社畜転生~令嬢に転生した私が魔剣使いになって世界を救うまで~

@rise_tsukishiro

第1章 社畜転生

第1話 人生の裁定

「何してるんだろ…私…」


 真っ暗になったオフィスには青白く光るPCと青白い顔をした女がポツンと一人だけ佇んでいた。

 画面に向かいつつエナジードリンクを飲みながらキーボードをひたすらに叩いていく。

 時計の針は午後11時23分を指しており、定時の17時はとっくの昔に過ぎ去っていた。


「はあぁ……終わらない。」


 就活に失敗しIT系企業に就職した私『橘 満月(たちばな みつき)』は、目の前に積み重なった書類を横目に盛大にため息をついた。

 

 年齢は25歳になったはずだが、あまり喜ばしいことでもないので考えないようにしている。

 この会社に勤めてプログラムを書き続けて3年間、残業をひたすらに繰り返した身体は確実に悲鳴をあげていた。

 そう、我が社は世に言うブラック企業というやつだ。そして、私は社畜と呼ばれるものに成り下がっていた。

 

 縦割りの仕事で周囲の同僚は優秀なのか諦めているのか、先に帰ってしまっており、基本的に私だけが遅くまで残業している。

 定時過ぎて机にドンと上司が持ってくる仕様書の威圧感に私は震えが止まらなかった。

 何とかついて行こうと努力してみたものの優秀でもなく全てを諦め無になりきれない私は、文句も言えずにその仕様書を眺め続けることしかできなかった。

 

 我ながら情けない…大学の時にもっと就活頑張っておけばよかったなんて、後悔は先に立たないもので現状に満足するしか道は残っていないのだ。


 あぁ、世の中はなんて不公平なんだろう。


 ボヤいても誰かが助けてはくれない。

 好きなこともできず、こんなところで身体を壊してそこまで多くもない給料を貰ったところで使う時間も気力もない。

 

 週に1日ある休みは家で眠っていれば終わってしまう。有給休暇などもってのほかだ、取らないといけないから取ったことにして出社している。

 労基とは一体……


 私はコンビニのビニール袋から新しいエナジードリンクを取り出して缶のプルタブを開けた。

 そのままゴキュリと喉を鳴らし胃へと流し込んでいく。カフェインが身体に染み渡ると同時に頭がぐらりと揺れた。

 あれ、何か目眩が……

 不調を訴え続けた身体の限界が来たのか、私は意識を失ってそのまま机に突っ伏したのだった。




「一一一一一き一一て」

 誰かの声がした気がした。

 そうか、私は寝てしまったのか。エナジードリンクで元気の前借りをしたところでいつかはこうなってしまう運命だったのだ。

 目を覚ますとそこには今までいたはずの真っ暗なオフィスではなく、空のような空間が広がっていた。

 

 そして、私の他に目の前には翼の生えた神のような女性が胸の前で手を重ね祈るようなポーズで浮いていた。

 ん、翼……?

 そうか、まだ私は夢の中にいるのか。そう感じてしまうほどに目の前には非現実的な景色が広がっていた。


「やっと目覚めましたか。起きないかと心配しましたよ。私は裁定者、女神リーチェと申します。」

「はぁ……これはご丁寧にどうも……って、女神……?」

 

 女神様が一体私に何の用があるというのか、それに裁定者って何だ?

 今の状況も相まって私は完全に混乱していた。


「時に橘 満月、貴方にはこの水を飲んでもらいます。」

「何で私の名前知ってるんですか?」

「神ですから。」

 

 なるほど神は全能らしい。

 女神リーチェが差し出した杯には無色透明の液体が注がれていた。

 あまりにも怪しい水だ。訝しげな表情を隠しもせずに私は問いかける。


「これって毒だったり……?」

「ただの水です。」

「そもそもここってどこなんですか?私、仕事がまだ残ってるんですけど。」

「仕事も何も、あなたもう死んでるんですよ。」


「一一一一一一一え?」


 機械的に答えるリーチェの思いがけない言葉で、ガツンと後頭部を鈍器で殴られたような衝撃が走る。

 死んでる?私が?何で?エナジードリンク飲んでちょっと目眩がしたくらいで?


「そもそも過労です。心身衰弱の上にご丁寧にカフェインの過剰摂取を続けて、身体に負担をかけ続けた結果です。」

「だからって死んでるって……」

 

 何でこうもあっさりと告げるんだろう。生命の価値は神の前では路肩の石の様なものなのかもしれない。


「死んだので貴方はここにいる。次の転生先に向かうために。裁定者である私の裁定を受け新しい場所で新たな自分がスタートするのです。そのために必要なのがこの水で新たに貴方の転生先を決定します。もちろん人間になれると決まっている訳ではありませんが。」

「それって犬とか猫とかに転生する可能性も…?」

「愛玩動物ならまだましかもしれません、無数にある転生先で虫を引いた方もいらっしゃいますので」

 

 絶句して息も吐き辛い。一体何人の人生の節目に逢えばこのようにドライになれるのだろうか。


「この水を飲めば貴方の名前、属性、転生先、パラメーターが決定されます。既に生きて生活している誰かになることも有り得ます。貴方の人格が身体に入り込みそこから新たな人生を開始するのです。」

「そんな交通事故みたいな……」

 

 とはいえ、この水を飲むしか選択肢は無さそうだ。こんなもので転生先が決まるなんてにわかには信じ難いが、目の前の翼が生えて浮いているモノがCGだったりコスプレお姉さんじゃない限り真実なのだろう。

 

 急に到来した配属ガチャのような状況に心が折れそうだ。この水に今後の私が左右される。蟻や蚊に転生などした暁には即リタイアの可能性もあるのだ。いつまでこの死ねば女神が現れて転生するというイベントが発生するかも不明なわけで。

 

 覚悟を決めろ私、人間を引き二度と社畜にはならないという強い意志を持て。

 もっと華やかで楽しい人生を送るんだ。


「……わかりました。飲みます。」


 杯に唇をつけ水を身体に流し込む。味は無い、本当にただの水だ。

 そうしてコップ1杯分程度の水を全て飲み干した。

 目の前にウインドウが現れる。


 名前:ミツキ・シュトラール

 年齢:25歳

 属性:令嬢

 転生先:ルミナリア公国


 ルミナリア公国って…どこ?


「おめでとうございます。人間に転生できたようですね。異世界の様ですが。」

「異世界って……そんなものゲームとか漫画の中の話じゃ……」

「誰も元いた世界に転生するなど一言も言っていません。貴方のパラメーターが設定されました、こちらです。」

 

 ウインドウの横に新たなウインドウが立ち上がり、グラフの様なものが映し出される。

 ATK……?VIT……?

 よくわからないアルファベットの羅列が出てきたが私には意味がわからなかった。


「パラメーターも悪くありませんね。死因が心身衰弱のため少し体力が低いですが許容範囲でしょう。」

 

 まぁ、こんなもの役に立つ日は来ないかもしれないし、悩むだけ無駄だろう。

 属性は令嬢のようだし食いっぱぐれることはないだろう。思った以上の結果が出て安心している自分がいた。

 女神リーチェの翼が開くと同時に目の前に新たなウインドウが立ち上がり、文字が浮かび上がる。



「さぁ、ミツキ・シュトラール。次は貴方の職業、ジョブの選択をしてもらいます。」



 もう帰りたい……

 帰る場所の無い私は途方のない絶望に震えていた。

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