第6話 二年前の話 1/3

 それは商店街の片隅に溶け込んだ、ごく普通の二階建ての建物だ。

 一階が店舗で、二階が住居という作りも周りと同じ。

 看板には『魔法道具屋〝青空邸〟』と書かれている。


「これが私の住居、兼、お店です」


 セレストは店の前でそう言ってから、くるりと踵を返し、フェリックスに向き直った。

 黒髪がふわりと舞って、鼻先をかすめる。

 昨日は同じシャンプーを使ったはずなのに、とてもいい香りがした。


「……って、フェリックスくんは一度、来店してくれたことがありましたね」


「ああ。覚えていてくれたか」


「あの冷徹王子が自分の店に来たら覚えますよ。あれは一年生の夏休み。帝都に来てからずっと進めていた準備がやっと整い、ようやく開店できた当初でした」


「開店直後だったのか。その割に、ちゃんと客がいたな」


「沢山チラシを配って宣伝しましたから。それと、店員が美人なのがよかったのかもしれません」


 セレストはそう言ってから、フェリックスをジッと見上げてきた。


「……あの。冗談にはツッコミを入れてくれないと辛いのですが。そんな凍り付くほどつまらなかったですか?」


「そうだな。まず冗談を言っているのだと気づかなかった」


「こんな陰気な顔の奴が美人を自称したんですよ。冗談に決まっています」


 セレストはわずかに目を細くした。

 しかしフェリックスに言わせれば、本当に冗談ではない。セレストは陰の気を纏っているかもしれないが、美人なのも間違いなかった。気づいていないのは本人だけだ。

 魔法師に比べてそれ以外の者は、黒髪に対する忌避感が少ない。

 チラシを配るセレストを見て、美人だから店に足を運んだという客は、少なくないだろう。




 もう二年以上も前の話になる。

 フェリックスがセレストの店〝青空邸〟を見つけたのは全くの偶然だった。

 魔法アカデミーに入学するため、故郷のベイレフォルト王国から、このルネガルド帝国の帝都に引っ越してから数ヶ月。

 もともと独学で魔法をある程度学んでいたフェリックスは、自分こそが一年生で最強だろうと思っていた。


 ところが一学期の終わりに行われた筆記テストで、フェリックスは二位だった。

 トーナメントは二年も三年も出るから優勝は無理にしても、同じ一年に負けるとは思っていなかったのに負けた。

 どちらもフェリックスに勝ったのは、セレストという女子だった。

 なんと、ベイレフォルト王国の西に位置する、あの今にも経済破綻しそうなエイマーズ王国の王女であるらしい。

 見下していた相手に負けたというのが、悔しさを倍増させた。

 次こそは勝ってやると決意し、夏休みは家にこもり勉学に励みつつ、魔法の練習に明け暮れた。


 とはいえ、こもりきりでは逆に効率が落ちる。フェリックスは気分転換に帝都を散歩した。青空邸の前を通りかかったのは、そんなときだった。

 魔法道具屋だ。魔法アカデミーの生徒として興味を惹かれる。

 この手の店は、完全に魔法師だけを相手にしているものと、一般人にも扱える便利アイテムを扱うものの二種類に分かれる。

 窓から店内を観察すると、どうやら後者らしい。


 どう見ても魔法師には見えない老夫婦がペンダントを見ていた。厄除けの効果などを付与したアミュレットだろう。

 若い女性店員が、老夫婦に接客している。身振り手振りを交え、丁寧に説明しているようだ。しかし表情が暗いというか、眠たげな無表情のまま動かない。


 その店員はセレストだった。見間違えようもない。なぜ王族がこんな店で働いているのだろう。社会勉強のため、庶民と同じ生活を体験しているのかもしれない。

 現にフェリックスも王族なのに一人暮らしをしている。もっともそれは、異国に来てまで使用人に王子様扱いされるのが煩わしいから『社会勉強』と理由をつけて、父に一人暮らしを了承させただけだったが。


 なんにせよ、接客するなら作り笑いくらい浮かべればいいのに。あれではクビになるぞ――と、フェリックスは心配した。

 ところが老夫婦は楽しげに頷き、お揃いのペンダントを買った。

 無愛想を補ってあまりあるほどセレストの説明が素晴らしかったのだろうか。

 フェリックスは気になって、その場を離れられなくなる。

 

 会計が終わり、老夫婦に商品を手渡す際、セレストはやっと笑った。

 明らかに作り笑いではないと分かる、心底からの笑顔。

 ――お買い上げありがとうございます。大切にしてくださいね。

 店内の声は聞こえないが、笑顔からそんな気持ちが伝わってくる。

 老夫婦も笑顔になって店から出てきた。


 フェリックスは意外に思った。あのセレストという女子は、アカデミーで漆黒令嬢の渾名で呼ばれている。原因は黒髪だが、いつも無表情なのが渾名の普及を加速させていた。

 フェリックス自身も、筆記テストとトーナメントで負けたとき「おのれ、漆黒令嬢め!」と心の中で歯ぎしりした。

 それが、あのような温かい笑みを浮かべるとは。

 いつの間にかフェリックスは入店していた。

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