーの笑みは勘に障るものだった。
だが相手は年上で、こちらは教えを請う立場。
フェリックスはグッと堪え、大人しくする。
「けれどセレスト様の話を聞く限り、お二人の実力差は、かなり拮抗しているのでは? 私のようなロートルに相談するより、地道な努力を重ねることこそ勝利への道でしょう」
「トーナメントまで、という期限がなければ俺もそう考えた。だが今のセレストは強くなりすぎた。とてもではないが二ヶ月で追いつける気がしない」
「……セレスト様になにかあったんですか?」
フェリックスは、セレストに魔眼が宿ってからの出来事を説明した。
それを聞いたドロシーは「うーん」と唸り、店の中を歩き回る。
そして、カッと目を見開き、叫んだ。
「なぜセレスト様は、そんな大変な状況なのに私に相談しに来てくれなかったのでしょう!? ショックで泣きそうです!」
「それは……心配をかけたくないと言っていた。解決したら報告すると。おそらく今日の放課後辺り、来るのではないか?」
「人生最大のピンチとさえ言える状況を教えてもらえないなんて、友人として悲しいです。それに私に相談すれば、なにか素晴らしい解決策が出てきたかもしれないじゃないですか!」
「ほう。ドロシー嬢には、より早く解決するための知識があったのか?」
「いえ。全く」
ドロシーは真顔で言う。
相談しないというセレストの判断は正しかったな、とフェリックスは確信を深めた。
「しかし、私のところに来た理由は理解しました。かつての私の戦闘記録を見て、私なら今のセレスト様と互角に戦える。そう思ったのですね?」
「ああ。どうか俺を指導して欲しい……お願いします、ドロシー先輩」
フェリックスは深々と頭を下げた。それが人にものを頼む礼儀だと思っている。
「わ。頭下げたら教えてあげますと言おうとしたら、先手を打たれましたね……頭を上げてください。王子ともあろうお方が、そう簡単に頭を下げてはいけませんよ」
「簡単ではない。俺は可能な限り、自分の力で解決したいと思っている。人に頼るなど滅多にない。しかし今回、セレストの魔眼は俺の手に余り、アスカム先生を頼った。今度はドロシー先輩を頼っている。正直、プライドが傷ついている……だが俺のプライドに、どれほどの価値がある。頭を下げて俺とセレストの問題が解決するなら、いくらでも下げよう」
「ス、ストップ! フェリックス殿下のように綺麗な男の子に頭を下げられると、新しい趣味に目覚めそうです。そこまでせずとも教えますよ」
ドロシーは青空邸に『臨時休業』の札を出し、鍵をかけた。
「では、帝都の外に行きましょう。街中で本気の魔法を使ったら、衛兵さんに捕まってしまいますから」
その一言で、彼女が本気で指導してくれるのだと知り、フェリックスは高揚した。同時に緊張もする。
過去の記録でしか知らないが、ドロシーは学生時代からフェリックスより強かったはず。それが長い年月を経て、どこまで強くなったか想像もつかない。その恐るべき魔法師の指導とは、どんな厳しいものだろう。
「ところでフェリックス殿下。私の記録を調べたなら……私の年齢も知ってるんですよね……?」
「ああ。改めて調べて驚いた。二十代後半くらいに見えるが、実際は――」
「口に出さないでください! セレスト様にも言わないでください! 言ったら本気で怒りますからね!」
ドロシーは慌てた様子で騒ぎ出す。
この人は本当に恐ろしい実力の魔法師なのか、とフェリックスは疑いだした。
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