第5話 浄化の輝き


 ユウリの放った突撃槍は稲妻のような軌道を描きながら、私達を追跡して迫っている。

 手の平を向けたレヴィに槍がもの凄いスピードで近づくが、黒紅色の炎が手の平の前で広がり接触した槍がピタリと停止する。


「今回は特別よ。アンタ達に見せてあげる。」


 黒紅色の炎の絶対障壁が現れており、近づく物全てを拒絶していた。

 やがて炎は消え、魔槍は完全に動きを停止させてその場に漂っている。

 レヴィは欠伸をしながら魔槍の柄を持つと、そのままゆっくりと押し出すように手を放した。


「お返しよ。」

 スローに見えた魔槍だったが、まるでエンジンが温まった車かのように徐々にスピードが増していく。

 そして、閃光にも似たそれは瞬間的にユウリの目の前まで到達する。


 ユウリが魔槍を躱しつつ柄を握った。しかし、槍の勢いは留まらずに引きずられるような形となり、その小さな身体が浮かび上がる。

「あはは!!すっごーい!!」

 何かのアトラクションかのようにユウリは楽しそうにしている。


「破天荒な奴だな......」

「と、とにかくユーリを引きずり出すしかないね。」

「そうと決まれば、行動開始だな。」

「うん、無事に帰ろ!」


 槍の勢いが弱まりユウリが着地するのと同時に、私達は森から外へと出た。

「あー、楽しかった!あれ?もう出てきたの?もっと逃げててもよかったのにー。」

「生憎、私は忙しくて時間が無いのでな。子守りの時間はそろそろ終わりだ。」

 クレアが聖剣を両手で持ち正眼に構え、ゆっくりと目を閉じた。


 私は森から出て直ぐに立ち止まりその様子を見ていた。二人で闘うのかと思っていたのだが、森を出る前にクレアに後ろで見ていて欲しいと言われたのだった。


「見ていて欲しいって......危ないよ。」

「変なプライドがあるんでしょ。ほっときなさいよ。」

「ほっとくって、そんな殺生な......」

「何よその話し方は......」


 私が一緒に闘ってもそんなに力になれないかもしれないけれど、ちょっと寂しさを感じてしまう。

 危なそうならいつでも乱入できるように準備しておこう。

 ユウリはクレアが一人で闘うつもりなのを見て笑った。


「あははっ!お姉ちゃん、一人で闘うつもりなの?死んじゃっても知らないよー?」

「案ずるな。ここが墓場になろうとも一人で死ぬつもりはないさ。」

「へぇ......弱いのに口ばっかりだねー。」

「あぁ、弱いのはわかってるさ。早く始めよう。それとも......」


「私に負けるのが怖いのか?」


 不機嫌そうに無言で睨みつけてくるユウリ。

 わかりやすい挑発だが、その言葉で周囲の雰囲気が変わったのが明らかだった。

 ユウリは子供が故に単純に受け取ったのだろう。


「ふざけないでよっ!!」


 怒りの感情が爆発し、ユウリの身体を黒い波動が包み込んでいく。

 魔槍の魔力が流れ込んでいってるのだろうか、首筋には黒い稲妻の痣のようなものが浮き出していった。

 なるほど、魔槍の侵食が早く進むように力を使わせるつもりなのか。


「そんなに死にたいなら今すぐにでも殺してあげるよ......」


 距離を詰めるために地面を強く蹴りユウリが動き出す。魔槍に伝わった黒い波動が螺旋となり渦巻く。

「抉れちゃえーっ!!」

 魔槍を突き出しながら突撃してくる。

 クレアはカッと閉じていた瞳を見開き、聖剣を高く振り上げた。


「我が聖剣ディランダルは永久に不滅!!惡を断つ剣だ!!」


 刀身が目が眩むほどに光り輝く。聖なる光を聖剣に纏わせると突撃してくる魔槍に対し力強く振り下ろした。

 魔槍が叩き落とされ地面に切っ先が突き刺さり埋まる。そのまま聖なる光が魔槍を伝いユウリを包み込んだ。


「熱いっ!!身体が......焼ける......っ!!ああああああああぁぁぁ!!」


 ユウリは光の波動で火傷したかのように地面を転がりのたうち回る。

 身体には特に変化は無いが首筋に浮き出ていた痣が焼けているようにどんどん薄くなっていっている。

 まるで光が闇を喰らっているかのようだ。

 遠くから様子を見ていた私は今目線の先で起きている状況に戸惑っていた。


「あれって、何が起きてるの?」

「聖剣の力よ。半端な魔装具なら浄化されちゃうでしょうね。もちろん、私には効かないわよ。」

「魔槍は半端なやつなわけ?」

「あの魔槍は神から授かったものじゃないって前にも言ったでしょ?戦争とかで大量に殺したりして魔装具になることもあるのよ。」


 普通の武器でも人を殺し過ぎるといわく付きの武器になるってことか。

 ユウリは一体どこで魔槍を手に入れたのだろうか?

 それにしても、浄化の力があるなんて流石は聖剣である。


 包んでいた光が淡く消えていき、ユウリと魔槍だったものが残っていた。

「うぅん......あれ、ここは?」

 ユウリとは違う低い声。元のユーリに戻ったのだろうか。キョロキョロと辺りを見回しながら状況を確認している。

「大丈夫か?」

 クレアが問い掛けつつユーリに対し手を伸ばす。


「離れなさい!!」


 レヴィが叫ぶ。

 その瞬間、地面に突き刺さった槍を手に取ったユーリが引き抜きそのまま突き刺した。

 槍は鎧を避けて顔の方に向かっていたが、レヴィの声を聞いて身を捻りながら何とか躱す。


「バレましたか......残念ですね。」


 ユーリは立ち上がりながら修道服に付いた埃を払っている。私はレヴィに問いかけた。

「何で攻撃してくるってわかったの?」

「あの二人は出来事を共有してるの。あんな記憶を失ってるような動きはしないわ。」

 そういえばそんな事を言っていたのを思い出す。


「貴様......」

「ユウリが失礼な事を言ったようで申し訳ありません。」

「意思は統一しているということか?」

「全ては神の御心のままに。」


 ユーリとユウリの声が混ざって聞こえた。

 二人は揃って私達を殺そうとしている。もう決着がつくまで闘う他、道は無いのだ。

 ユーリが地面を蹴りクレアとの距離を取った。


 身体を抱き締めるように腕を掴み身体を折り曲げると、ユーリの背中に翼が現れた。

 右は悪魔の漆黒の翼、左は天使の純白の翼が羽ばたくように大きく広がる。

 その姿はまるで、教会の女神像のようだった。


「さぁ、救済を始めましょう。」


 翼を羽ばたかせ空へと飛び上がるユーリ。

 先程まで晴れていた空が雲に覆われていき、その手には巨大な槌が握られていた。

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