第27話 念願の属性変換です

 家に到着し、早速、掃除を開始した。

 料理に自信はない。が、それ以外の家事でドロシーに叱られたことはない。

 セレストとゴーストくんは、家中の窓ガラスを雑巾で拭き、棚のホコリをハタキで落とし、床にモップをかけた。その最中、労働力の不足を感じたので、二体目のゴーストくんを出そうと試み、成功した。

 ハタキを持ってふわふわ浮かぶゴーストくんは実に可愛い。


「大したものだな」


「それは私の掃除スキルがですか? それとも二体目のゴーストくんを出せたことがですか?」


「両方だ。掃除など長らく、床のホコリを掃く程度しかしていなかった。家が綺麗になって見違えた。助かる」


「私もこの家の住人ですから、礼には及びません。とはいえ褒められるのは気分がいいですね。もっと褒めてくれてもいいですよ」


「そうか。いや実際、この短時間で窓枠の一つ一つまで水拭きするとは感心した。台所や洗面台、風呂などの水回りも輝くように綺麗になった。ゴーストくんの手を借りたとはいえ、それを操るのはセレストだ。ありふれた言い方だが、いい嫁になれる――」


 と言いかけて、フェリックスは固まった。

 なにせセレストを嫁にするのはフェリックス自身なのだ。


「私、もう予約済みですよ。よかったですね、フェリックスくん。いいお嫁さんをもらえて」


「……お前こそ、ちゃんと褒めてくれる奴が旦那になりそうで、よかったな」


「ふふ。フェリックスくんって案外、自己評価が高いんですね」


 こんな軽口の応酬が楽しい。

 初めて会話してから二年以上。ずっと成績を争うだけの間柄だったのに、この数日でいっきに仲良くなれた。

 胸を張って友達だといえる。

 婚約してから友達になるというのも奇妙な話だが、そもそも恋愛感情を抜きにした政略結婚が奇妙なのだ。歪みが生まれるのは当然。その歪みから友情という素晴らしいものが芽生えたなら、思わぬ誤算だと諸手を挙げて喜ぶべき。

 政略結婚をした夫婦は、最後まで心を通わせることなく生涯を終える場合も多いらしい。

 だがセレストとフェリックスは、友達として仲良く過ごせるだろう。

 男女の関係だけが夫婦円満の秘訣ではないのだ。

 セレストはそう信じている。


「さて。家が綺麗になったところで、さっぱりした気持ちで仕事に取りかかるとしましょう」


「古代文明の遺跡を探索し、家の掃除をし、そして更に仕事をするのか」


「今の私は魔力が有り余っていますから。一時はもう二度と魔法道具作成ができないかもと悩みました。それが完全復活。仕事をしたくてしたくてたまりません」


「そうか。セレストはワーカホリックだったか……お前がそうしたいなら好きにすればいい。俺は夕飯の支度をしてくる」


「よろしくお願いします」


 台所に向かうフェリックスの背中を見送ってから、セレストはリビングのソファーに腰を降ろす。

 今日の作業は、魔石への魔力充填だ。

 地下牢獄を照らしてくれたランタンも、今フェリックスが使っているコンロも、湯沸かし器も、全て魔石を動力源としていた。

 魔石の需要は常にある。ストックがあって困ることはない。


 セレストはテーブルに空の魔石を並べる。人差し指と親指で輪を作ったくらいの直径だ。

 アスカムの授業で出てきた魔石はビー玉くらいのサイズだった。あのくらいなら不慣れな生徒でも、何十分か集中すれば魔力で満杯にできる。

 当然、魔石が大きければ大きいほど満杯にするのが難しくなっていく。

 量が半端でも魔石は機能するが、如何にも「途中で断念しました」という感じで恰好が悪い。やはり魔石のストックを並べておくなら、満杯のものに限る。同業者が見れば「ほほう」と思ってもらえる。このくらいのサイズになれば「まあ、やるじゃねーか」と感心される。

 同業者に見せる予定はないのだけれど。


「さて、やりますか」


 魔石を両手で持ち、目を閉じる。初めはゆっくりと魔力を注ぐのがコツだ。最初から強くやると、魔石が割れることがある。それと均一に魔力を行き渡らせるのもポイントだ。ムラがあると出力される魔力が不安定になる。そんな魔石を使ったら……例えば、湯沸かし器なら極端な話、冷水と熱湯が交互に出る。魔法剣なら刀身の強度がチグハグになり、最悪ただの鉄より割れやすくなる可能性がある。


