第22話 夜の墓地は危険です
セレストとフェリックスは、帝都の外れにある墓地で死霊を探した。
確かに死霊はいた。
ただし広い墓地を何十分も歩き回って、たまに一匹か二匹、ふよふよと漂っているのを見かけるのみ。
昼から夕方まで粘って、ようやく八匹の死霊を見つけただけだった。
しかし、その八匹を全て、セレストの手から吸い込むのに成功した。
今度は錯覚ではない。ちゃんとしっかり見ていた。
室内と違って、壁の向こうにすり抜けて逃げられた可能性はない。
第一、セレストは自覚できるほど魔力が回復してきている。
そうだ。魔力が戻ってきているのだ。
完全にゼロになり、二度と取り戻せないと教師にさえ言われた魔力が、わずかながらでも、戻ってきた。
「フェリックスくん。ちょっと両手の指を開いて、腕を突き出してください」
「こうか?」
「はい。では失礼します」
セレストはフェリックスの両手に自分の両手を合わせ、指を絡めて握り「ふんっ!」と気合いの声を出しながら思いっきり押した。もちろん身体強化の魔法を全力で発動。
「ほう……これは確かに、普通の女性の力ではないな。明らかに魔力が戻ってきている」
「やはりそうですか! これならトーナメントに間に合うかもしれませんね。挑戦者フェリックスくんを返り討ちにできそうです」
「気が早いな。今のお前は、まだこの程度なのだぞ」
押し返してくる力が、急に強まった。
「い、痛いです。背中が曲がってはいけない方向に……エビ反り! 私、人間なのにエビ反りになってます! あいたたたっ! 降参です、降参しますから許してください!」
するとフェリックスは押すのをやめ、逆に引っ張ってエビ反りの背中を元に戻してくれた。どうやらセレストは人間のままでいられそうだ。
「なぜ俺は夕方の墓地で婚約者をエビ反りにしなければならんのだ」
「知りませんよ」
「挑んできたのはそっちだろう」
「フェリックスくんが、まさかあそこまで力を込めてくるとは思ってませんでした」
「俺は挑戦者なのだろう? 挑戦する側が手加減するなんて聞いたことがないな」
「むむ……いいですよ、認めます。魔力が戻ってきて調子に乗っていました。仕方ないじゃないですか。絶望的だった状況に、光が差したんですから……!」
「ああ、それはそうだ。実のところ俺も少し、舞上がっている。あの本は正しかったのだな……いや、まだ全て検証したのではないから過信は禁物だ。それでも最悪の状況は脱した」
あと何匹の死霊を吸い込めば魔力が元に戻るのかは分からない。
吸えば吸うほど強くなれるのか。それとも限度があるのか。
実は今の状態が上限で、あとは伸びないかもしれない。
それでも――もう魔力はゼロではない。ゆえに魔法を使える。
アカデミーを卒業できるだろうし、王妃になってからの懸念も消えた。
あとは更に強くなって、トーナメントでフェリックスの全力を迎え撃つことができれば最高だ。
フェリックスがずっと努力してきたのは知っている。前回の戦いなんて、本当にギリギリの勝利だった。次はもしかしたら……否、次も勝つのは自分だ。
「さあ、もう少し頑張りましょう」
「それにしても暗くなってきたな。明かりを出す」
フェリックスの手のひらから、握り拳サイズの火の玉が現われ宙を漂った。
炎属性の魔法だ。
彼が得意とするのは氷属性だが、それ以外のも簡単なのは使えるらしい。
明かりがあれば夜でも大丈夫。と思ったのだが、死霊とは関係なく、夜の墓地は不気味で怖かった。
そして、根本的な問題も浮かび上がる。
「あの。死霊って黒いんですよ」
「らしいな。あの本に書いてあった」
「それで、もう夜です。周りが暗くて、相手が黒かったら、そのくらいの明かりでは、どうにも見つけられそうにないです……」
「しかし、気配を感じ取れるのではないのか?」
「近くにいれば大雑把な方向は分かりますけど……それだけです。なにせ魔眼初心者なもので……ごめんなさい」
「謝る必要はない。夜に墓地に来るときは、まともな照明を用意するべきだと判明した。大きな一歩だ」
セレストとフェリックスは上機嫌で家に帰ろうとする。
お互い表情の変化が少ない人種だが、何日も一緒に過ごしたので、機嫌がいいことくらい分かるのだ。
が、墓地から出るとき、その上機嫌に水を差す声が響き渡った。
「墓地に火の玉が……! それと無表情の男女が……幽霊か、吸血鬼か!? うわぁぁっ、誰か助けてくれぇぇぇっ!」
偶然通りかかった人が、悲鳴を上げて走り去っていった。
考えてみると、夜の墓地に人がいたら怪しすぎる。それが火の玉を従えていたら、お化けにしか見えない。
もし衛兵にでも見つかったら、確実に事情を聞かれる。「死霊を探していた」と正直に答えたら頭が変な人だと思われ病院に連れて行かれるかもしれない。これといって説得力のある嘘も思いつかない。
「……夜の墓地での活動は控えるべきと判明した……これも大きな一歩だ」
「そうですね……」
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