第14話 魔眼です
オルゴールでリラックスして集中力を取り戻したお陰で、作業は正午になる前に終わった。
なので外に出てランチをとり、それから青空邸に完成したアイテムを持っていく。
ドロシーは「二日連続で一緒に来店とか、すっかり所帯じみて来ましたねぇ」とからかってきた。
その夜。
セレストは右目の痛みで目を覚ました。
まるで針で刺されたみたいだ。フェリックスを起こしては悪いと思って我慢しようとしたが、つい声が漏れてしまう。
「っ!」
息を止め、体をくの字に曲げて耐える。
そうしているうちに、痛みが少しずつ引いていく。よかった。心配をかけぬよう、明日こっそり眼科に行って見てもらう。何事もなければいいのだが――。
ところがフェリックスは異変に気づいて起きてしまった。スタンドに明かりが灯る。
「あの、なんともないので……」
「お前はなんともないのに、夜中、いきなり涙を浮かべるのか?」
そうか。痛みで涙まで出ていたか。
起こしてしまった時点で、もう誤魔化しても意味がない。セレストは大人しく白状することにした。
「右目が、凄く痛くて……今はかなりよくなりましたけど……」
「見せろ。いや、寝転がったままでいい」
ベッドで仰向けになったまま、男子に至近距離から顔を覗き込まれる。
性別に頓着しないセレストでも、いつもなら若干は緊張しただろう。
しかし今は、右目の痛みが不安で、それどころではなかった。
「これは……なんだ? 魔法陣……?」
フェリックスは不穏な呟きをする。
目の異変といえば、異様に充血しているとか、瞳孔が開いているとかだろう。
なのに『魔法陣』とはどういう意味なのだ。
「私の右目、どうなってるんですか……?」
「……まだハッキリしたことは分からない。だが、おそらく、魔眼が宿った」
フェリックスはセレストの背中に腕を回し、そっと起こしてくれた。
そして魔法で氷の鏡を作り、空中に浮かべる。
セレストは自分の右目をしっかりと見た。
もともと緑色の瞳だ。それは変わらない。しかしその光彩の中に、なにか複雑な模様が刻まれていた。フェリックスが言っていたように、おそらく魔法陣だ。細かすぎて、よく分からない。いや、詳細なところまで見えたとしても、これほど複雑な魔法陣がどんな効果を発揮するか、まだ未熟なセレストには理解できない。
「なぜ私に魔眼が……」
「分からない。どんなに努力しても魔法を使えない人間がいる一方、なにもしていないのに生まれつき魔法を使える人間もいる。だからおそらく、セレストの右目が魔眼になったのに深い理由は……ない」
「そう、ですね。どんなに大勢で研究し、時間をかけて技術を体系化しても、不測の事態を完全には排除できない。それが魔法です。まあ、失明したわけではないので、むしろ儲かったと思っておきましょう。魔眼は強い力を秘めているらしいですから」
例えば、見つめて念じた場所に炎を起こす『業火の魔眼』。視界に収めたものの動きを縛る『束縛の魔眼』。視線を合わせた相手を石に変える『石化の魔眼』。
どうせなら業火の魔眼のような、攻撃魔法の代替になるものがいい。
セレストは、炎や雷を出すのに憧れているのだ。
「明日、アカデミーの教師に相談しよう。だが、朝になって体調が悪かったら隠さずに言え。休んで病院に行く」
「はい。下手に隠したら、かえって心配をかけそうなので。次からは痛かったらそう言います。あ、今はもうすっかり痛みが引きました。心配おかけしました」
ありがたいことに、再び痛むことなく朝を迎えた。
アカデミーに行く途中、薬局で眼帯を買った。
街の人々はともかく、アカデミーは魔法師だらけだ。遠目からでも魔眼に気づき、無用の騒ぎが起きるかもしれない。
ただでさえ新聞記事のせいで注目を集めると予想されているのに、更なる材料を投下する必要はない。
「よし。瞼が腫れたから隠しているとでも言えば怪しまれないだろう。まさか眼帯の下に魔眼があるとは思わないはずだ」
「そうですね。ところで眼帯って格好良くないですか? 前に読んだ小説の主人公が魔眼持ちで、今の私と同じように普段は眼帯で隠してるんです。そして、ここぞというときに眼帯を外して魔眼を解放……憧れます」
「憧れの存在になれてよかったな。だが、役に立たない魔眼も多いと聞く」
「授業で習いましたね。えっと、植物を見つめ続けると少しだけ成長を早める魔眼、でしたっけ。それだと物語の主人公になれそうにないです」
「もしその魔眼だったら家庭菜園でもするんだな。今日の授業は確かアスカム先生だった。以前、その魔眼の話をしてくれたのもアスカム先生だ。丁度いい。授業が終わったら捕まえて、右目のことを相談しよう」
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