第2話 失踪の理由


 小一時間程度歩いたところで私達は街外れに到着していた。

 街人の証言だと、何かに呼ばれるようにここから出ていった人間は失踪して戻ってきていないのだと言う。

 何かに呼ばれるという表現に疑問を持ちつつ、辺りを捜し始める。


 とは言っても、周辺にはそんな大勢の人間を隠せるような場所はないし、異世界の扉があるなんてことは当然ながらない。

「街外れの先には何かあるの?」

「私もよくは知らないのだ。聞いた話だと古びた教会があるらしいのだが、行ったことはないな。」


 単純に考えればその教会に惹かれて行ってると考えるのが自然だろう。

 兵士が散らばって手がかりを捜している。

「レヴィ、何か感じる?」

「えぇ、微かだけれど混ざった何かを感じるわ。」

「混ざった?何それ。」

「言葉の通りよ。善意と悪意というか、そういうのがぐちゃぐちゃに混ざってる感じ。」


 私ではレヴィの意図は汲み取れないが、ここより向こう側が変な雰囲気なのは感じ取れた。

 クレアが腕を組み教会があるであろう方角を見つめていた。

 やはり、この先に何か良くないことがあるのを感じているのだろうか。


「皆の者、今日は出直そう。」

「え、何で?」

 クレアの咄嗟の提案にざわつきが起きる。

 周囲の兵士と同様にてっきり教会まで足を運び、原因究明をするのかと思っていた私は戸惑いを隠せない。


「この先は何かある。事前にあの教会について魔女に聞いてから向かった方がいいだろう。」

 なるほど、予防策というわけだ。

 確かにエレーラなら何か知っている可能性はある。

 もっとも、エレーラは夜な夜な魔導書を読み漁っており、この時間ならまだ寝ているかもしれないが。


「じゃあ、屋敷まで行こっか。」

「あぁ、そうしよう。お前達すまないが一度戻っておいてくれないか?」

「はっ!かしこまりました!」

 クレアの言葉で兵隊が列をなし踵を返し立ち去っていく。


「帰らせちゃって大丈夫なの?」

「あぁ。この嫌な感じ……今回の件はあいつらには少々危険だろう。」

「それで出直すことにしたの?」

「それもあるが、魔女に確認したいのは本当だ。あやつに頼るのは癪だが、まぁ仕方ない。さぁ、屋敷に行こう。」


「えー、知らなぁい。」


 ベッドを勝手に持ち込み図書館で寝落ちしていたエレーラを何とか起こし、事情を説明し返ってきたのがこれである。

 見るのが怖いがクレアをチラ見すると額に青筋を立てている。あぁ、これは大層お怒りになっているな。

「は、話ぐらいは聞いた事があるだろう……」

「そりゃあ街外れに教会があるのは知ってるけれど、それ以上のことは知らないわよぉ。」


 どうやらあまり知らないのは本当のようだ。

「本当に、知らないんだな?」

「本当よぉ。ただ……」

「何だ、知っていることがあるなら早く言え。」

 イライラしてるのが手に取るようにわかる。エレーラもわざとクレアを怒らせているのではなかろうか。


「こないだ街中で買い物してる時に、神、神、って言いながら教会の方に向かっていく老人なら居たわよ。関係あるかは知らないけどぉ。」


「それだ!!」

 答え合わせのような証言の内容に、二人の声が合わさった。

「知っているなら最初から言え。相変わらず底意地の悪い奴だ。」

「今思い出したのよぉ。アンタも直ぐに怒るのやめなさいな。筋肉ばっかり育ててるからそうなるのよ。」

「まぁまぁ……落ち着いて……」

 間に立って二人を制止する。どうして私がこんな役目を……


 今回の件の目標も確定したし、さっそく教会へ行くとしよう。

「じゃあ、私はもうちょっと寝るわぁ。気をつけて行ってらっしゃいな。」

 そう言ってエレーラはベッドに横になるとすぐに寝てしまった。よっぽど夜更かししていたのだろう。

「まったく、人の家だというのにこの体たらく。」

「あはは……気を取り直して、教会に急ごう。」



 街外れの教会はルミナリア公国の光の信仰のために建造されたものである。

 以前は信仰者も多く日に日に祈りを捧げに来るものも多くいたが、徐々に廃れていき現在は植物のツルが絡みつき来る者を拒絶するかのような雰囲気を出していた。


 屋敷から教会までは徒歩で1時間ほどで到着する距離であり、深緑の森のような結界もないのですぐ近くまではやってこれた。

「着いたか。しかし、随分寂れたものだ。」

「クレアは来たことあるの?」

「あぁ、両親が生前連れてきてくれたのだ。その頃はまだ今ほど国も発展していなかったのもあり、信仰者も多かったと聞く。」


 教会の扉をノックしてみるが反応はない。

 クレアと顔を見合わせてから扉を引いて隙間を作る。

 隙間から顔を入れて覗き込む。

「すみませーん、誰かいますかー?」

 返事は無い。物音もしないので今は留守なのだろう。

「誰もおらんようだな。邪魔しよう。」

「あっ、ちょっと……!」


 クレアが扉開け放ち先に入ってしまった。この国には不法侵入とかは無いのだろうか?

 教会の中は外から見るより劣化が進んでおり、木でできた椅子は朽ちてボロボロになっているところもある。

 天井からは穴が空いているのか太陽の光が射し込んでいる。


「これは……」

 教会の奥の壁には十字架を胸に携えた女神の像が鎮座していた。これが信仰の対象なのだろうか?

「以前来た時はこのような象は無かったと思うが……」

「え、そうなの?」

「あぁ、この公国の信仰は光に対するものだ。女神がいるなどとは聞いたことがない。」


 女神像をもう一度よく見ると違和感を感じる。

 左右の翼が非対称なのだ。左手側の翼はよくある天使のような翼であり、右手側の翼は悪魔のような翼になっている。

 確かに周囲の朽ち具合から見ても、天使像はあまり風化が確認できず新しいように見えた。


「何か不気味だね……」

「うむ。良い趣味では無さそうだな。失踪した者もいないし一度外を調べてみるか。」

 クレアに着いて外に出てみると、教会へと続く道を歩いてくる者が一人いた。

 遠目でよく分からないが修道着を着た子供のようである。


「ここの者だろうか?あの子供に聞いてみるか。」

「それしか無さそうだね。」

 歩いて子供に近づいていく。修道着から覗くサラサラとした金色の髪、そして蒼色の大きな瞳がこちらを見つめている。

「すまない、ちょっと構わないだろうか?」


「これは神の導きでしょう。当教会に何か御用でしょうか?」


 小柄で髪が少し長かったのもあって少女かと思っていたのだが、声は少年らしい少し低い声であった。

「君が教会の主か。ここ最近でこちらの方に人が訪ねてきてはいないだろうか?」

「えぇ、日々信仰にいらっしゃっておりますよ。神は何時でも我々を見守っておられますので。」


 ニコリと少年が笑う。

 何故だろう、子供の笑顔だというのにどこか違和感を覚えた。

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