第23話 引率してもらいます

 墓地で騒ぎを起こした次の日の朝。

 再び訪れたアスカムの研究室で、セレストは空の魔石に魔力を注いで見せた。

 かつてなら数秒で終わる作業に何十秒もかけてしまったが、それでも透明な魔石を灰色に染め上げるのに成功した。


「ふう……授業の課題を、ようやく達成できました」


 セレストは胸を撫で下ろす。

 昨日、魔力が戻ったのを確認している。だが、それは昨日の話だ。

 死霊からいただいた魔力が一晩で消えてしまわないか不安だった。しかし寝て起きても残っていた。

 寝る前に、あの本を途中まで読んだが、魔力が失われるという記述はなかった。フェリックスも、そんなことは書いてなかったと言っていたので、まず安心していいだろう。


「す、素晴らしい……今も右目が死霊の魔眼のままなのに……これを発表すれば……!」


 アスカムは興奮した様子で灰色の魔石を見つめる。


「魔法師の世界がひっくり返る騒ぎですか?」


 セレストは少しワクワクしながら尋ねた。

 しかしアスカムは急に冷静になって首を横に振った。


「……いえ。死霊の魔眼はマイナーなので、そこまで騒ぎにはならないでしょう」


「……そうなんですか。残念です」


「私もです。一瞬、注目の的になれる気がしたんですが、セレストくんの指摘で我に返ることができました」


「あの……もう少し我に返らず、夢を見ていたかったのでは……?」


「そう気にしないでください。新発見に変わりはないのです。これを学会で発表し、いずれ本にします。少部数になるでしょうが、とにかく自分の本を出すというのは素晴らしいことです。これでようやく三冊目……」


 アスカムはキラキラした瞳で語る。

 研究室にこもる時間がますます長くなりそうだ。セレストはまだ会ったことのない彼の妻に、心の中で謝った。


 それからアスカムに質問攻めにされた。

 まず、フェリックスの思い出の本のタイトル。

 死霊を吸収したときの感覚。

 昨日はどこで死霊を何匹くらい吸収したのか――。


「墓地? あの帝都の外れの? もしかして帰るとき、誰かに見られて悲鳴を上げられたりしました? 幽霊か吸血鬼か、みたいな」


「な、なぜご存じなのですか……?」


「それ、うちの生徒です。あの墓地は呪われているからアカデミーの教師で調査して欲しいと騒いでいました。私たちは、ただの見間違いだろうと相手にしていなかったのですが……なんとお二人でしたか」


 セレストとフェリックスは顔を見合わせる。

 帝都は広い街だと思っていたが、こういう偶然もあるのか。


「えっと……お騒がせして申し訳ありませんでした」


「いえいえ。騒いだのは目撃した生徒です。お気になさらず。それにしてもゾンビじゃなくて吸血鬼でよかったですね。吸血鬼は美男子か美女と相場が決まっています」


「美男子はともかく、美女はいませんでしたけどね。もう少し明るかったら、吸血鬼と下僕のゾンビと言われたかもしれません」


 するとアスカムは、セレストの顔をまじまじと見てから、フェリックスに視線を移した。


「セレストくんは鏡を見たことがないのでしょうか?」


「いや、毎日見てるはずだが……」


「はあ。フェリックスくんは色々と苦労しそうですね」


「言わないでください。俺も割と悩んでるんだ……」


 どうやら二人はセレストの顔の話をしているらしい。

 しかし要領を得ない会話だ。


「なんですか。まさか私の顔がゾンビ以下とでも言いたいんですか? それはさすがに傷つきますよ」


 セレストは頬を膨らませ、怒ってるぞ、とアピールした。


「違います。まあ、詳しいことはいずれフェリックスくんが教えてくれるでしょう。それよりもセレストくん。魔力が戻ったので卒業に支障はないでしょう。ですが全盛期にはほど遠い……まだまだ、その魔眼の力を検証しますよね!?」


 アスカムはぐいぐいと顔を近づけてくる。セレストは仰け反って逃げるが、椅子の背もたれがあるのでこれ以上逃げられない。

 するとフェリックスが腕を伸ばし、二人の間を遮った。


「アスカム先生。近い」


「おっと失礼……つい興奮してしまい……それでどうするのですか?」


「もちろん検証します。少なくとも魔力を元通りにしたいです」


「その通りだな。元通りのセレストを相手にしないと、勝ったことにならない。だが墓地で死霊を集めるのは限界を感じた。夜に不審者扱いされるというだけでなく、そもそも死霊の数が少ない。そこでアスカム先生。帝都の周りにある古代文明の遺跡を調べたんですが……地下牢獄に行ってみようと思います」


 そう言いながらフェリックスは地図帳を出して広げる。

 旅人や行商人用の地図ではない。

 魔法師ギルドが発行しているものだ。魔法道具の素材が採れる場所や、魔法儀式を行うのに適した場所などが記載されている。

 そして古代文明の遺跡は、大昔のアイテムが眠っている人気スポットだ。


「地下牢獄ですか、いいですね。私もほかの先生方と一緒に何度か行きました。多くの魔法師が探索したはずなのに、まだまだ物が見つかります。当時、魔法師の囚人を拘束するために使った手錠を見つけたんですよ。もう何千年も経ってるのに、まだ効力が残ってました。つけてみたら外れないわ、魔力を出せないわで焦りました。ほかの先生たちに叱られましたよ」


「古代の魔法道具……それ見たいです!」


 セレストは職人魂を刺激され、身を乗り出した。


「こら、セレスト。それは後日にしろ。お前とアスカム先生が魔法道具談義を始めたら、夜までかかりそうだ」


「はっはっは。明日の朝まででもいけますよ」


「いけますね!」


「なおさら悪い。俺たちはこれから地下牢獄に行くのだ」


「……古代文明の魔法道具が眠る場所に直接乗り込む……夢のようです」


「目的は死霊だからな。忘れるなよ」


「わ、忘れてません。ですが現地で忘れっぽくなる可能性があるので、思い出させてくれると幸いです」


「ああ。小さい子供だと思って対処する」


 それはあんまりだ、とも言い切れない。

 見つけた遺物の前から動こうとしない自分を容易に想像できる。誰か引率してくれないと、地下牢獄で餓死する可能性さえある。


「アスカム先生はどうする? 死霊の魔眼の研究をしたいなら、一緒に来たほうがいいのでは? それにセレストはまだ力を取り戻していない。護衛は多いほうがいい」


「ほう。姫を守る騎士の役目が二人になってもいいのですか?」


「……この際、セレストの安全が最優先だ」


「なんと。フェリックスくんは想像していたよりずっと思いやりある男なのですね。それに敬意を表して正直に言います。二人だけで行ったほうが安全でしょう」


「なぜだ。アスカム先生は武闘派ではないが、今のセレストよりは強いはずだ」


「単純な話です。古代文明の遺物を前に、幼児退行した人間がいたとします。二人引率するのと一人引率するの、どちらが楽ですか?」


 アスカムは真剣な顔でそう語った。冗談が介在しない、真摯な瞳だった。

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