第7話 久方の安寧


 夕闇が迫る中、ほんの少しだけ休憩する。割れた窓ガラスが辺りに散らばっており、夕陽の柔らかな光が反射してキラリと輝いている。

 私はミアを屋敷の壁にもたれるように座らせ、地面に落ちた人形に近づいた。


 両手で子供を抱っこするように脇の下を持って持ち上げると、先程まで感じていた邪悪な気配は消えている。

 見た目は可愛らしい日本人形にしか見えない。

 エレーラが近づき私の肩越しに人形を凝視している。


「もう浄化したから大丈夫よ。あと、もう悪さされないように術式をかけておくわ。さ、メイドのお嬢さんをベッドに寝かせてあげなさいな。」

 確かに古い物だし、また悪霊が宿ることも無いとは言いきれない。私は持っていた日本人形をエレーラに渡した。


「部屋、借りるわね。」

 エレーラがひらひらと手を振りながら先に屋敷に入っていく。

 術式って、結界みたいなのでも張るのだろうか?

 何にせよエレーラが着いてきてくれてよかった。


「ミツキ、無事だったか。」

 クレアがシズルをお姫様のように抱いて歩いてくる。純白の鎧が相まって勇者のようだ。

 シズルも寝息を立てて眠っており無事のようだ。

「うん。全然元気。」

「案じたが何よりだ。二人を寝かせて医者を手配しよう。」


 クレアが軽々とシズルを運んでいく。

 私もミアを抱き上げようとするが、私の非力な腕では持ち上げることができない。

 人間にしてみれば軽い方なのだろうが、やはり人体を持つのはパソコン以上に重いものを持たない一般人の私には無理がある。

 クレアの背中を見送りながら、やはり鍛え方が違うのだなぁと自分を納得させた。


「はぁ……しょうがないわねぇ。」

 盛大な溜息とともにレヴィが光ると、心臓がドクンと音を立て鼓動し、体温が上がっていくのがわかる。

「身体強化。あんまり持たないだろうから早くしなさい。」


 ミアを持ち上げると、今までの苦労がなんだったのかと言わんばかりにスっと持ち上がった。

「すごい、全然重くないや。」

 今までの重みを感じない。確かに凄いが、これはまずい。血管が悲鳴をあげているのを感じ、このままでは身体が少しだけしか持たないことを悟る。


 急いでミアを病室まで連れていき、ベッドに寝かせてやる。

 先に来ていたシズルが横で眠っている。

 椅子に座り脚を組んだクレアの隣の椅子に私も腰掛けた。


「今回は少々骨が折れたな。」

「ホント、大冒険だったね。」

「うむ。それにしても、何だあの機械は?あんなものこの国にはないと思うが。」

「あっ、あれはほら、私が考えた空想の武器というか……その、無我夢中だったし……!」

「成程、刃を回転させるとはよく考えついたものだ。」


 必死にした言い訳に納得しつつ感心してくれるクレア。

 危なかった。私が転生してきているのは面倒事があってもいけないので内緒にしているのだ。


 コンコンと扉がノックされ、深々とお辞儀をしながら白衣を羽織った初老の男性が部屋に入ってくる。

「こんな時間にわざわざ済まないな。宜しく頼む。」

「いえいえ、お嬢様のためなら何なりと。」

「さぁ、終わるまで外で待っていよう。」


 邪魔になってもいけないのでクレアと二人で部屋の外へ出る。

「そういえばミツキも魔女の家で怪我していたな。一緒に診てもらうか?」

「私は大丈夫。もう傷も塞がってきてるし。」

「む、そうか。」

「診てもらってる間どうしよっか?お腹空いちゃったし、ご飯でも食べる?」

「うむ、いい考えだ。では、食堂へ向かうとしよう。」


 食堂へ向かうとメイドが机の上に食事を並べていた。

「あら、ミツキ様。この度は大変でしたね。ミアも無事だとよいのですけど……」

「今お医者様が診てくれてるし、きっと大丈夫だよ。」

「ミツキ様もご無事で何よりですわ。あら、陛下もいらしておられたのですか。これは大変失礼を……」

「いや案ずるな。こちらも世話になっているのだ、構える必要はないぞ。」


 いえいえとメイドが焦っている。

 公国とはいえ立場上は王様なのだから構えるなという方が難しいとは思うが……

 とりあえず席に着いて手を合わせ、並べられた食事に手をつける。


 美味しい鶏肉のステーキに舌鼓を打ちながら次々と口に運んでいく。

 食べている途中で医者が食堂に現れ、診療結果を教えてくれた。

 シズルについては力を使い過ぎた過労で寝れば大丈夫とのことで、ミアについては関節が外れている部分があったが全て治療してくれたとのことだった。

 しばらくは安静だが、命に別状はないようで安心した。


「とりあえず、問題なさそうで何よりだ。」

「ホント、よかったぁ……」

「そういえば、魔女は何処に行ったのだろうな?」

「部屋借りるって言ってたけど……どこだろうね?」

「まぁ、奴がどうなろうと捨ておけばよい。」

「いいわけないでしょうが。」

 後ろからコツンとホウキの柄で小突かれるクレア。その背後にはいつの間にかエレーラが腕を組んで立っていた。


「何だ貴様、生きていたのか。」

「失礼ねぇ。人形に術式かけるくらいで死んだりしないわよ。」

「人形はどうなったの?」

「ん?とりあえず図書館で座ってるわよ。」

 エレーラは図書館で作業をしていたらしい。


「それにしても、流石貴族の御屋敷ねぇ。色々興味深い魔導書まであるなんて大したものだわぁ。しばらくここで勉強したいくらいよぉ。」

「別にいいよ、気が済むまで勉強していっても。部屋もいっぱい余ってるし。」

「ホントぉ?嬉しいわぁ。」

 エレーラが微笑む。そしてそばに近づいてきて私に耳打ちしてくる。


「色々サービスしちゃうから何かあったら呼んでねぇ。」


 耳元でエレーラが囁いた。吐息が吹きかかってドキドキしてしまう。

 サービスって何だろう……とりあえず、考えないようにしよう。

 それに、ミアを助けてくれた交換条件の話もあるし、わざわざ深緑の森から出てきてくれてるのだし、ゆっくりして帰ってもらえばいい。


「さて、食事も頂いたし、私はお暇するとしよう。」

「え?クレアも泊まっていかないの?」

「気持ちは有難いが、今日はやらなくてはならぬことがあるのでな。」

 公国の王で忙しい身なのに手伝ってくれて感謝しかない。

「そっか、今日は本当にありがとう。また絶対お礼するから!」

「案ずることはない、国民のためだ。ではまたな。」

 クレアが席から立ち上がり帰っていく。

 気をつけてねと声をかけると、返事の代わりに手を挙げてくれた。


「ホント、ああいうところ。憎めないのよねぇ。」

 背中を見送りながらエレーラがボヤく。やっぱり、二人は仲が悪いわけではないのだろう。悪友というか、憎まれ口を叩いてじゃれてるのだと感じた。

 お堅いクレアもエレーラの前だとのびのびしているように見える。


「あ、エレーラもお腹空いてない?ご飯食べる?」

「あら、頂こうかしら。美味しそうねぇ。」

 誰かと一緒に食べる食事は美味しいと言うが、確かにその通りだなぁと感じる。


 夜が更けていく。

 バタバタしたし、しばらくはゆっくり出来るといいなぁと思いつつ、食後の紅茶を口に運ぶのだった。

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