第3話 破戒の信徒
笑顔の少年を見て、クレアも何か違和感を感じたのだろう。髪を触るフリをしながら首のネックレスに手を伸ばしている。
「ここに信仰に来ていると言ったが、あの神像は何だ?あのような像は以前なかったと思うが。」
「何って、神ですよ。我々を救うため、この世に顕現なされたのです。」
手を胸の前で握り祈りを捧げるようなポーズをする少年。この教会に女神像が出来たのは最近の事なのだろうか。
「質問を変えよう。信仰に来た者はどこだ?」
「神はいつ何時も我々を見つめております。何という慈悲深さなのでしょう。」
駄目だ、まるで話が噛み合っていない。
「まぁ、こんなところでは何ですから。こちらへどうぞ。」
少年に連れられ教会までの道を進み始める。
「ところで、あなたの名前は?」
とりあえず名前くらいは教えて貰ってもいいだろう。
「僕はユーリ・シルフィです。」
「ユーリくん。私はミツキ・シュトラールだよ、よろしくね。」
「はい、よろしくお願いします。」
話をした感じ礼儀の正しい子供にしか感じないが、レヴィが頭の中で気をつけなさいと言っている。
クレアは自己紹介をしない。彼女の中ではユーリはまだ信用に値しないのだろう。
「お姉さんは何て名前なんですか?」
「私はクレアだ。」
名前を聞いてユーリが立ち止まる。
「なるほど、貴方がルミナリア卿ですか。」
「いかにも。」
「そのような御方が何故当教会に足をお運びになられるとはなんと慈悲深い。」
「御託はいい。質問に答えてもらおう。」
クレアは今にも斬りかかりかねない状況だ。首の聖剣のネックレスにかけた手に力が入っている。
教会の扉の前までユーリが到着し、バァンと両開きの扉を勢いよく開け放つ。
開いた扉からは先程見た歪な女神像が見えた。
「ミツキさんとクレアさん、ようこそ我が教会へ。」
ユーリが振り返って微笑しつつ言った。何故だろう、一瞬背中に天使の翼が見えた気がする。
「もう一度聞く。住人をどこにやった?」
「どこ、とは?神の導きのままに自ら神の下に旅立ちましたよ?」
「どういうことだ?」
その質問と同時にユーリの頭がガクンと落ち俯いた。
ゾクリと背筋に悪寒のようなものが走る。
今までの神聖な雰囲気とは明らかに違う、どす黒い渦巻くような『何か』が周囲に広がった。
ユーリがゆっくりと頭を上げ、口を開く。
「うるさいなぁ……全員あの世に逝っちゃったよ?」
先程までのユーリの声とは違う、高い少女のような声が発せられる。
蒼く大きかった瞳は収縮し口角が歪に上がり、さっきまでの微笑ではない不気味な笑顔で嗤っている。
背中には悪魔のような翼が見えた気がした。
「貴様……何者だ?」
「何者って、別に何でもいいじゃん。まどろっこしいんだよねユーリはさ、さっさと答えちゃえばいいのにねー。」
足元の石を蹴飛ばしながら、ユーリだったものは言った。ユーリとは仕草や話し方、雰囲気までまったく違う。同じなのはその姿だけだ。
子供というか、幼い。無邪気な子供のようだ。
手持ち無沙汰に髪の毛を指でクルクルしながら、少女はコチラに向かって歩いてくる。
「ごめんねー、ややこしい事ばっかり言っちゃって。ユーリはちょっとお堅いというか、神様への信仰が最初にきちゃうんだよねー。真面目で困っちゃう。アタシはユウリ、よろしくねっ。」
少年がユーリで、少女がユウリ。
「混ざってたのはこういう事ね。」
手首のチェーンからレヴィの声がする。
「朝から言ってる混ざってるって何?」
「文字の通り。あの身体に二つ入ってるのよ。」
あの身体の中に二つ入ってる?
「それって何?二重人格ってこと?」
「それは中で人格が分裂してるだけで一人の人間でしょ。二人の人間が混ざりあってそれぞれが出てくるのよ。出来事も共有してるし、何時でも切り替わることが出来る。」
「ご名答ー、よくわかったねっ。すっごーい!」
パチパチと拍手するユウリ。
「アタシとユーリはね、この教会で生まれたの。天使と悪魔の翼に包まれて女神像の前にいたの。文字通り死に物狂いで生きてきたわ。教会で肩を抱きながら雨風を耐えた。信者の供え物で飢えを凌いだ。どんなに辛くてもユーリは笑ってたわ、すべては神の導きだって。」
こんな街外れのボロボロの教会で今まで生きてきたのか、何年も苦しみながら。
神の導きなんて理由をつけたとしても、報われることはないのに。
「最初はそれだけでも何とか生きていけた。でも、最近は信仰心が薄れて人は来なくなった。」
「それで信者を無理矢理呼び寄せていた訳か。」
「無理矢理なんて人聞き悪いなぁ。信仰心をちょっと弄っただけだよー。」
信仰心を弄るなんて芸当ができるのだろうか。神の力を利用すればそんな事も可能だというのだろうか。
「失踪した信者は何処にいる?」
「それは答えたでしょ?もうあの世に逝っちゃっていないよ。もちろん、嘘かもしれないけどねー。」
「そうか......ならば、真実を話してもらうぞ。」
クレアのネックレスが清らかな光を放ちながら聖剣の姿に変わる。いつ見ても大振りで分厚いその刀身は、剣というよりは盾に近い。そして、身体は純白の鎧に包まれた。
「あーぁ、やっぱりこうなっちゃうかぁ。でもでも、やるからには楽しもうねっ!」
ユウリの右手から黒い稲妻のような光が放たれ顕現する巨大な槍。しかし、それは刃がついている物ではなく、突きに特化した突撃槍であった。
切っ先まで螺旋状に収束しており、持ち手の部分には鋼鉄で出来た盾のような物が備わっている。
その姿は妖しく脈打つ様に獲物を探しているようだ。
「いっくよーっ!!」
ユウリが槍を構えて地面を蹴り、もの凄い速度でクレアへの距離を詰めていく。
突き出した槍は空気を切り裂きながら迫り来る。
「公国本隊第一隊隊長クレア・ルミナリア、参る!!」
クレアの名乗り口上が響き渡り闘いが始まったのだった。
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