第6話 決着の行方


 翼の羽ばたきで風が巻き起こり、砂埃が舞った。

 空に飛び上がったユーリは巨大な槌を持ちこちらを見下ろしている。

 何だあの突如生えてきた翼は。人間にあんなもの生える訳がない。


「何あれ……?」

「何って翼でしょ。あのハンマーは聖槌ってところね。」

「魔槍と聖槌……その二人の魔装具があの翼を生み出したってこと?」

「まぁまぁ特別なことだけれど。信仰の為せる業ってところかしら。」


 あんな巨大なハンマーで叩きつけられたらタダでは済まない。

「クレア!!逃げて!!」

「ミツキ、案ずるな。」

 この状況になっても冷静なクレアは空を見上げながらいつもの台詞を言った。

 何てこんなに安心するんだろう、この言葉は。


 その様子を見て呆れるように首を横に振るユーリ。

「逃げないんですか?潰れてしまいますよ?」

「私のことを救済してくれるのだろう?さぁ、来い。全て受け止めてみせるさ。」

「あぁ、神よ……この者に幸のあらんことを。」


 ユーリが聖槌を持ち上げ、勢いをつけ一回転させると遠心力によりスピードが上がる。

 そして、そのまま地上にいるクレアへと聖槌を振り下ろしていく。

 天からの一撃が流星のようにクレアへと降り注ぐ。


「来い!!!!」


 クレアが頭上へと聖剣を構え受け止めた。

 物凄いインパクトを受けて地面にも衝撃が走る。離れている私達のところまで地響きが伝わった。

「ぐぅっ……」

 重さに耐えきれず地面にヒビが入り脚が埋まる。


 身体中の骨が軋んでいる。自分の身体がこのままでは持たないのがわかる。

 ほんの少しの時間しか経っていないにも関わらず、長時間耐え続けているような錯覚を憶えた。

 だが、負ける訳には、いかない。


「ほぉんと、甘いよねー。」


 高い声が聞こえたと同時に、フッと身体が軽くなった。

 そして、目の前には魔槍を突き出そうとしているユウリの姿があった。

 魔槍は黒い波動が螺旋状に回転している。そのまま、右手を突き出した。


 避けることが出来ず、クレアの左腹部が抉りとられた。

 螺旋回転する魔槍は鎧ごと貫通しており、抉られた腹部からは血が溢れ出す。


「クレアァァァァァァッ!!」


 走り出すが一瞬の出来事で間に合わない。

 転移したとしても、もう貫かれた後だ。あまりのショックで呼吸が乱れ脚が縺れる。

 クレアならどうにかしてくれると思っていた。

 後悔しても遅い。早く助けて手当てしなくては……


 聖剣が消えてネックレス状に戻る。

「残念だね。弱いのに出しゃばるからだよ。」

 嘲笑うように言うと、ユウリが魔槍を抜こうとする。

 しかし、魔槍はビクとも動かない。

 そこには、目の前に魔槍を左腕で締めあげるようにして離さないクレアの姿があった。


「確かに……私は弱い……だがな。」

「ちょっ……放しなさいよっ!!」

「頑丈さだけは誰にも負けん!!」


 クレアは空いた右手でユウリの頭を掴むと、まるで投球するかのようなフォームでそのまま勢いよく地面に向かって叩きつけた。

「カハッ……!!」

 ユウリは後頭部を強く打ち付けられ、衝撃で眼球は裏返り白目を剥いて卒倒する。


 脚が縺れて転んでいた私はその一部始終を見ていた。

「えぇーーー?!?!」

「最後は根性の勝利ねぇ。穴空いてるしゆっくりしてる暇ないわよ。」

「はっ、そうだった!」

 急いで立ち上がりクレアの所に駆け寄る。


 槍の刺さった左腹部から血が溢れだしており止まる気配がない。

 このままではいずれ失血死してしまうだろう。

 今まで生きてきたけど止血の心得なんてないし、そもそもこんな穴空いてるのに止血って無理だろうし。

 脳内をフルに動かしても考えがグルグルと堂々巡りするだけだ。


「ミツキ、案ずるな……言っただろう?頑丈なんだ、私は……ごふっ……」

「喋らないで!!どうにかするから!!」

 クレアは内臓にも傷がついて口からも血を吐いている。

 ダメだ……言ったものの止める手立てがない。このままじわじわと死んでいくのか。


「レヴィ!どうにかならない!?」

 もう私にはこれしかない。恥も外聞もそんなもの吐き捨ててでも、私はこの人を救わなくてはいけないのだ。

「はぁ……まったく、便利屋じゃないんだからね。」

 レヴィが刺さった槍を抜く。当然のように空いた穴から血が溢れ出す。


「うわぁー!?何してんの!?」

「五月蝿いから黙ってなさい!」

 レヴィが手の平を向けると黒紅色の炎が発生する。

「ぐぅっ……」

 傷口が燃えパチパチと肉が焼けて傷の断面が固まっていく。炎が消える頃には流れ出る血は止まっていた。


「応急処置よ。そのままよりはマシでしょ。」

「わーん!!良かったぁ!!ありがとうレヴィ!!」

 私は泣きながらレヴィに抱きつき頬ずりを繰り返した。

「ちょっと抱きつくな!離れなさい!」

「ありがとうありがとう!」


「あらぁ、丁度良かったみたいねぇ。」

 背後から声がして振り返ると、そこにはエレーラとミアが立っていた。

「エレーラ、それにミアも。どうしたの?」

「エレーラ様がそろそろ終わる頃だろうと仰られまして、後始末のため馳せ参じた次第です。」


「魔女め……こうなる事を想定していたかのような周到ぶりだな……」

「倒れてるのがアンタかどうかまでは想像してなかったわぁ。ま、たまにはいいんじゃないかしらぁ。」

 こんな時まで言い合いしなくてもいいのに。

「とりあえず、傷口が化膿してもいけませんので包帯を巻いておきましょう。リンネ、頼みます。」


 後ろでミアのスカートの裾を掴んでいた人形のリンネは頷き、髪の毛を伸ばすとクレアの腹部に巻きつけて包帯代わりにした。

「あとは、屋敷の病室まで運ばねばなりませんね。」

 確かに教会は寂れているし、ここでは治療もままならない。しかし、ここから一時間かけて帰るのは骨が折れる。


 チラッとレヴィの方を見ると目が合った。今にも泣きそうな顔をしてみる。

「………………」

「はぁ……わかったわよ!」

 無言の圧力が効いたのか、レヴィはヤケになって手の平をクレアに向ける。すると、クレアの身体がその場から消えた。


「病室に転移させといたわよ。お腹も空いたし、これっきりにしてよね!」

「ありがとううぅぅ!!いっぱい食べさせてあげるからねぇ~!!」

「だから、離れなさいって言ってるでしょうが!!」

「病室にはメイドを待機させておりますので御安心くださいませ。」


 ミアの言葉に安心して腰が抜けたようにその場に座り込んだ。自分で思っていたより緊張していたようだ。

「ところで、ミツキ様。」

「どうしたの?」

「そこで倒れているお子様は如何いたしましょう?」

「え……?あっ……」


 そこには後頭部を打ち付けられたユウリが失神している。クレアの怪我のことに夢中で完全に忘れてしまっていた。

 昔アニメで見たように首筋に指を当ててみたが、鼓動を感じることができた。どうやら生きているようだ。


 そーっとレヴィの方に向くと、すぐに言いたいことに気がついたのか盛大なため息を吐くのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る