第3章 這い寄る影
第1話 事件の勃発
まだ真夜中の中、街外れの教会には月光が射し込んでおり薄らと内装を照らしていた。
伽藍とした教会内には十字架の前で手を握り祈りを捧げる聖職者の格好をした者が一人いた。
見た感じの身長は低く、どちらかと言えば幼い身なりをしていた。
「主よ、お導きください。」
視線の先には胸に十字架を携えた翼の生えた像が鎮座しており、その神々しさによりこの教会には日々信者が祈りを捧げに来ている。
聖職者の祈りが神に届いたのかはわからないが、日々の日課となっている祈りにより必ず神は我々を救ってくださる。
そう信じて止まないのだ。
「そして、理から外れた咎人たちに裁きの鉄槌を与えたまえ。」
声は低く重く教会内に響き渡った。
そして、その左手には巨大な鉄の槌が現れ、地面に落ちてズゥンと地響きが鳴る。
聖職者の見た目からは想像もつかないような得物は、かなりの重量がありそうだ。
月光に照らされた金色のストレートヘアが揺れる。
瞳は蒼く染まり、巨大な槌からは神々しいオーラが放たれており、聖職者へと流れ込んでいる。
聖職者は槌を引き摺りながらゆっくりと教会を後にした。
教会には一体の神の像のみが残された。
よく見るとその像は左右の翼の形が異なっており、何とも不気味で歪なものとなっていた。
空には疎らに雲が浮かんでおり、上り出した太陽の下で私はジョギングをしていた。
怠惰に暮らしたいのは山々だが、これ以上身体が訛っては何かあった時に身体がついて行かない気がしたため最近始めたのだった。
「はぁ……はぁ……ちょっと、休憩……」
「また休憩?そんなんじゃ訓練にならないでしょ?」
右手首からいつもの小言が聞こえる。
「そんなこと言ったって……無理なものは、無理……」
「もう、しょうがないわね。ちょっとだけだからね?」
道端にあった大きい樹の下に力尽きて座り込む。
青々とした葉っぱで影になり、涼しい風が抜けていき適当に決めたにしては快適だ。
「ふぅ……運動するのも気持ちいいねぇ。」
「中々悪くないわね。」
レヴィも少女の姿になり私の隣に座り込んだ。
銀色の髪がふわりと風に揺れ鼻をくすぐる。
こう見ると可憐な少女なのだが、中身は性格の悪い魔剣なのだから酷いものだ。
しかし、今日のジョギングは意外に遠出したものだ。いつもは帰りの心配をして早目に撤退するのだが、今回は少し先には王宮が見えている。
毎日続けて体力が増えてきているのかもしれないと思うと嬉しさがじわじわとやってくる。
「ところでさ、」
「どうしたのよ?」
「エレーラが言ってたけど、この世界に魔剣使いはいないってホントなの?」
「さぁ?本人が作ってないって言ってるならそうなんじゃないの?」
魔剣使われのレヴィもよくはわかっていないらしい。
「ただ、アンタには基本逆らえないし、逃げ出そうとしても手錠で繋がれてるみたいに離れられないわ。」
「逃げ出そうとしてしたことあるってこと?」
「そりゃあそうよ。この私が何かの支配下に置かれるなんて考えられなかったもの。」
いくら最強の魔剣だとしても魔剣使いの領域からは自分の意思で逃れられないということか。
「じゃあ、ずっと一緒だね。」
「……アンタが死ぬまでね。」
「何でそんなこと言うのよ……」
「そんな告白みたいなこと言うからでしょ。」
レヴィは頬杖をつくように口に手を当てて目線を逸らした。耳まで真っ赤になっているのがわかる。
あぁ、なんだ照れているのか。可愛い魔剣だ。
確かに思い返すと恥ずかしいこと言ってしまった。
「じゃあ死ぬまでは一緒にいてね。」
「簡単に死ぬんじゃないわよ。」
「死なないよ。」
軽く伸びをしてから立ち上がり、道の真ん中まで歩き振り向く。一陣の風が吹き茶色の髪の毛を軽く揺らす。
「だって、私、魔剣使いだから。」
レヴィは驚いた表情でこちらを見た後、また頬を赤らめて視線を逸らした。
逸らした視線の先で何か見つけたのか、あっというこえが漏れる。
「どうしたの?」
「ミツキ、あれ見てみなさい。」
レヴィが指さした先には兵士を数人連れて歩いているクレアの姿があった。出かける時は一人のことが多いのでいつもとは違う仰々しさを感じる。
「何かあったのかな?」
「さぁ?気になるなら声でも掛けてみれば?」
「そうだね、おーい!!」
「ちょっと、ホントに声かけ……」
大声で呼ぶとクレアが立ち止まり手を挙げて返事をしてくれ、こちらに近づいてきてくれた。
「ミツキ、どうしたこんな所で。」
「ジョギングしてて休憩中なんだー。少しずつでも運動しないとね。」
「うむ、それは立派な心掛けだ。」
「クレアは何してるの?」
クレアは何時になく神妙な面持ちで腕を組んだ。
「実はな、このところ街で失踪事件が頻発しているのだ。今日はその調査と言ったところだ。」
「えっ……失踪事件……?」
事件とは穏やかではない単語だ。それが頻発しているとなると、公国本隊に所属しているクレアに出動依頼があるのも頷ける。
「人が街外れの方に向かっていってから帰ってきていないとの証言が多くてな。そちら方面を調査しようと画策しているのだ。」
「なるほど……その先で何かあったと考えるのが普通だね。」
「うむ。時にミツキ、良ければ調査に同行しては貰えないだろうか?」
あまりにも驚いて一瞬時が止まったようにかんじる。聞き間違えただろうか?
「えっ、私が?」
もう一度聞き直すが力強く頷くクレア。どうやら間違いではなかったようだ。
「ミツキが力を貸してくれるとなれば百人、いや千人力だ。」
真っ直ぐな瞳で見つめられ手を取られる。なんと説得力を感じる視線なのだろう。こうされては断ることも難しい。
「……わかった、一緒に行くよ。」
「そうか!ミツキ、ありがとう。恩に着る。」
頭の中でレヴィがお人好しとボヤく。
クレアは繋いだ手をブンブンと上下に振りながら喜びを表現している。
こういう部分が少々子供っぽくて裏切れないんだよなぁ……
「そうと決まれば出発だ!」
ぞろぞろと兵士を連れて事件の手がかりである街外れへと向かって歩き出す。
調査だけで済んで何事も無ければいいのだが。
こういう時は良くないことが起こりがちとはいえ、祈らずにはいられない。
嫌な予感を感じつつ私は後ろに着いて行くこととしたのだった。
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