第25話 すっかり元通りです

 ゾンビを倒してから数分後。

 ついに死霊を発見した。それも一匹や二匹ではない。十を超える死霊が群れを成し、通路を塞いでいる。

 右目だけだと、そこに黒い壁があり、行き止まりに見える。しかし左目にはその奥が映っている。左右から入ってくる情報が違いすぎて混乱してきた。なのでセレストはいつもと逆に、左目を眼帯で塞いだ。


「あそのに死霊がいるのか?」


 フェリックスはその場所を正確に指さした。


「見えて、はないですよね?」


「見えずとも気配がある。アスカム先生が言っていたとおりだ。本能的に恐ろしいと感じる……死霊の魔眼を宿したものが、心を病みやすいというのも納得だ。セレストはあれを直視しているのか……よく平気でいられるものだ」


「最初は震えましたけど、今はもうヤケクソという感じです。フェリックスくんもそのうち慣れますよ。慣れるまでは、私が腕をぎゅーって抱きしめてあげましょうか?」


「いや……それには及ばない。そよれり、お前が早く吸収してしまえば、死霊はいなくなるだろう」


 セレストが手を伸ばすとフェリックスはすっと後ろに下がった。まるで死霊ではなくセレストを怖がっているみたいだ。


「あの。私に抱きつかれるの、実は不快でした?」


「不快ではないが……動きにくい。急にゾンビなどが出てきたとき対処できん。だから……」


「ああ、それはそうですね。控えることにします。では、ちょっと死霊を吸い取ってきますね」


 セレストは死霊の群れに、ずんずんと一直線に向かっていく。

 それに反応し、死霊たちはふわふわと逃げ出した。しかし歩くのよりも遅い。簡単に追いつき、手のひらから全て吸収してしまう。

 それを何度か繰り返し、五十匹以上の死霊を吸った頃、セレストは違和感を覚えた。


「フェリックスくん。昨日、墓地でやったみたいに力比べしてください。今の私がどのくらい回復したか確かめたいので」


「よかろう……む!?」


 両腕を合わせて押し合いを始めた瞬間、フェリックスは気づいたらしい。


「やはり私の魔力、ほぼ元通りですよね?」


「ああ……これこそがセレストだ。ならば俺も全力を出さねばなるまい!」


「え、ちょ、別にここで決着をつけるつもりないですよ!?」


 フェリックスが強烈な力で押してくるものだから、セレストも「んぎぎぎ」と気合いを入れて押し返すしかなかった。

 完全に拮抗。

 勝敗がつく前に、お互いの足下が耐えられなくなり、土が抉れていった。


「ス、ストップです! ブーツの底が減っちゃいます……!」


 セレストがそう叫ぶと、フェリックスは我に返ったのか、力を抜き、手を放してくれた。


「どうしちゃったんですか、フェリックスくん。急にご乱心して」


「済まない……セレストの魔力が元に戻ったのが想像以上に嬉しかったのだ……」


「私のことを自分のことのように喜んでくれたんですか……!」


 これぞまさしく友情だ、と感激した。

 しかし。


「トーナメントで弱体化したお前に勝っても意味がないからな。これで思う存分決着をつけられるわけだ。嬉しいに決まっている」


「あ。そういう嬉しさでしたか。フェリックスくんって一位とか優勝とかにこだわりますね。本当に負けず嫌いなんですから」


「セレストには言われたくないのだが」


「私はこだわって優勝したわけじゃなく、ただ頑張った結果なだけです」


「そうか。では次のトーナメントで俺が優勝しても悔しくないのか?」


 セレストはふと想像を巡らせた。


「悔しいので負けませんよ」


「だろう? 俺はお前が想像した悔しさをずっと味わってきた。筆記ではようやく勝った。だがトーナメントが本番だ」


「なるほど。ですが手加減した私に勝っても嬉しくないでしょうから、全力で返り討ちにして差し上げます」


「ああ、いい答えだ。やはりセレストは怯えているより、そうやって憮然とした顔で生意気なことを言っているほうが似合う」


「それ、褒めてるんですよね?」


「最大級の賛辞だ」


 ならば喜んでおこう、とセレストは素直に受け取った。


「まあ、俺がこだわっているのは一位でも優勝でもなく……セレスト・エイマーズに勝つことなのだが」


「それってどういう違いがあるのです?」


 セレストは三回連続で優勝している。フェリックスを除けば対抗馬などいない。ゆえにセレストに勝つのと優勝を狙うのは同義語のはずだが。


「俺が勝ったら教えてやる」


「私が勝ったら教えてもらえないんですか……普通、逆だと思うんですけどね」


「安心しろ。勝つのは俺だ。絶対に教えてやる」


 自信過剰だ、と言ってやりたかった。

 だがフェリックスの勝ち気な笑みを見たら、そんな気が失せてしまう。

 いつも冷たい彼が、一瞬とはいえ自分に笑いかけた。

 その衝撃でセレストは頭が真っ白になる。

 しかし、なぜここまでの衝撃を喰らったのか分からない。

 セレストは数秒考え、結論が出た。

 次のトーナメントの激戦を予想し、楽しみ過ぎて意識が飛びそうになったのだ。東方の国で言うところの『武者震い』というやつだろう。

 多分。

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