第8話 戦火の火種


 風穴を空けたはずの相手がピンピンとして筋トレしているという、不思議な状況を呑み込めないユウリの頭に?マークが幾つも浮かんでいる。

「ここ、お姉ちゃんの家なの?」

「うん、そうだけど……」

 キラキラとした瞳でキョロキョロと部屋を見回している。


「すっごい部屋!ベッドで寝るのなんて初めて!」

 今までどこで寝てたの?という疑問はグッと飲み込んだ。

「あの教会で寝ていたのか、それは大変だったな。」

「うん……寒くて寂しかった……」

「そうか、すまなかったな。」


 クレアが頭を撫でた。ユウリは泣きそうな顔をしていたが何とか涙は抑えていた。

「国民のために私がいるのだ。何かあれば頼ってくるがいい、必ず力になるぞ。」

「うん……痛いことしてごめんなさい。」

 素直に謝ることが出来るのは子供だからだろう。


「案ずるな。もう治ったから問題ないぞ!」

「えっ……?頭が痛くてあんまり覚えてないんだけど……穴空いてなかった?」

「あぁ、空いていたぞ。もう塞がったから問題ない。」

 あぁ、また頭の上に大量の?マークが……


 それにしてもお腹が空いた。社畜時代は朝ご飯なんか食べずにコーヒーだけ飲んで胃を荒らしていたのに、食べるようになると欲しくなるものだ。

 しっかり朝食を食べるのは健康にもいいことだし、出てくる食事はバランスもよく美味しいので言うこともない。


「ユウリはお腹空いてない?」

「お腹空いた!もう3日食べてない……」

「3日も!?ほら、食堂行って一緒に食べよ!お腹いっぱい食べていいからねっ!」

「ホントに!?やったー!!」

 食堂の場所を教えると居ても立ってもいられなかったのか大至急で向かっていった。


「クレアも行こ!」

「あぁ、そうだな。準備してすぐに行くから先に行っていてくれ。」

「うん、わかった。待ってるね。」

 私はユウリを追いかけて急いで食堂に向かったのだった。


「……強くならねばな。すべて護れるように。」


 新たな決意を胸にクレアは病室を後にするのだった。



 ルミナリア公国の陸続きの隣国であるエルメリア公国の王宮の玉座には男が一人、肘を立て頬杖をつきながら深く腰掛けていた。

 ロングコートに身を包んだ青年の名はレイン・エルメリア。公国を統治する者である。


 レインの見ている先には多数の写真が壁に貼り付けられている。

 その写真にはミツキがあらゆる角度で写っていた。

 レインは玉座から立ち上がり、壁の側まで歩くと写真を何度も撫でた。


「あぁ……何て禍々しい輝きだぁ……美しい魔剣だ……」


 目的はミツキではなく、ミツキの持っている魔剣レーヴィアテインのようだ。

 玉座から見て左右の壁には剣、槍、斧、刀などの無数の武器が飾られている。

 レインはウェポンコレクターであり、中でも曰く付きの武器を集めていた。


「必ず手に入れなければ……僕の元へ必ず……!」


 腰に帯刀していた刀を鞘から抜く。白銀色に輝く刀身は薄く、透明にも見えるようだ。

 妖刀『霜華そうか』。凍てつくような刃が触れるものすべてを凍らせてしまう冷気の呪いが込められている。

 床に刀を突き刺すと氷柱が隆起した。


「やっと来たか、お前達。」


 扉が開くとそれぞれ形の違う影4つ現れた。

「また写真眺めてんのか!」

 筋肉隆々とした大柄な男が大口で笑いながら扉を開き王宮へと入ってきた。

 その後に15歳程度の長い髪を結わえツインテールにした少女が続けて入ってくる。


「レイン様がやりたい様にやってるんだからいいでしょ!筋肉バカは黙ってなさいよ!」

「あんだと、小娘!この俺様に楯突くたぁいい度胸だ!」

「ふんっ、アンタなんか怖くも何ともないわよ!デカいだけのウスノロ!」

「あぁ?やんのかコラ!表に出やがれ!」


「二人とも、落ちつきなさい。」

「まったく、おめーらはいつもこうだ。」

 次に軍服に身を包んだ女性と盗賊の格好をした青年が王宮に足を踏み入れる。


「お前達に任務を与える。魔剣レーヴィアテインを強奪してこい。手段と持ち主の安否は問わん。」


 レインの言葉で4人は横一列に整列し、右手の甲を顔の横に挙げレインの方に向けた。これがエルメリアの忠誠の証のようだ。

 これからは誰が任務に出るかを決めることとなる。


「ルカが行く!面白そう!」

「小娘だけに任せておけねぇ!俺様も行くぞ!!」

「ルカだけで十分だよっ!オッサンは黙って待ってて!」

「何だとコラァ!やんのか!?」

「じょーとーだよ!ボッコボコにしてやる!!」


 軍服の女性が額に手を当てて呆れている。

「おめーらは何でそう話し合いができねぇんだ。めんどくせぇ、俺が行く。」

 盗賊姿の青年が自分を指差しながら言った。

「オイ、ノイズ!てめぇ横取りしようってのか!あぁ?」

「横取りも何もねぇだろうがめんどくせぇ。」


「五月蝿い。」


 軍服の女性が発した凛とした声が響きわたる。

「魔剣強奪にはノイズとルカが行きなさい。」

「おい、そりゃねぇだろ!身体が疼いてしょうがねぇんだ!」

「これは決定事項よ。それとも……」

 軍服の女性に睨まれて大男がたじろぐ。


「……あぁ……わかったよ!その代わり次は俺様だぞ!?」

「それでいいわ。」

 フンッと鼻を鳴らしながら大男が荒々しく王宮から出ていく。そして部屋には沈黙が訪れた。

 レインが階段を登り玉座へと腰を降ろす。


「それではレイン様、作戦開始致します。」

「あぁ、失敗は許されない。必ず魔剣を僕の前に持ってこい。」

「はっ!!必ずや!!」

 三人は右手の甲を顔の横に挙げ忠誠を誓う。

 そしてルカとノイズは魔剣強奪のため王宮を後にした。


「さぁ、戦争の始まりだ。」


 天気が崩れポツポツと雨が降り始めると、王宮の中にも雨の匂いが広がった。

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