第2話 選択の自由
女神リーチェは微笑みながらジョブの選択を勧めてくる。
「ジョブって、さっき令嬢になったじゃないですか。」
水を飲んで決まった属性は令嬢。それがこれからの私の職業なわけで。
「それはあくまで貴方のその世界での属性です。令嬢は職業ですか?浮浪者は職業に成りえますか?」
「それはまぁ……そうですけど。」
確かに。その理屈で言えば正しい。普通の一般家庭に生まれた人間の職業は社畜サラリーマンではないのだ。職業には選択する権利が発生する。
そして私は数ある職場の中でブラック企業を選択してしまっただけなのだ。
目の前に現れたウインドウには職業のリストだ。武器屋、道具屋、飲食店、酒場の店主、兵士、貴族などなど…そこには多数の職業が羅列されている。
「さぁ、好きな職業を選ぶのです。」
何がいいだろう?社畜をしていたのだからこれ以上働くのは嫌だ。
かと言って、ダラダラ過ごすのも性にあわない。農家とか釣り人とかスローライフする令嬢ってのも悪くないんじゃなかろうか。
「これって、転職とかできるんですか?」
「それは貴方の転生先の世界での生き方によりますが、できない事はありません。」
転職できるのであれば真剣に選ぶ必要もない。世界の状況を見てから変えたくなったら転職すればいいのだ。
覚悟を決め職業を選択しようと指をウインドウに伸ばすが、私はあることに気づいた。
「……押せない。」
灰色になった釣り人という文字。押してみてもブブッと言う音が鳴り、選択することができなかった。
試しに他のジョブを押してみるが同じ反応が返ってくるだけだった。
恐る恐るリーチェの方を見るとにこやかな笑顔が張り付いていた。
「これって……一体……?」
「非常に申し訳にくいのですが……最近転生者が多くてですね……」
笑顔は崩れない。ただ、物凄く言いづらそうだ。
「転生者が飽和してしまったと言いますか……器がなくなったといいますか……」
「つまり……あまりに職業を選ぶ人間が多くて私が選べるものがないと?」
「………………簡単に言えばそうですね。」
「……………………」
「……………………」
双方無言のまま時間だけが過ぎていく。
「……選べないじゃん!何が、『さぁ、好きな職業を選ぶのです。』よ!カッコつけちゃってさ!今の時間は一体何だったのよ、最初から言えばいいじゃん!」
「仕方ないじゃないですか!台本にこうあるんです!こっちも仕事なんです!」
女神リーチェの化けの皮が剥がれた瞬間だった。
「早い者勝ちなんですぅ!早く残り物から選んでくださいよ!仕事終わらないでしょ!」
「何でよ!?一生に一度しかない選択かも知れないんだからもうちょっと配慮があってもいいでしょうが!」
「そもそももう1つしか残ってないですぅ!これで頑張ってください~」
コイツ何て女神だ。慈愛の欠片もないとんでもない奴だ。
しかも、もう職業は1つしか残ってないらしい。職業選択の自由なんてこの世にもあの世にも存在しないのだ。
言ってもどうにもならないし、私はウインドウをスクロールしていく。灰色の選ばれていった職業達。さようなら私のスローライフ。そう考えると泣きそうになった。
ふとスクロールが止まる。最後まで到達してしまったようだ。
「あ……終わった。」
浮かび上がる白色の文字。その職業がアクティブであることを示している。
『魔剣使い』
「は?」
「おめでとうございます。貴方は魔剣使いとして生まれ変わるのです。」
「ちょ、ちょっと待って!魔剣使いって何!?」
「文字の通り魔剣を扱う者です。」
「いやいやいやいや、敵キャラじゃん!私令嬢なのに悪役なの!?」
「それは貴方の行動次第です。」
コイツ、落ち着きを取り戻している。さっきまでの女神らしからぬ言動はどこにいってしまったのか。
そもそも魔剣使いって何をするんだろう。やっぱり戦うのか?転生先には勇者がいて私は悪役で立ち塞がるのだろうか?
「それが嫌なら他に方法がないこともありませんが……」
「えっ、何があるの!?」
「無職です。」
無職。無職。無職。
頭の中に木霊する。なんて罪深い。
私はその言葉を聞いた瞬間に魔剣使いを選択していた。
元が社畜だった私に無職という選択はなかった。そして思い知る。あぁ、私は心の底まで社畜なのだ。
「魔剣使いが選択されました。」
「魔剣使いを選択する他なかったですよね。」
一瞬、リーチェの顔が引き攣った気がした。気づかないフリをしておこう。触らぬ女神に祟りなしだ。
「職業の選択肢が無かったことは謝罪します。貴方には特別に魔剣を授けましょう。魔剣使いですし。」
リーチェがそう言うと、私の右手首にチェーンのアクセサリーが巻きついた。鈍色に輝くソレは禍々しい空気を纏わせていた。
「詳しくは後からソレに聞いてください」
「はぁ……」
何を言っているのかはよく分からなかったが、とりあえず返事をしておいた。
「さぁ、ミツキ・シュトラール。魔剣使いとしてルミナリア公国へと転生し、新たなる人生を開始するのです。」
その言葉と同時に背後に巨大な扉が現れた。
この扉を潜れば、私の新しい生活が始まる。裁定者とか、魔剣使いとか、転生とか、全然腑に落ちてはないのだけれど。
ただ何も起きずのんびり過ごせたらいいのに。そんな願望を胸に抱き目の前の扉に対峙した。荘厳な雰囲気を醸し出す扉に逃げ出したい気持ちが募る。しかし、いつまでもここに居ても仕方がない。
大層ご立派な扉の取っ手を握り引っ張ると、ズズっと音を立てながら扉が開く。隙間からは光が漏れてきて私の身体を包んでいく。
「良い人生とならんことを。」
背中に向かってかけられた言葉は、今までかけられたどの言葉より私の肩に重くのしかかっていた。
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