第10話 本当に手強い奴?

 二階に上り、セレストとドロシーで荷造りする。

 着替え。アカデミーの教科書。趣味の読書用の本。魔法道具作成の工具と素材。そしてサメのぬいぐるみ。これでスーツケース二個になった。

 あとは自作の魔法剣。これは鞘ごとスーツケースにくくりつけておこう。

 このくらいで大丈夫だ。足りない物があれば、また取りに来ればいい。

 ここはセレストの店だ。住まいを別にしたところで、頻繁に足を運ぶのは変わらない。

 売筋のポーションとアミュレットは、フェリックスの家で作って、定期的に持ってくる。その都度ドロシーに売れた品を聞いて、作って補充する。たまにセレストが店番して、ドロシーに休みを与える。これで店は回るはずだ。


「一人に店を任せるのは恐縮ですが、お願いしますね、ドロシー。もし無理でしたら、ほかに人を雇うのも考えましょう」


 一階に降り、改めてドロシーに店のこれからを頼む。


「いいえ。私にお任せを。常連さんが増えてきたとはいえ、目が回るほど忙しくはないです。それより……フェリックス様と仲良くしちゃってくださいね」


「まあ、祖国のため、婚約破棄されないように頑張ります。フェリックスくん、私に気にくわないことがあったら遠慮なく言ってくださいね。端っこでジッとしていろと言われたら、そうするので」


「そんな酷いことを言うものか。もはや冷徹ですらなく、ただの人でなしだ。あそこはもうセレストの家でもある。堂々としていろ。スーツケースはこの二つだけか? なら俺一人で十分だな」


「あ、一つは私が持ちますよ。身体強化魔法を使えば楽勝です」


「こんな大きな荷物を女性に持たせて歩いたら、俺が奇異な目で見られる。魔法師かどうか、傍目からは分からんからな」


 そう言ってフェリックスは、二つのスーツケースを一人で持ち上げてしまった。

 確かに街を歩いていると、荷物は男性に持たせるものと決めている女性が多い。しかしセレストは「荷物が二つで、運び手が二人なら、一つずつ持ったほうが合理的では」と思わずにいられなかった。


「ふっふっふ……フェリックス様。そういう地味な格好つけは通じませんよ。もっと直接ガツガツ攻めないと。手強く見えるかもしれませんが、あれはたんに経験不足ゆえに鈍感なだけです。自分の好みさえちゃんと分かってないんですから。押して押して押しまくれ!」


「なんの、話をしているのだ、ドロシー嬢」


「ふふん。言っておきますけど。フェリックス様の気持ち、横から見ていると分かりやすいですよ。伝わってないのは本人にだけです」


「な、に!? それはドロシー嬢が鋭すぎるだけでは……いや、肝に銘じておこう」


 フェリックスはドロシーの言葉を聞き、珍しく焦っていた。

 だが、セレストには内容がサッパリ理解できなかった。


「あの、二人はなんの話をしているのですか?」


「ふっふっふ。セレスト様の倒し方をレクチャーして差し上げていたんですよ」


「……ああ。次のトーナメント対策ですか。酷いですよ、ドロシー。自分の主人を売るんですか?」


「まあまあ。セレスト様は何度も優勝してるんですから、一度くらい譲ってあげましょうよ。おっと、お客様のご来店です。二人とも、仕事の邪魔なので、愛の巣に帰った帰った」


 そうしてセレストとフェリックスは店を追い出されてしまった。

 とりあえず馬車タクシーを探しながら、家がある方角へと歩く。


「お前の世話をするメイドがいると言っていたが、あのドロシー嬢がそうなのか。ただの店員ではなかったのだな」


「はい。メイドであり店員であり友達です。私が世界で最も信頼している人です」


「そうか……それにしてもズケズケと話しかけてくる奴だったな。俺が隣国の王子だと知っているくせに。不愉快ではないが、凄まじいメイドがいるものだと感心したぞ。エイマーズ王国ではあれが当たり前なのか?」


「いえ。ドロシーは特別です。あまり権力とか身分とか気にしていないみたいです。実際、ドロシーは強い魔法師なんですよ。国家を敵に回しても、私と自分だけなら逃げおおせる自信があるとか言ってました。私たちが通っている魔法アカデミーの卒業生らしいです」


「ほう、先輩であったか。只者ではないと思っていたが……」


 フェリックスは考え込むような声を出す。

 もしかして彼の好みは、ドロシーのような年上の女性なのだろうか。

 確かにドロシーは美人だ。

 ふざけたところもあるが、明るくて、優しくて、包容力がある。

 ――そう言えば、ドロシーって何歳なのでしょう?

 物心ついたときからドロシーはセレストのそばにいた。ずっと二十代後半くらいの外見だ。若さを保つ魔法があるので、魔法師の年齢はとても分かりにくい。下手をすると自分の父親より年上というのもあり得る。まあ、仮にそうだったとしても、セレストがドロシーを大好きなのに変わりはない。


「あの、フェリックスくん。もしドロシーにデートを申し込みたくなったら、いつでも相談してください。私が仲介するので」


「……お前は本当に手強い奴だな」


「はい?」


 なんのことか分からず、セレストは首を傾げた。

 フェリックスからの返答はなかった。

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