第5話 突然と予兆
「いや~、今日は満喫したわ~」
お風呂に入って自室に戻ってきた私は、寝間着姿でベッドの上に転がり込んだ。
フワフワのマットレスに身体が沈み、じわじわと心地良さが押し寄せてくる。
結局、釣った魚は泥を多く飲み込んでいるらしく食べるのは難しいとのことで、元いた池にリリースしてきたのだけがちょっと勿体なかったかもしれない。変なとこだけ貧乏性なんだなぁ私。
晩御飯も豪華で美味しかったしお風呂も凄く広くて極楽で、転生初日は大満足だった。
「私もお腹空いたわ。」
レヴィが少女の姿になって現れた。
そういえば、朝に話していた時にまた夜に出てきてご飯を食べるって言ってたのを思い出した。
「魔剣って何食べるの?」
「宿主の生気よ。英気を養っておきなさいって言ってあったでしょ。」
宿主の、生気?それって魂とかそういうの?
前の宿主って確か喰い殺したって……
「何怖がってるのよ。別に生命を食べるなんて言ってないでしょ。普通の人間なら私に近づいただけで生気を吸収されるけど、アンタは魔剣使いだし寝たら回復する程度の生気しかやりとりできないわよ。」
「そ、そうなんだ。」
レヴィはそういう嘘を言わないだろうし、安心していいんだろう。
「それじゃ早速頂くわね。」
レヴィが両手で私の顔を抑える。
「……え?」
呆気に取られていると急にレヴィの顔が近づいてきて唇が触れ合った。そのままチューっと唇が吸われる。
「一一一一一!?!?!?」
え?何してるの?口がくっついてる?柔らかい何コレ夢?まつ毛長いいやそうじゃないキスしちゃってる?
状況をぼんやり把握した私は、レヴィの肩を持って離そうとするけど手に力が入らない。
そうこうしているうちにレヴィの方から離れてくれた。
「ふぅ、ご馳走様。」
「あわ、あわわわ……」
「ん?どうしたの?接吻くらい珍しいことでもないでしょ?」
「は……初めて、だったのに……」
学生時代もパッとせず彼氏もロクに出来たことがないし、就職してからは社畜としてモノクロの世界を生きてきた私に、浮いた話なんてあるはずも無く……
まさかこんな異世界に転生した挙句、魔剣の女の子にファーストキスを奪われるとは思わなかった。
「仕方ないでしょ。スキルで吸収ブロックされてる魔剣使いのアンタから生気を受け取ろうとしたら、こうするか血液を飲むしか方法がないんだもの。痛いのは嫌でしょ?」
そりゃあ痛いのは嫌いだけど、せめてやる前に教えて欲しかった。びっくりして心臓の鼓動が早い。
「何か身体がだるい……」
「そりゃ生気を私に渡したからよ。倦怠感が出るのも致し方ないわ。一晩寝たら大体は治るし、食事は毎日じゃなくて大丈夫だから安心なさい。」
感覚としては社畜時代に真夜中まで仕事した時の倦怠感に近くて、目眩を起こしたようにクラクラしている。これは今日は早めに寝た方が良さそうだ。
「おやすみなさい、ミツキ。」
「おゃすみ、なしゃ……い……」
呂律が回らない。瞼も重力に逆らえないように重い。ベッドに磔にされてしまったかのように、身体はピクリとも動かない。
そして、耐えきれずそのまま私は眠りに落ちたのだった。
真夜中の暗闇の中、ランタンの仄かな明かりだけが室内で灯っている。広すぎる部屋では明るさが足りないが微かに2つの影が見え、椅子に座った者とかしずく者が映し出されていた。
「なに……?魔剣使いだと?」
報告を受け怒りを孕んだ声が室内に反響する。
影のシルエットがスラリと伸び、ランタンの明かりを受け長身の女性がその場に姿を現した。
スタイルのよい鍛えられた身体で、髪は邪魔にならないよう短く纏められている。首にはチェーン状になった銀色のネックレスがかけられている。
女性は鎮座していた椅子から立ち上がり、獲物を刺し殺すかのような鋭い眼光が報告してきた者に向けられる。その者はコクリと頷いてみせた。
「……我が公国に仇なす不穏因子か。」
女性が首から下げているネックレスを握ると、手の中から光を放ちながら大剣へと姿を変える。
とてつもなく大きく厚いその刀身は一見すると盾のように見えなくもない。
その場にあるだけで威圧感を感じる大剣を細い腕で軽々と持ち上げる。
そしてゆっくりと階段を降りていき、降りきったところで両手で引き抜いたかのように大剣を持ち上げた。
下に向けた刃を地面に勢いよく突き立てると、カァン!と鉄を叩いた様な音が周囲の空気を震わせた。
音と共に聖剣が輝くと彼女の身体を光が奔った次の瞬間、強固な純白の鎧が顕現した。鎧にアクセントとして散りばめられたゴールドのラインが眩く輝いている。
「ルミナリアに現れたことを後悔するがいい、邪悪なる者よ。公国本隊第一班隊長 クレア・ルミナリアと聖剣ディランダルが貴様を屠る……!」
鎧を鳴らしながらゆっくりと歩き出し、丘の上の屋敷にいるという目標に向かう。
魔剣などという災厄はこの手で葬り去らなければならない。
この国を護るという使命感を胸に、クレア・ルミナリアはその重厚な扉を開いたのだった。
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