第3話 同棲開始です
セレストは馬車でフェリックスの住居に連れてこられた。帝都の高級住宅街としてはありふれた一軒家だった。
「それでは、今日から二人で暮らしてください。くれぐれも仲良くお願いしますよ。あなたたちが仲睦まじいと帝都で評判になれば、円満な併合だと思われるでしょう。いや、実際に円満に進めるのですがね」
フェリックスの父親は、併合と言い出した。
エイマーズ王国を西ベイレフォルト王国の名に変えるだけではない。いつかは『西』を取り払い、ベイレフォルト王国に吸収してしまうつもりなのだ。
「セレスト。押しつけた婚約だが……できれば幸せになって欲しいと思っている。なにを今更と思うだろうが」
セレストは自分の父の言葉を聞いて『本当に今更ですね』と思った。思うだけで口にはしなかった。その気力が沸かなかったのだ。
二人の王を乗せた馬車が走り去っていく。
セレストはフェリックスと二人っきりになった。
そして家に入った途端、フェリックスは「ちっ」と舌を鳴らした。
見たことのない家具が勝手に運び込まれていると言う。
とある部屋に、タンスや机、化粧台などがあった。白を基調に統一されたインテリアだ。
タンスを空けると、女性用の衣類が入っていた。鏡の前で広げてみる。セレストのサイズに合っているようだ。
「これが私の部屋ですね。遠慮なく使わせてもらいますよ」
「ああ、遠慮などするな。必要なものがあれば言え」
「そうですね……さしあたってベッドが見当たらないのですが」
「確かにそうだ。父上がそんな基本的なものを忘れたりするか? いや待て」
なにか思い至ったらしいフェリックスは部屋を出て行く。
セレストがそれを追いかけると、巨大なベッドがある部屋についた。天蓋付きで、細かい装飾が施された、立派な代物だった。
「やられた……ここは俺の寝室なのだ。置いていたのは一人用の簡素なベッドだ。しかし、これは」
「二人で一緒に寝ろと、そういうことでしょうね」
「そんな真似ができるか。俺はリビングのソファーで寝る」
「待ってください、フェリックスくん。失礼ですが、あなたのお父様はかなり狡猾な方でしょう? そんな誤魔化しが通るでしょうか? このベッド、なにか魔法的な仕掛けがあって、私たちが一緒に寝ているかどうか感知するかもしれません」
「そうかもしれん。いや、父上が用意したのだ。そうに違いない。とはいえ――」
「そんなに私と一緒に寝るのは嫌ですか」
「嫌に決まっている。お前こそどうなんだ。こういうのは女性のほうこそ拒否感が強いだろう」
「そりゃ、私だって嫌ですよ。けれど故郷の人々のためです。協力してください、フェリックスくん」
「……仕方がない。正直、俺も父上に逆らうにはまだ力不足だ。覚悟を決めるとしよう。風呂に入ってくる。そこらで休んでいろ」
「あの、その次に私も入っていいですよね?」
「当たり前だ。そんなことをいちいち確認するな」
セレストがリビングでブラブラしていると、風呂上がりのフェリックスが現われた。
髪をしっとりさせた寝間着姿を見て、さすがのセレストもドキリとした。
いくら嫌っていても、彼が絶世の美男子だという事実までは否定できないのだ。
意外と自分も安っぽい女だなと思いつつ、自室のタンスから着替えを取って浴室に向かった。
帝都はエイマーズ王国と違い、上下水道が完備されているので、蛇口を捻れば水が出る。この家には魔石の力でお湯を沸かす装置もあるので、簡単に浴槽に湯を張れるし、熱いシャワーにも困らない。
疲れと汚れを洗い流してから、ふわふわのタオルで体を拭き、真新しい寝間着に袖を通す。
フェリックスはすでに寝室で布団に入っていた。
セレストはその隣に寝転がる。
ベッドの脇には魔石で明かりを放つスタンドがある。それを消すと、カーテンの隙間から差し込む月明かりだけになった。
「平然としているな。嫁入り前の女性が、男とベッドを共にしているのだぞ。なにか思うところはないのか?」
「嫁入り前って、フェリックスくんは私の婚約者でしょうに」
「それはそうだが」
「思うところはありますよ。けれど安心しています。フェリックスくんは私が大嫌いなのでしょう? こんな黒髪で、陰気な顔の女には、絶対になにもしてこないという確信がありますから」
「一つ俺の名誉のために訂正しておく。横にいるのが好きな女性だったとしても、同意なしにはなにもしない」
「誠実なんですね、フェリックスくんは」
「なんだ、嫌味か?」
「いいえ、本心です。明日、私の家からここに荷物を運ぶので、手伝ってくださいね。では、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
フェリックスの声色は、いつもと変わらない。
やはりこの状況でも平然としている。よかった。意識されたら、セレストも意識してしまう。
なにせもうフェリックスを以前ほど大嫌いではいられそうにないから。
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