 セレストは数分に一つのペースで透明な魔石を灰色に染めていく。

 五つ目が終わって目を開くと、向かい側にフェリックスが座り、こちらをジッと見つめていた。


「急に現われないでください。びっくりするじゃないですか」


「急にではない。さっきから座っていた。お前が集中し過ぎて気づかなかっただけだ」


「そしてフェリックスくんは、集中している私にどんなイタズラを?」


「そんな子供じみた真似はしない。が、心配になった。窓ガラスを割って強盗が入ってきてもセレストは気づかないのでは。誘拐されてしまうのでは、と」


「いえ、さすがにガラスが割れたら気づくと思いますよ……?」


「言いながら少しずつ自信を失っていくのはやめろ。本当に不安になってくる」


「大丈夫です。誘拐されても、その辺の悪党なんて魔力を込めた拳で一撃です」


「まず誘拐されないようにしろ」


「気をつけます。ところでフェリックスくんと同時に、テーブルにグラタンが現われました。手品みたいですね。とてもいい香り。美味しそうです」


「そうだ。こんなにもチーズの香りがしているのにセレストは気づかない。俺の不安がどれほどか分かってもらえるか?」


「……いただきます」


 セレスト自身の中にも不安が広がった。それを誤魔化すため黙々とグラタンを食べる。大変美味しかった。二人で後片付けをする。

 それからまた作業を再開。


「まだやるのか。物好きなことだ」


「あと少しだけ。地味な作業ですが、これはこれで楽しいんですよ。フェリックスくん、先にお風呂に入っては?」


「そうするが、もう少し見てからにしよう」


「またですか。物好きなことです」


 セレストは更に三つの魔石に魔力を注いだ。

 そして奇妙な感覚にとらわれる。いや、その感覚は夕飯を食べる前からあったが、気のせいだと思っていた。それが作業を続けるにつれ強くなってきた。

 次の魔石で、それを試す。

 これまでのように魔力を注ぐ。ただし無属性ではない。

 今なら属性変換できるという感覚があった。

 自分の中にいる幾多の死霊たちが持つ属性変換適性を抽出し、集め、一本の回路として作り直すイメージ。油断すればほどけそうなそれを、強固な集中力で繋ぎ止める。


 注ぎきったという手応えがある。

 恐る恐る、手を開く。

 無属性の魔力なら灰色になるはず。だが、そこにある魔石は、緑色に染まっていた。


「見てくださいフェリックスくん……風属性の魔力です!」


「な、に?」


 フェリックスはその魔石を受け取り、しげしげと観察した。


「確かに、風の魔力を感じる……しかしセレストは属性変換ができなかったはずだ。いつからできるようになった」


「たった今です。吸収した死霊たちの中には、生前、属性変換できた魔法師がいるかもと思って。似た傾向のを集めて束ねたら、風属性になりました」


「なりましたって、そんな気軽に……あの本にも、そんな技は書いていなかった。つまりセレストのオリジナルの技……どうやらお前はすでに、本の著者よりもその魔眼を使いこなしているらしい。せっかく魔眼を宿したのに使いこなせなかったという話も聞くが、セレストはこの上なく相性がいいのだろう。いや、それだけでなく、なんにでも挑戦する向上心があるからこそ、この短期間で成長できたのだろうな……」


 フェリックスは緑の魔石に指先で触れながら、静かにそう語る。

 一切の皮肉なしに、長々と褒められてしまった。

 セレストは嬉しくて「いやぁ、それほどでも」と頭をポリポリする。


「それにしてもフェリックスくんは大変ですね。私、魔力を取り戻しただけじゃなく、属性魔法を使えるようになっちゃいました。少なくとも風魔法は使えるわけです。しかし、トーナメントでは手加減しませんからね」


「……無論だ。手加減して欲しかったら、最初から魔力を取り戻すのに協力しない」


「フェリックスくんのそういう誠実なところ、とても好ましいと思います。さて、さっきの感覚を忘れないうちに風魔法の練習です」


 セレストはフェリックスと一緒に庭に出る。

 そして腕を突き出し、先端に魔力を集中。


「風よ、吹け」


 しかし、なにも起きない。何度繰り返しても、そよ風さえ吹かない。


「むむ……吹き荒れろ暴風。台風。竜巻」


 セレストはとにかく手のひらに魔力を集め、嵐が起きるイメージを強くする。

 駄目だった。


「どういうことでしょうか……?」


 セレストは悲しい気持ちでフェリックスを見る。


「これは予測だが……お前の属性変換は、死霊から作った擬似的な回路を使っている。ならば、どうしても本物より劣るのが必然。魔石に流せはしても、魔法としては飛ばせないのかもしれん」


「なるほど……明日、アスカム先生にも聞いてみますが……フェリックスくんの説が正しい気がします。そんな感覚があります……」


 セレストは肩を落とす。

 だが、この失望は贅沢が過ぎるというもの。

 魔法として飛ばせなくても、魔石に風属性を込められるようになったのは、大きな進歩だ。

 今日一日でセレストは新しく色々な技を覚えた。

 それを思い出すと、むしろ楽しい気分になってくる。


「それにセレスト。風魔法が発動しなくてよかったのだぞ」


「はて? それはなぜですか?」


「暴風だの竜巻だのと言っていただろう。スカートを履いているのに、イメージ通りの風が起きたら……お前は俺になにを見せるつもりだったんだ」


「あ」


 セレストは風もないのにスカートを抑えた。

 そして、フェリックスくんのえっち、と言ってやろうとした。

 ところが先手を打たれてしまう。


「この痴女め」


「違います!」

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