第8話 闘いの終焉
黒色の騎士とクレアが向き合う。
「なんと不吉な姿だ。」
その悪夢のような出立ちを見据え、侮蔑の一言を投げかけた。
鎧からは絶えず黒紅の炎が放たれており、顔まで覆う兜によって表情を察ることはできない。ただ、隙間から見える眼球は血液が滾っているかのように真紅に染まっている。
「やはり、放っておくわけにはいかん。この国を護るためにお前はここで始末しなければならない。」
クレアは聖剣を再び構える。
刺し違えてでも魔剣を破壊するという決意を持って。
死の淵を見た私は、自らの慟哭を聞き意識を取り戻した。
気がついた時には全身に黒い鎧を纏っており、時折鎧が呼吸をするように炎を吐き出している。
これがレヴィの本気の姿なのだろうか。
20mほど離れたところにクレアが聖剣を構えているのが見える。
覚悟を決めたかのような鋭利な双眸が私を殺すと言っている。
私はこの国を壊すつもりはないし、支配するつもりもさらさらない。何なら、平和に暮らせるのなら私が護りたいぐらいなのだ。
そのためにはクレアを止めなければならない。多少手荒になっても致し方ない。
私の中にレヴィを感じる。戦い方は頭の中に勝手に流れ込んでくる。
空手の型のように構えを取り対象に視線を合わせる。魔剣は身体に取り込んでしまっているため戦闘スタイルは肉弾戦だ。
「決着を、つけよう。」
クレアの言葉と同時に地面を蹴った。身体能力はもう人間の動体視力で追いつけるものではなくなっている。
一瞬という言葉でいいのか、初めからもうそこにいたかのように私の身体はクレアの前にあった。
恐怖を感じたのかクレアは最初から聖剣で身を護っている。長身で恵まれた体躯を覆い尽くす鉄壁の盾。
だが、そんなもの私には関係がないのだ。
盾の上から握りしめた拳で殴りつける。
「なっ……莫迦な……っ!?」
一撃で聖剣にヒビが走る。まだ原型を残しているのは流石聖剣といったところだろう。
だが拳の衝撃でクレアの身体が宙を舞った。そこに聖剣目掛けて二撃目の拳を浴びせる。
聖剣が更に破損しもう盾として使うことは難しいほどの形状となってしまった。
そして浮いたクレアの身体は踏ん張ることもできず、衝撃を受けて吹っ飛んでいく。
まるで乗り物に乗っているかのような速度で背中を巨大な岩に叩きつけられたクレアは、強い衝撃に短く息を吐きそのまま意識を失った。
気絶しているクレアの側まで歩みを進めた。そして首を握り軽々と持ち上げてしまう。
「ガ……ァ……アァ……ァアァ一一一!」
鎧の絶叫が木霊する。首を絞めあげ、このままいけば首の骨が折れてしまいそうなほど力が入っている。
駄目なことはわかっている。しかし、身体が言うことを効かない。
「ミツキ一一一一一!!」
声が、聞こえた。
それと同時に身につけていた黒紅色の鎧が霧のように消失してしまう。
身体に今まで感じたことの無い虚脱感が襲う。持ち上げていたクレアの身体を支えきれず一緒に倒れ込んでしまった。
自分の身体じゃないみたいにほんの1ミリも動けない。
瞼が……重い……
私は青空の下の草原でそのまま意識を失っていく。
「あらまぁ、派手にやりましたねぇ。」
消えゆく意識の片隅で何処かで聞いたことのある声が聞こえた気がした。
パラパラと雨が窓を叩く音で目を覚ます。
自分は寝ており天蓋が見えることから、自分の部屋のベッドに横たわっているのがわかる。
そうか、気を失って倒れたところを誰かに屋敷まで運ばれたのか。
身体を起こそうとするが全身に痛みを覚えて起き上がれない。
「いつつ……」
「じっとしときなさい、まだ治ってないんだから。」
手首のアクセサリーからレヴィの声が聞こえた。
無事だったんだ、安心した。
「レヴィは何ともないの?」
「あるわけないでしょ。私は最強の魔剣なんだから。」
「ならよかった。」
「人の心配の前に自分のこと考えなさい。アンタ、あれから3日間寝てたのよ?」
「…………は?」
あれから3日間、一度も目覚めず爆睡していたのか。大丈夫なのか私の身体は。道理で少し動かすだけでも鋭い痛みを感じるわけだ。
聖剣使いは一体どうなったんだろう?黒い鎧は?レヴィは食事を取れているのか?聞きたいことが沢山ありすぎてどれから消化すればいいのか迷う。
「私にアンタを治す力はないから耐えなさい。あと……お腹空いたわ。」
「あはは……私も。」
3日も食べてないのだから当然で次は栄養失調で倒れてしまいそうだ。
とりあえず痛みに耐えながらベッドからゆっくりと立ち上がり、フラフラと食堂に向かうこととした。
身体を引きずるように食堂までやってきた。
ご飯はあるのだろうか、空腹を紛らわせられるならこの際何だっていい。扉を開くとそこには、長身の女性が椅子に腰かけ優雅に紅茶を飲んでいた。
「やぁ、魔剣使いの女。ご機嫌はどうだ?」
「…………は?」
本日二度目呆気に取られた瞬間であった。どうしてここにクレア・ルミナリアが居るのだ?
「死んだかと思ったが安心したぞ。神に感謝すべきだ。」
「な、なんであなたがここにいるんですか……?」
「なぁに、たまたま今日は時間があって様子を見に来ただけだ。案ずるな。」
何も心配はしていないのだが……
私の声を聞きつけたのか厨房の方からミアが現れた。
そして、そのまま私の前まで近づいて一礼した。
「ミツキ様、ご無事でしたか。安心いたしました。」
「その通り、無事で何よりだ。」
「ルミナリア様もミツキ様をご心配されて、毎日様子を見にいらしてたんですよ。どうぞ、おかけくださいませ。お茶の準備をいたしますね。」
「あ、うん。ありがとう。」
「…………今日は生憎雨だな…………」
クレアが窓の外を見ながら顔を隠すように紅茶を啜ってみせた。なるほど、心配して通ってたのをバラされて恥ずかしいのか。
「様子見に来てくれてありがと。」
「いや、いきなり襲った私が悪かった。すまない。貴様が寝ている間にそいつに色々聞いた。」
「貴様じゃなくて、ミツキ。私の名前。」
とりあえず仲違いも終わったということでいいのだろう。雨降って地固まると言ったところだろうか。
クレアは面食らった顔をした後、カップで顔を隠した。
「ミ……ミツキ……」
照れている。お堅い感じなのに可愛い奴だ。
「お二人とも、紅茶が入りました。どうぞ。」
ミアがカップに淹れたての紅茶を注いでくれる。紅茶の香りがフワッと広がり気持ちが落ち着く。
皆でティータイムというのも悪くない。
紅茶のポットの先から落ちた水滴が水面で跳ねて波紋が広がっていった。
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