第4話 今朝の食卓
自室を出て食堂に向かう途中の廊下には大きな壺だったり、庶民には価値のわからない絵画だったりが点々と飾られている。
転生先が令嬢なだけはある。生活に困窮しないということはそれだけで安心感がある。
それに屋根どころか天蓋付きのベッドの下で寝れるなんて幸福としか言いようがない。
浮浪者に転生していたらどうなっていたのだろう、想像もしたくない。
生前に8畳間に床に敷いた薄い布団で身体を痛めつけながら気絶するように寝ていたことを思い出しながら、私は今ある幸せを噛み締めた。
部屋を出て何度か道なりに進んだところで思い出す。
ところで、食堂ってどこにあるのかしら?
メイドさんが私の部屋を出て右に歩いていったからそちらに向かったのだけれど、屋敷が広すぎて食堂がどこにあるのかがわからない。
聞いとけばよかったと思ったが、元々住んでいるはずの私が聞くのもおかしいとメイドさんも思うだろう。
キョロキョロしながら中庭を通り過ぎようとしたとき、突然声をかけられた。
「あら、ミツキさん。おはようございます。」
「えぇ、おはよう。……えぇっと」
声の主である女性に返事をする。もちろん名前はわからない。
黒いストレートのロングヘアの凛とした袴姿の女性が中庭で弓を持って立っている。160cmくらいだろうか、姿勢も良くスラリとした出で立ちはまるで可憐な花の様だ。
「シズルですよ。シズル・アーリア。名前、忘れちゃったんですか?」
意地悪そうな顔をして教えてくれた。にこやかにはしているが、なんだか全部見透かされてるような感覚に陥る。不思議な瞳だ。
「ごめん、ちょっと頭がボーッとしてて。」
「ちゃんと朝ご飯食べなきゃダメですよ。早く突き当たりの食堂でしっかりと食べましょうね~」
そこまでバレているのか。この人に隠し事は出来なさそうだ。
「うん、ありがとう。しっかり食べてくるね。」
「えぇ、気をつけてくださいね。」
手を振りながらシズルに挨拶し、私は今教えてもらった廊下の突き当たりの食堂へと向かう。
「一一一一一本当に色々と気をつけてくださいね。」
シズルが言ったその言葉は私の耳には届かなかった。
「突き当たり、突き当たりっと……ここか」
ブツブツと独り言を吐きながら食堂の前に到着した。
扉を開くとメイドさんが立っていた。
「ミツキ様、お時間がかかりましたね。」
「ちょっと色々あってね。」
「左様でございますか。お食事が出来ておりますのでどうぞお掛けください。」
メイドさんに引かれた椅子に腰掛けるとテーブルの上には朝食が並んでいた。
ロールパンに野菜サラダとスープが置かれていた。そして、空いていたカップに紅茶の様な飲み物が注がれる。葉っぱの芳しい香りがふわっと辺りに広がった。
「ミア、ちょっといいかしら?」
厨房から人が出てきてメイドさんが呼ばれている。そうか、名前はミアと言うのか。
焼き上がったロールパンをちぎって口に運びながら、私はその様子を見ていた。
ぽつんと大きい食堂で1人になってしまった。
「さて、これからどうしようか…」
令嬢に転生したからと言って特にやることもない。予定も今日は無いみたいだし、いやそもそもこれから先予定なんてあるのか?
魔剣使いになったからと言って修行なんて面倒なこともしたくないし、いるかもわからない勇者を待つ魔王になるのも意味がわからないし。
「釣りにでも出かけてみようかな。」
幸い屋敷の窓から見えた池がある。目測距離だがそんなに遠くないし時間潰しにはなるだろう。
そうと決まれば道具なのだが……こんな屋敷に釣り道具なんかあるのだろうか?ひとしきり悩んだところで一つ思いついたことがあった。
「レヴィ、ちょっといいかな?」
「何よ、なんか用?」
手首のアクセサリーに問いかけると、淡い光を放ちながら悪態をつくように返事が返ってきた。
「レヴィはさ、女の子にもなれるんだから魔剣以外に変わることって出来るの?」
「出来ないわけないでしょ?最強の魔剣レーヴィアテインであるこの私に 死角なんてないわ。魔剣でありながらありとあらゆる武器になることなんて造作もないわよ!」
レヴィはそう自慢げに言ってみせた。彼女の得意そうな顔が目に浮かぶ。
「よーっし、そうと決まれば出かけましょ!」
少し時間が経ってぬるくなった紅茶を一息で飲み干した。
「ご馳走様~」
お礼を言いながら私は屋敷を飛び出したのだった。
「確かに何にでも変われるとは言ったけどね……」
私達は屋敷を出て少し歩いた所にある巨大な池にやってきている。
私の持つ長い棒の先から糸が伸びており、鏡のような穏やかな水面へと垂らされていた。
「何で私が釣竿なんかに変わらないといけないのよ!?逆らえないのをいい事にやりたい事やってんじゃないわよ!!」
ワナワナ震えながら釣竿から怒号が飛ぶ。
「ちょっと震えたらアタリが取れないでしょ。」
「こぉらああああぁぁぁぁ!!」
魔剣使いという職業上、魔剣は宿主には逆らえないようにできてるらしい。暫く釣りを続けているがアタリはまだ一度も来ない。
「釣れないなぁ。」
「この池ホントに魚いるの?私の魔力で浮かせてやろうかしら。」
「ダメダメ!こういうのは待つのもいいんだから。」
のんびりして過ごす生活は最高だ。今までの慌ただしさが嘘のように感じる。
その時、竿が揺れた気がした。
「ちょっと震えないでって言って…」
「私じゃないわよ!」
「え!?となるともしかして来てる!?」
竿をグンッと持ち上げると引っ張られている感覚を感じる。竿の先が折れ曲がりそうなくらい湾曲している。これは大物だ!
「早く巻きなさい!!」
「わかってるって!!糸切れないでよ!?」
「私を誰だと思ってんのよ!?」
リールで勢いよく糸を巻きとると大きな魚が池から飛び出し、陸地に横たわってピチピチ跳ねている。大きさは40cmほどあるだろうか。
「やったぁ!釣りって楽しいねぇ。」
「まぁ、私にかかればこんなもんね。」
最初は悪態ばかりついていたレヴィもなんだかんだで楽しそうで何よりだった。
初めての釣りにしては文句なしの上出来だろう。この魚が食べれるかはわからないけれど、持って帰って聞いてみるとしよう。
この世界は平和だなぁ。こんな日々が一生続けばいいのに。しかし、願望は儚いもので。いつも打ち砕かれるものなのだ。
私はこの先起きる災難について、まだ知る由もなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます