第21話 フクロウ越しの会話です

 道を歩いていると、大型の鳥が羽ばたく音が頭上から聞こえた。セレストが反射的に見上げると、そこにはフクロウの姿があった。


「フクロウって夜行性ですよね? なぜ午前中から帝都を飛んでいるんでしょう?」


「……いや。あれは父上の使い魔だ」


 そう呟き、フェリックスはフクロウを追いかけた。

 やがて人気の少ない公園に着く。

 フクロウは慣れた様子でフェリックスの腕に降り立った。


「おはようございます、フェリックス、セレスト姫。朝から二人で並んで歩き、仲睦まじくて結構です」


 フクロウの口から飛び出したのは、フェリックスの父親。すなわち、エルマー・ベイレフォルト国王の声だった。

 どこか遠く離れた場所から声を送っているのだろう。そしてフクロウの目を通じ、こちらの姿を見ているようだ。

 セレストは慌てて頭を下げ「おはようございます、エルマー陛下」と返す。


「なんの用だ、父上」


「では単刀直入に。セレスト姫、その眼帯の下に、死霊の魔眼があるというのは本当ですか?」


「本当、です」


 これほど素早く情報を得て連絡してきたからには、誤魔化しても無駄だろう。セレストは大人しく認めた。


「魔力が消え、魔法を使えませんか」


「……はい」


「弱りましたね。私はいずれベイレフォルト王国とエイマーズ王国の統一王国を作ります。私の後継者はフェリックス。王妃をセレスト姫とするつもりです。しかし王妃が全く魔法を使えないというのは……諸外国への受けがよろしくない。貿易で成り立っている我が国として、それは非常に困るのです」


「父上。まさか婚約を解消するなどと言い出すのではないだろうな」


「言いたくはありません。フェリックスとセレスト姫は、よき夫婦になると思っています。ですが優れた国王は、個人的な感情で判断を下しません」


「そうか。それで父上はどちらを取るのだ。俺とセレストが結婚しなければエイマーズ王国の海は手に入らない。だが結婚すれば魔力を持たない王妃が生まれる」


 どこの国でも、王侯貴族は魔法を嗜むものという意識は強い。王妃に魔力がないというのは外交で不利になる。


「……フェリックス。誰か別の人を第一王妃にし、セレスト姫は第二王妃ということでどうでしょう?」


 なるほど。

 それならばベイレフォルト王国は海を手に入れられるし、セレストは故郷の民を救える。望ましい結末といえる。

 第一王妃はフェリックスが心の底から愛せる相手ならいい。セレスト自身も、第一夫人とはいがみ合わず仲良くしたい。

 自分は友人として、一歩引いた場所から二人の夫婦生活を見守る――そんなのは嫌だ。


 セレストはフェリックスの服を握った。

 そんなことをした自分に驚く。

 なぜ嫌なのだ。

 婚約した目的は、故郷の民を食糧難から救うためだ。それさえ叶えばどうでもいいはずだった。

 なのにどうして、フェリックスがほかの女性と一緒にいて欲しくないと思ってしまったのか。

 これではまるで……友達が自分の知らない人と仲良くしているのを見て、疎外感を覚える子供ではないか!


 セレストは小さい頃、ドロシーがほかのメイドと談笑しているのを見て「私のドロシーなのに」といつも拗ねていた。

 あれとよく似た感覚だ。多分。


「あの、失礼しました。急に服を引っ張ってしまって……虫がいたので……」


「……そうか。話が反れた。父上よ。俺が二人の妻を持てるほど器用だと思っているのか?」


「そこなんですよ。我が息子ながら、お前は不器用です。どう考えても上手くやれるはずがない。そこで、セレスト姫には魔力を取り戻していただきたい。もちろん魔眼を摘出する以外の方法で」


「そう言うからには、父上にはその方法の心当たりがあるんだな?」


「心当たりなんて上等なものじゃありません。ワラにもすがる、とか、猫の手も借りたい、という類いです。実は若い頃、死霊の魔眼について詳しく書かれた本を読んだ記憶があるのです。それは五百年ほど前に書かれた本で、著者自身が死霊の魔眼を宿し、その体験談を綴ったものです。魔法ギルドはそれをフィクションだと断じていますが、あの真に迫った描写は本物かもしれないと私は思っていました。著者は死霊を取り込むことで、徐々に魔力を取り戻していく……そんな描写があったと思って、書斎を探しているのですが……見つけ次第、そちらに送ります」


