第20話 噂が広まっています
「シュッシュッ……シュッシュッ……」
真夜中。
セレストは寝室でシャドーボクシングをしていた。
死霊がまた現われたら、即座に一撃を加え、吸収するためだ。
「いい加減にしろ。もう一時になるぞ。ここは墓場でも火葬場でも戦場跡でもない。そう頻繁に死霊が出てくるものか。寝ろ」
「ですが、万が一ということも」
「……ボブが寂しがっているぞ」
フェリックスはそう言って、サメのぬいぐるみを抱き上げ、ヒレをひょこひょこ動かした。
「か、可愛い……」
「そう思うなら、ベッドに戻ってボブに添い寝してやれ。飼い主だろう」
仕方なくセレストはベッドで横になり、ボブを抱きしめた。
「あの。誤解しないでくださいね。私はボブの飼い主ではなく、友達です」
「そうか」
「あと、可愛いと言ったのはボブにではなく、フェリックスくんにです」
「いいから寝ろ」
なぜかデコピンされた。可愛いと褒めてあげたのに。世界は理不尽である。
そして翌日の朝早く。
魔法アカデミーに行く。丁度、アスカムが自分の研究室の鍵を開けるところだった。
「死霊を殴ったら、手から吸収してしまった? うーむ……フェリックスくんが思い出の小説と再会できたのは喜ばしいですが、その主人公と同じことをセレストくんがやったと言われても……」
昨夜の出来事を報告すると、アスカムは疑わしそうな声を出した。
当然だろう。
セレスト自身、半信半疑なのだ。
死霊はいきなり現われ、そして消える。手から吸収したように見えて、実は壁をすり抜けて出ていっただけかもしれない。
フェリックスに確かめようにも、死霊が見えるのはセレストだけ。
そして魔力が回復したような気がしているものの、本当に気のせいレベル。
薬草を粉状にしようと試みたができなかったし、身体強化魔法は心持ち体が軽やかになったかもという程度。
なに一つ実証できない。
「失礼な話ですが……死霊の魔眼を宿した者は、精神を病みやすいと言われています。フェリックスくん、彼女にそういう兆候がありませんでしたか?」
「リビングに砂糖を撒いていました」
「塩ならともかく砂糖を……? かなり危険な状態のようですね」
アスカムは哀れみの眼差しを向けてきた。
「いえ。あれは塩のつもりだったんです。フェリックスくんには説明したじゃないですか。どうして私の恥ずかしい秘密を先生に教えちゃうんですか? イジワルですか?」
「ああ、イジワルだ。また部屋を砂糖まみれにされてはかなわん。ここで恥をかいて、肝に銘じておけ」
確かにここまで言われたら、塩と砂糖を間違えない注意力が嫌でも身につく。
セレストは料理上手に一歩近づいた。
「仲がいいのは結構ですが……あまり教師の前でイチャイチャしないでもらえますか? 特に私の前ではやめてください。私が研究室にこもっているのが気にくわないのか、ここ数年、妻が冷たくて……あなたたちのような青春を見せつけられると、羨ましくて心がキュッと傷むんですよ……」
夫婦仲が上手くいっていないのはかわいそうだ。しかし、このアカデミーは十代後半の青春まっただ中の生徒が沢山いる。いちいち羨ましがっていたら心が保たない。早く仲直りしたほうがいい。
「魔眼のことで先生の時間を奪っている私が言うのもなんですけど……たまには奥さんを食事に誘っては如何でしょうか? あとアクセサリーのプレゼントなんか喜ばれるかもしれません。青空邸という店がオススメですよ」
セレストはさりげなく自分の店を宣伝した。
「なるほど……女性の意見は参考になります。まして二人は今、恋を燃え上がらせている真っ最中。セレストくんとフェリックスくんを手本にすれば、私と妻も、あの頃に戻れるでしょうか!?」
死霊の魔眼について相談していたはずが、いつの間にかアスカムの夫婦仲を考える会になってきた。
セレストが恋多き少女だったら自信満々に相談に乗ってあげられた。だが実際は、恋愛経験が皆無。
「あの、アスカム先生。私とフェリックスくんの婚約は親同士が決めたものですから。恋を燃え上がらせているのではありません。ねえ、フェリックスくん」
「そう、だな……」
フェリックスはなぜか歯切れが悪い。
イチャイチャしていると誤解され、気分を害したのだろうか。
「そうなのですか? 私からは、とても仲がいいように見えますが……」
「な、仲良しに見えますか? それは、きっとあれです。私とフェリックスくんが、と、友達になれたからだと思います……!」
友達、と口にしたセレストは、恥ずかしくなって口元を押さえた。それからフェリックスをチラリと見る。
冷めた顔だった。彼とて友達が多いほうではないだろうに。端から見ても友達だと分かる相手ができても嬉しくないのだろうか? どうやらセレストよりも孤独に対する耐性が高いらしい。
「友達……なるほど。セレストくんはそう思っているのですね。フェリックスくんは……女性がいては話しにくいこともあるでしょう。もし男同士で話したいことがあれば、いつでも遠慮なく。相談に乗りますよ」
「ありがとうございます。しかし大丈夫です。俺自身の力で分からせます。全ては、こいつにトーナメントで勝ってから……そのためにも、必ず魔力を取り戻してもらう」
「え。どうしてこんなときにトーナメントでボコボコにしてやるぜ宣言をするんですか? その冷たい視線、やめてください。私たち、友達じゃないですか」
「私には熱い視線に見えるのですが……二人とも別方向に拗らせているようですね。まあ若いんですから、好きなだけ遠回りしてください。ともかく、死霊の魔眼に関する判断はまだ保留です。アカデミーとしても判断を急ぎたくないようです。なので色々試してください。進展があればまた教えてください」
セレストとフェリックスはアカデミーをあとにした。
校門を出るとき、登校してきた生徒たちからヒソヒソと声がする。
――ねえ。知ってる? 漆黒令嬢って、魔法を使えなくなったんだって。
もう噂が広まっていた。
話が大きくなると、アカデミーの判断が早くなるかもしれない。魔法を使えない生徒が在籍していると校外まで知れ渡ったら、信用問題になってしまうからだ。
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