第29話 街道にケルベロスが出たようです

 例の如く、アスカムの研究室に向かう。

 右目の眼帯はまだつけている。

 不意に死霊が見えると気が散るし、瞳の模様を奇異に思われるかもしれない。普段は隠しておくのが無難だと判断したのだ。

 

 そしてアスカムに、ゴーストくんを出したり、魔石に風の魔力を流したり、霊体の剣を作ったりと、新技を披露してやった。

 アスカムは記録を詳細にメモしながら、拍手喝采してくれた。そして属性変換できるのに攻撃魔法として飛ばせない理由は、フェリックス説に同意らしい。


「これまで死霊の魔眼は、珍しいくせに価値のない魔眼だとされてきました。存在そのものがあまり知られていませんでした。しかし使いこなせばここまで強力だと分かれば、話が変わってきます。使いこなすのに才能が必要だったとしても」


 アスカムは興奮した様子で論文の作成に取りかかった。

 邪魔しては悪いので、セレストとフェリックスはアカデミーを去る。


「……ここ数日の癖でサボっちゃいましたが、もう授業に出てもいいんですよね」


 魔力を失ったセレストは、退学の危機に直面していた。授業に出ている場合ではなかった。それが解消されたのに授業に出ないのは、単純なサボりになってしまう。


「言われてみるとそうだな。しかし今更アカデミーに引き返すのも間抜けだ。卒業まで全てサボっても出席日数は足りるのだし」


「あ。そういう考えはよくないと思います。私たちは魔法の知識と技術を得るため留学してきたのです。卒業するのは最低条件でしょう……とはいえ、これまでサボっていたのですから、もう一日サボったくらいじゃなにも変わりません」


「不良令嬢め」


「おや。そんな私と一緒にサボっているフェリックスくんは不良王子ですか? エルマー陛下に言いつけますよ」


「それは困ったな。真面目な生徒だった俺に、急にサボり癖がついたとしたら、婚約者の影響だと父上は思うだろう。婚約を解消するという話にならなければいいのだが」


「……告げ口は褒められた行いではありません。私がそんなことするわけないじゃないですか」


 などと軽口を叩き合いながら、二人は帝都を歩く。

 お昼はとある喫茶店に入った。

 セレストが以前から気にしていた場所だ。巨大パンケーキが美味しいという噂だった。

 そして出てきたパンケーキは、想像していたよりも巨大だった。しかし、たっぷりのハチミツがかかったそれは、とても美味で、セレストとフェリックスの胃に吸い込まれるように消えていった。


「ふう。ごちそうさまです。完食できないかもと焦りましたが、なんとかなるものですね」


「それだけ美味かったということだ。しかし、この店の噂をどこで聞いたのだ?」


「青空邸のお客様からです」


「なるほど、納得した」


「むむ? アカデミーに友達がいないのに、どこで噂話を仕入れたんだ、とか思ってました?」


「俺は濁すつもりだったのに、なぜ自分で全て言う?」


「酷いです。そう言うフェリックスくんは、私以上に他人との接点がないのでは?」


「俺には多くの女子が話しかけてくる。別に望んでもいないし好ましくもないが、噂を聞く機会はいくらでもある」


「同じ無表情なのに、異性からの好感度が段違いですね。別に羨ましくはありませんが」


「ああ、煩わしいだけだ」


 会計を割り勘で払い、店をあとにする。

 まだ正午を少し過ぎたばかり。時間はたっぷりある。


「フェリックスくん。冒険者通りに行ってもいいですか?」


「構わんが。なにか用事があるのか」


「はい。そろそろ青空邸に新しい魔法剣や魔法槍を置きたいので。そのベースになる武器を依頼する店をどこにするか。その下見です」


「せっかく授業をサボったのに仕事か」


「武器屋巡りは楽しいですよ。半分遊びです」


 冒険者通りとは、冒険者ギルドを中心とした繁華街の名前だ。

 そして冒険者とは、モンスター狩りや遺跡探索、護衛任務などを生業とする傭兵のことだ。その人たちに仕事を斡旋するのが冒険者ギルド。

 冒険者は武器や防具を必要とするから、ギルドの周りには自然とそういった店が集まる。

もちろん酒場や風俗店などもある。

 冒険者は長距離を歩いてすぐ靴を駄目にするので靴屋も並ぶ。

 薬屋、食料品店、魔法道具屋にも需要がある。

 つまり色々な店が並ぶ、普通の商店街だ。

 荒くれ者が多いから治安が悪いという印象はない。治安を乱す者は冒険者ギルドに粛正されてしまう。女性が一人で歩いても安心だ。


 そんな冒険者通りに入ると、いつもよりも賑わっていた。

 その賑わいは、ギルドの前で最高潮に達する。

 魔法アカデミーの生徒は、冒険者ギルドに登録している者が多い。腕試しに魔物と戦ったり、生活費を稼いだり、なにかと便利なのだ。情報収集にも役に立つ。

 セレストとフェリックスも登録している。

 だから堂々と建物の中に入っていく。


 そして騒ぎの理由を知った。

 帝都から北に延びる街道の途中に、大型のモンスターが出現したのだ。

 その種族は、三つ首の犬、ケルベロス。

 帝国軍の正規部隊が討伐に向かったが、返り討ちにあったらしい。

 そして帝国は、より大規模な部隊を派兵する前に、冒険者ギルドに頼るという選択をしたようだ。

 大型モンスターを討伐した者に大金を払わねばならないが、帝国兵の屍を増やさずに済む。冒険者たちの屍がいくら増えても帝国は痛まない。死んだ者の自己責任である。

 帝国兵は安定した収入を望める。もし死ねば、残された家族に少しばかり給付金が出る。

 冒険者は一攫千金。なんの保証もない。

 どちらの職に就きたいかは、人それぞれだ。


「フェリックスくん。北の街道とはつまり、エイマーズ王国やベイレフォルト王国に通じる道ですね」


「ああ。そこが通れないというのは心配だな。まあ冒険者か帝国軍か、いずれかが解決するだろう」


「いえ。私たちで解決しましょう。現地まで私を馬で連れて行ってもらえませんか。死霊の魔眼を、実戦投入したいと思います。ここで派手な戦果を上げれば、エルマー陛下も安心してくださるでしょう」


 ケルベロスなら、魔眼を得る前の自分とフェリックスが力を合わせれば、なんとか倒せる相手。

 そして魔眼に目覚めた今なら、自分一人で楽勝だ。

 自分の実力が増していくのが嬉しい。それを試すのが楽しい。

 セレストは自分が今、勢いづいていると自覚していた。




 ゆえにこそ。

 傍らにいるフェリックスを突き放し、独走しているとは自覚できなかった。まして、彼がどんな想いを抱いているかを想像できるほど、精神的に成熟していない。

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