第8話 所以の詮索


 談笑しつつ食事も終わる。

 メイドもミアの様子を見に行くとのことで、食堂には私とエレーラの二人だけになった。

「ねぇ、昨日約束したことだけど、聞いてもいいかしらぁ?」

 来たか。メイドが席を外すまで待ってくれたのは良心というところだろう。


「う、うん……」

「貴方、何処から来たの?」

「……何でそんな事わかるの?」

「貴方は知らないと思うけれど、そもそもこの世界には魔剣使いなんて職業は存在しないのよ。」


「え……?」


「すなわち、貴方がこの世界の人間じゃないってことよぉ。簡単でしょ?」

 そうなのか?確かに、転生時に女神に選ばされた職業だが……

 それにこの世界にはクレアという聖剣使いがいるのだから、魔剣使いがいたっておかしくないはずだ。


「でも、突然できたのかもしれないし……!」

「魔剣使われはいっぱいいるけど、魔剣の力を制御できる職業なんてないのよ。」

 どうしてエレーラはそこまで言い切れるのだろうか。

 怪訝な顔をしながらエレーラをじっと見つめた。


「どうして、そんな事わかるの?って顔してるわねぇ。」

「うっ……うん。」

「だって、この世界の職業は私が制定したんだもの。」

 言っている意味がよく分からない。この世界の職業を制定した?言ったことを何度も頭の中で反芻するが全然腑に落ちてこない。


「この世界の職業はね、各国の魔女が集まって制定したのよ。それぞれ、個人の仕事や役割を職業というカテゴリーに設定したの。」

「つまり、エレーラ達が職業を創ったってこと?」

「そういうことね。そして、その中に魔剣使いなんてものは存在しないの。」


 一体どういうことだ?先程から一切理解が追いついていない。

 私は転生して、女神にこの魔剣使いという職業を選ばされたと言っても過言ではない。

 それがこの世界には存在しないものだなんて。


「はぁ……仕方ないわね。ミツキ、もう隠す必要ないわよ。」

 溜息を吐きながらレヴィが少女の姿で出てくる。

 そのまま隣の椅子にちょこんと座り、脚が床まで届いておらずぷらぷらとさせている。

 見るからに幼い子供のようだ。


「あら、貴方が魔剣?随分と可愛らしいのねぇ。」

「当たり前でしょ、私は最強の魔剣なのよ?」

 よくその返答はあるが、あまり話の繋がりはない。

「何よ?何か文句あるの?」

「いえいえ、別に……」

 巻き込まれたくないので肩を竦めながら退散しておこう。


「隠す必要が無いってどういうことかしら?」

「私にかかれば、世界の理を変えることなんて造作もないってこと。」

「つまり……貴方が自らの力を最大限使えるように魔剣使いという職業を追加したということなの?」


「その通りよ。聡いじゃない。」


 ニヤリとレヴィが悪そうに笑って見せた。この魔剣、大嘘つきもいいところである。

「興味深い話ね。貴方ほどの魔剣になると宿主を制御し始めるのね。」

「そうね、ミツキは私の下僕だもの。」

 フフンと鼻を鳴らしながら得意気にあまりない胸を張っている。


 いつ私が下僕になったのか。

 言い逃れするために話に信憑性を持たせようとしているのは理解するが、私の尊厳にも関わるのだ。

 とはいえ、この場はどうにかして切り抜けなければならない。


「下僕……ねぇ……」

「も、もちろん。レヴィにはいつも助けて貰って頭が上がらないよぉ。」

 少々癪だが、とりあえず話を合わせておこう。

「この子はホント、私がいないと何にもできな……」

「私、そろそろお布団に入らないといけないので……失礼っ!!」

 レヴィの首根っこを掴み、その場から急いで脱出する。


「こらっ!ミツキ、どこ持ってんのよ!?まだ話は終わって……ちょっとおぉ!!」

 食堂の扉をこじ開けながら速やかに廊下へ飛び出していく。

「あらまぁ……続きは今度かしらねぇ。」

 エレーラは机の上の果物を口に運びつつ、頬杖をついて扉の方を見つめていた。



 レヴィを掴み食堂から逃げ出した私は、長い廊下を走り自分の部屋に逃げ込んだ。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 運動不足のせいか心臓が痛いくらい跳ねており息が上がっている。

「何で逃げるのよ?教えてあげればいいじゃない。」

「教えたところで信じてもらえるかもわからないし……」


 それに転生のことをあまり口外しない方がいいと思ったのだ。転生したい人間が現れて死なれても困るし。

「じゃあ、やっぱり私の下僕ってことにしときなさい。」

「それはそれで何か嫌だ!」

「我儘言ってんじゃないわよっ!」

「そっちだって嘘ばっかりじゃん!」


 まぁ、言い合いしても埒が明かないことなのは百も承知だ。

 エレーラがこの事を知ってどうしたいのかもわからないし、とりあえずこの件は保留にしておこう。

 逃げる口実にしたしそろそろ寝ようかと思ったが、部屋に風が吹き込んできて思い出す。


「あ…………」


 完全に忘れていたが、部屋の窓が割れて風が吹き抜けている。そうだ、ミアを寝させていたのは私の部屋だったのだ。

「屋根があるだけマシかしらね。」

「流石に他に部屋あるでしょ……居間のソファでも問題ないし。」


 ソファで寝るにしても高級のため、社畜時代の敷布団よりは遥かに寝心地もいいはずだ。

 そうと決まれば部屋から布団を持ち出し居間へと向かう。

 色々あって疲れたし、今日は泥のように寝られるだろう。



 あれから数日が経った。

 シズルとミアの身体も良くなり、普段の生活が送れるようになってきていた。

 私はというと怠惰な生活を送っており、だらけていてもお腹は空くので朝食を食べに食堂に向かっているのだった。

「ふわぁ……眠た……」

「あれだけ寝て何でまだ眠いのよ。」

 手首のアクセサリーからは呆れたような声が聞こえている。

 それはどこかの魔剣が定期的に食事と言いながら、人の生気を貪っているからではなかろうか。


 とにかくまずは腹ごしらえだ。私は今日のご飯に思いを馳せつつ食堂の扉を開いた。

 扉の先には、すでに食事をしているエレーラと、傷の癒えたミアと、


 ミアのメイド服の裾を持つ日本人形がいた。ん、日本人形?


「ほぎゃあああああぁぁぁぁぁっ!!??」


 私はあまりの衝撃に悲鳴を上げながらその場で腰を抜かし床にへたり込んだ。

「これはミツキ様、おはようございます。」

 ミアがお辞儀をするが、日本人形はジッとこちらを見つめ続けている。

「ミア……そ、それは……」

 震える手で日本人形を指差すと、人形の髪がふわりと揺れた気がした。

「いけませんよ。ほら、ミツキ様にご挨拶なさい。」


 ミアが促すと日本人形はペコリとお辞儀をした。こう見るとこじんまりしていて可愛らしい。

「リンネです。以後お見知り置きを。」

「あ、これはご丁寧にどうも。」

「もう術式は組み込んであるから危害は加えないし、怖がらなくてもいいのよぉ。」

 日本人形リンネにお辞儀を返していると、紅茶を飲んでいたエレーラが言った。

 悪さされないように術式を組み込むとは言っていたが、こうなるとは予想していなかった。


 何とか立ち上がり食卓の席に着き、落ち着こうと淹れてもらった紅茶を飲んだ。

 紅茶の味がいつもより苦い気がしたがきっと気のせいだと自分に言い聞かせる。


 窓の外を見てみるとそこには曇り空が広がっており、これからの出来事を占っているかのようだった。

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