 おやおや? とセレストは首を傾げる。

 それはフェリックスが十歳の頃に読み、久しぶりに帝国図書館で再会したあの本ではなかろうか。


「父上……その、なんというか、申し訳ない。その本を探すなら、俺の部屋だ。昔、父上の書斎から持ち出して、返すのを忘れていた。だから読んだことがあるし、昨日、帝国図書館で借りた。だから送ってこなくていい」


「フェリックス、フェリックス。私はセレスト姫の魔眼について報告を受けてから、徹夜で書斎を探したのですよ」


「だから……申し訳ないと謝った」


 フェリックスはとてもバツの悪そうな顔をしている。まるで父親に叱られる子供だ。いや、まるで、ではなくそのものか。


「はあ……そうだ、セレスト姫。あなたが生まれたのは八月でしたね。フェリックスは九月です。だから、あなたのほうが一ヶ月だけ、お姉さんです。だから私に代わって、フェリックスに説教してくれませんか」


「おい、待て。たった一ヶ月でお姉さんもなにもないだろう」


 フェリックスが慌てた声を出す。

 それがなんだか面白くて、セレストは話に乗ることにした。


「承りました、エルマー陛下」


「承るな」


「こら、お姉さんにそんな口を利いてはいけません。人のものを勝手に持ち出すのも、返さないのも駄目なんですよ。悪い子です。めっ!」


 セレストは精一杯背伸びし、フェリックスの視線の高さに近づく。それでも少し負けていたが、姉になりきって叱ってやった。


「……お前、やってて恥ずかしくないのか?」


「いえ。誰かにお姉さんぶるのが人生初で、新鮮な気持ちです。割と楽しいですよ。つま先立ちは辛いですが」


 足がぷるぷるするので、普通の立ち方に戻る。また頭一つ分の差ができてしまった。


「くだらん。セレストはともかく、父上はいつからこんな茶番を好むようになった」


「いつも仏頂面の息子が照れるのを見るのは、かなり楽しいものですよ」


「フェリックスくん、照れてたんですか?」


「照れていない。父上の言うことを真に受けるな」


 まあ、そうなのだろう。

 この氷の表情の王子が、セレスト如きに「めっ」と言われたくらいで照れるわけがない。


        △


 危なかった。

 姉ぶるセレストがこんなに可愛いとは、想像もしていなかった。

 頑張って背を伸ばし「めっ」と言ってきたときなど、顔が火照りそうになった。それを魔法で冷気を操り体温を下げ、なんとか抑えたのだ。


 家に用意してあったセレストの寝間着の可愛さといい、姉になって説教しろというリクエストといい、全て父親から精神攻撃としか思えない。

 おそらくフェリックスの自制心を破壊しようとしているのだ。

 実際、ぷるぷるとつま先立ちするセレストを抱きしめたくて仕方なかった。

 しかし、ここは外で、おまけに父親が見ている。そんなところで抱きしめたら、フェリックスの人生は終わる……気がする。


「照れていない。父上の言うことを真に受けるな――いや、そんなのはどうでもいいのだ。とにかく父上は、俺とセレストの婚約を解消させる気はないのだな?」


「実のところ、さっきまで迷っていました。しかし改めて思いました。二人の間を引き裂くなんてとんでもないと。セレスト姫なら仮に魔力を取り戻せなくても、立派な王妃になるでしょう」


 フェリックスは父親の言葉に全面的に同意だった。だが口に出すとからかわれる気がする。それについての言及を避け、昨夜、セレストが死霊を吸収したかもしれない、、、、、、ことを報告する。


「ほう……あの本の通りではありませんか!」


「まだ分からん。なにせ死霊が見えるのはセレストだけ。魔力も体感できるほどは戻っていない」


「はい……全て勘違いという可能性もあります」


「つまり本当だという可能性もあるのですね。結構。ならば確かめてください。死霊がいそうな場所を探し、検証してください。それでは私はこれで。フェリックスのせいで徹夜する羽目になったのに、今日もやることが多くて大変です」


 そう言って、フクロウはどこかに飛んでいった。

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