Chapter 1-6-余談 トリップ・フロム・ザ・シティー
ルナの強烈な仕返しに文字通り震えながらウィンストンに先程の情報を通信し終える。 実際に警戒が強化されていたことも分かり、ルナの電子戦能力の確かさを再確認する。
脱衣所からリビングに戻るとルナはソファに腰掛けてワーステから引き出した操作タブレットをタイピングしていた。
「ピザ頼むっスけど、何がいいっス?」
「ペッパーチキンバーベキュー パイナップル
「パイナップルって……マジで言ってんスか……」
ーーあと10分でピザが届く通知を見たルナがキッチン収納を何やら漁っている。
戻ってきたルナは緑色の物体の入ったパケと道具一式をちらつかせてニヤニヤしていた。
「へへ、吸うっスか?」
「……せっかくの休暇だしね、貰うよ」
「んじゃ巻くっスね〜」
ーー巻かれたのはえらく細い、貧相なジョイントだ。 巻いた本人くらい貧相な……。
「何このつまようじ……アタシに貸して」
ルナの前に置かれたトレーをかっさらってグラインダーの中身をトレーに全てぶちまける。ついでにつまようじの中身も足す。
「キモチいいことはイケるとこまでイくのがアタシの美学なのよね」
茶色のペーパーに鉛筆ほどの太さに巻いたチップを置いて指で挟み、その太さ通りに砕かれた
「どう? コレくらいイケるでしょ?」
ルナは若干引き気味の顔をいやいやと横に振った。
「いや、太すぎだって。そんなの吸ったらあーしどこまでイっちゃうんだろ……」
「二人で回すんだからコレくらいでちょうどいいんじゃない? 足りなくなるかもよ?」
二人で陽の傾いたベランダに出て、怯えるルナを尻目に先輩特権で先に
甘く、濃厚で、どこかレモンのような……獣臭くもある、重たい香り。 サティバ系か……いつぶりだろう。
「んふー……」
ゆったりと煙を肺に満たしてから、ゆっくりと鼻から吐く。 喉の引っかかりは少ない。
結構な上モノだ。久々に吸うにはいい体験になりそうだな……。
何も言わずにルナにジョイントを回すとおずおずと受け取りチップに口をつける。
「……けほっ、旨いっスね、巻くのも……」
ルナは軽く吸って咳き込んでから、再び深々と吸い込み始める。
夕陽のせいかジョイントを咥える横顔が妙に綺麗に……
しん……と、無意識に感じているノイズが静まり返り時間が落ち着くような……感覚がした。 コレだよコレ……心拍も上がってきた。
ペーパーの燃える静かな音。 少しだけ音量の下がった広告、遠方のクラクション、遥か遠くの銃声の減衰した音……喉が詰まったような声、がリバーブがかって鼓膜を震わせる
「……ぶっ!!! えっ!!!げっっっ……ほっ!!!あぇっ!!!げほっ!えっ!げほ!!」
おもしろ、ちょー面白。めっちゃむせてるコイツ。
「ぷふっ……めっちゃ!あはははっ!めっちゃむせるじゃん!!ウケる、そんなむせる??フツーっ!!くふふふふっ、うっくくく! カーワイーっくくくくく……」
「うるせ……っ!げほっ!あ"っ!あ"ー!!!……はー!!すーー……えへ、うへ」
妙にカワイく見えてきたのでジョイントを受け取ってもう一吸いしてから灰皿に置いて、ルナの背中を撫でながら部屋に戻るとピザ配達人が丁度到着したらしくインターホンが鳴った。
アヘアヘと変な声を出してるルナをソファに行かせて代わりにピザを受け取る。
「ピザ、うんまぁ……ヤバ、何コレマジで……」
完全に出来上がって目を赤くしたルナがチーズを長く伸ばしながら恍惚としている。
「んー……いいねぇ……ンマい……アンタのもらっていい……?」
チーズとササミ、その上に緑のソースが掛かったピザを1ピースもらう。
「んまい……うま……あーたのも貰うっスよ……」
「いーよー……足りるかな、スナックとか……食いたくない……?」
ルナが私のピザを1ピースを取る。
食っても食っても食べ足りないな……。
「チョーわかるっス……濃いいやつ……つーかもっとピザ食いたいっスねぇ……スパイシー……ササミ……サラミだった。んでチーズマシマシで……コーン……
ルナは頭をユラユラとしながらベタベタの手でタブレットを叩く。
「パイナップルも」
コレだけは譲れない。
「パイナップル……
「あーーーいいねぇ!いいねぇイモ!! チュロスも行っちゃお!!!」
「チューロースっ!シナモンとシュガーっ、あとウィコーラのトリプルツイストとぉ、イノセントも炭酸飲みます〜?」
「カワイイヤツ、お願い〜」
「ちゅーもん確定ーっ♪下からだから秒で届くっスー」
やば、完全にキマってきた。 こんなになるのはいつぶりだろうか。
「ぷーっくくくくくく……」
自分で考えて自分でツボに入った、バカだなぁ私。
ーーふらつきながら追加のピザと山ほどのサイドメニューを受け取っている間に、ルナはベランダから灰皿とジョイントを取って部屋に持ち込んでいた。
「んふ、いいの部屋で吸っちゃって?」
「今日くらい、いいんじゃないスかねぇ、先もらうっスね〜〜うへへ」
ルナがジョイントに着火して吸い込む。
ふと窓の外を眺めるとすっかり日が暮れて黄昏時……ああ……
……綺麗。
「ルナ……外見てみ……」
「外……ああ……」
初めて吸った時もこうなったっけ……
ビル谷間に切り取られた空。紫の空、沈みゆく太陽を映す重い雲を背にカラス達が行く最中、大型の空輸キャリアが空をまっすぐ横切っていく。そんな一つ一つの機微に注目してる間にも空は表情を変えていく……。
ああ、こんなクソな街すら美しく見えてくる。これだからドラッグは楽しい。
辞められなくなるヤツがいるのもよくわかる。
現実だけを見続けて耐えられる人間がどれだけいるのか。
「スゲー……」
初めて吸ったわけでもないだろうに……景色に完全に圧倒されジョイントの存在を忘れているルナの唇から掠め取って深く吸い込む。
明日は二人とも使い物にならないだろう。 やる事もないからいい。 ちょうどいいや。
「けほっ……さ、食べよっか。冷めちゃうしさ」
「あっ……そうだピザ、ピザ! 炭酸先に行きましょ!うひひひ…」
ルナから冷えたウィコーラ缶を受け取り、片手で開ける。
『「乾杯!」』
お互いに蕩けた目で炭酸を流し込んで大量の箱を開ける。湯気と匂いを感じた瞬間に少しは満たされていた筈の食欲が感電の如くリセットされて腹が鳴る。
そんな私たちを見咎めるはずの太陽は地平線の向こうだ、こんな街じゃ太陽以外が咎めることもない。
ああ、ロクデナシな夜だな、サイテーで、サイコーな。 バカだなぁ……。
目の前のピザやらなんやらに片っ端から獣の如く手をつけて、その度に脳みそを揺らす多幸感にやられながら夜は過ぎていった。
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