Chapter 1-7-1 傭兵バック・イン・ダ・フッド〔前〕


「いっ………頭いった……」


 ベッドで目を覚ます。白いシーツ、典型的な……だが微塵の洒落っ気もない寝具。

 メガビル系マンションによくあるらしい壁面ビルトインのベットだけの寝室、リビングとの仕切りはカーテン一枚。

 足元のブラインドからの日差しは無いが夜では無い。雨音がする。


 電子視覚の時計を確認。

 AM5:47 明け方。


「すー……すー……」


 ……隣でルナが寝ている。


 ……アタシ、やらかワンナイしてないよな?

 ウィードの吸い過ぎによる記憶の曖昧さもあって不安に駆られる。


 自分にかかってるブランケットをめくって下半身をチェック。


 ……ショーツは履いてるし、股座に異常はない。 両手の指先にも異常無し。カピカピしてない。……そもそも直立できないくらいの狭い空間にいてファンキースメルヤッた後の匂いがしない時点で大丈夫に決まってる。


 頭回ってないな……。


 ルナの家に転がり込んでからの記憶を辿る……ネットダイビング……あの後二人でジョイント回して……ピザ食って……

 そのままソファで寝て……起きて……余ってるから吸っちゃおっかって……。


 ……お腹空いたから下のチャイナ屋台でフライドライスとオレンジチキン食べて……なんか遊ぼうかってネットダイブしてルナのネットスペースの家に行ったんだっけ。 化石みたいな日本家屋だったな……現実の家にはマジで何も無いくせに古典ボードゲームとか沢山あって……まあ色々遊んだ。

楽しかった。


 ……で、頭痛くなったから戻って来て……結局退屈だからまた吸って……ルナに巻かせたらやたら太かったな……下手な巻きのせいで不味かったけど……。

 ルナがぐてんぐてんのクセにシャワー入りたいって言うから勝手にしなよって言ったら……シャワーに引っ張られて……随分甘えてくるから……ギプスにラップ巻いてから髪を洗ってやった……細くて指に絡むネコ毛……大した傷の無い綺麗な体だった……で、体はハズいからと蹴り出されて……。


 ……そんなこんなでひたすら吸って遊んでメシ食っての繰り返し……若干胃が気持ち悪い、胃薬は……。


 久々にカスみたいな時間の過ごし方をした。


 もう少し有意義な休暇ってものを……いや、人と遊ぶ休みなんてそもそもいつ振りだろうか……普段は運び屋仲間の部屋か……部隊の仮眠室で暇つぶしに雑多なドラッグで一日を飛ばすだけが大半だ。


 休日らしい休日なんて本当にいつぶりだったかしら。


 視界内ディスプレイを確認する。


 ルナの家に転がり込んで三日目。

 今日はクドーの診療所に連れていく日だ。


 ……ペットの通院かよ、ついでに胃薬も貰うか。


 「すー……んぅ……すぅ……すー……」


 ルナは若干の寝言混じりに寝息を立てている。


 ……幼さを香らせるあどけない寝顔。 歳は20……1、2だろう。


 髪を洗ってやってる時に確認した傷の無さからウィンストンのカンパニー傭兵部隊に入ってきたのがキャリアの始まりと見ていい。

 何でこんなとこに入ってきたのか……あれだけネットダイビング能力が高ければ他にもアテはあるだろうに……。


 ……他人の事情は詮索無用が基本だが、完全に仕事抜きで友達のようにしばらく過ごしてしまうと同業者としてでは無いお節介心が湧いて来てしまう、明日死ぬかもしれない相手にだ。


 ……良くないな、現場でこういう心が出ると、あの人たちのような事になるんだ……。


 まだ酔いが残っているのか、頭がふわついて体の力も入りにくい。 嫌なことを思い出した事もぼかしたまま二度寝してしまおう……。

 私は毛布を頭まで被って目を瞑った。




「いつまで寝てんスか〜……?」


 小生意気な寝ぼけた声。


 隣で寝転がるルナに揺すられて再び目を覚ます。

 時計を確認。 AM 9:36


「アタシは一回起きたっ……ての……おはよ」


 体を起こす。 力の入りは正常。 ルーチンワークでインプラントのシステムチェックを走らせる。


「おはよっス。今日も運転お願いするっスよ」


 ……システムオールグリーン。問題なし。


「任せな」


「しっかし、ひっでえ遊び方したっスね……部屋めっちゃガンジャ臭いし……」


 ベットリとした獣臭さというか、大麻臭いとしか言えない匂い。 誤魔化し程度に香は焚いていたが臭い自体が消えるわけでも無い。


「あー……うん、確かに。 どれくらい吸ったんだっけ……」

「ストック全部っスね……溜め込んでたキーフも全部」


 相当量吸ったのは間違いないだろう。


「まあ、楽しかったし……いいんじゃない?」

「そっスね……あーしも久々に楽しかったっスよ」


 お互いに自分自身に呆れたように笑う。

 ルナの目はまだ若干充血していた。


「……にゃんっ!」


 ネコのように私を飛び越えてルナはリビングに降りた。私も支度するか……




 テーブルの上にはこの三日間の退廃生活の痕跡がうんざりするほど積もっている。 山程ほどのピザ箱、スナック菓子の包装、テイクアウトしたチャイナ惣菜の空き箱、空き缶、タバコとジョイントの吸い殻と灰だらけの灰皿、寝起きにクセで使った抗不安剤の注射器。


「そこにぶっ込んでくれます?」


 ルナは壁面ビルトインされた本棚のようなクローゼットの中を漁りながらドア付近のシャッターを指差す。 先輩をこき使いやがって……。


 テーブルに置いていた薬の遮光オレンジボトルから安定剤を手のひらに二錠出して飲みかけのウィコーラで流し込む。


「メチャクチャ食ったな……」


 ピザ箱の上にゴミを全て載せ、可燃・不燃のピクトグラムがついたドア横のダストシュートの前に行き適当に分別して押し込むとシャッター奥のガベージグラインダーがバリバリと退廃痕跡を咀嚼する音がしたーー




 ーー刺す、押す、血管が沁みる。


「っふ…ぅ……」


 アイドリングですらやたら喧しいアスカの排気音が響き渡る地下駐車場の床に使用済み注射器を捨てる。 ファッカーPAL AIはすでにミュート済みだ。


 ……地上の雰囲気、というか地上に対しての体の反応は苦手だ。コレでも飲み薬は効いてるはずなのに。

 ジリジリと脳から降りて脊髄から全身に広がる焦燥感と言い得ない不快感に目の前の事物が薄汚いフィルムで覆われて自身の心に押し込まれて、出口の無い加工機で潰され続けるような、そんな感覚。 おまけに無限に跳ねる動悸と不整脈。


 ……薬が回って来て……楽になってきた。


 コレ地上恐怖症ばかりはどうにもならない。 錠剤で少しは持ち上げられているが効力が足りていない。


 余程飛ぶキメるか、こうしないと地上で正気を保てる気はしない。 食事とか、温かい寝床……確かに楽しくはあるが、私は地上に居られる人間じゃ無いのだと痛感する。


「イノセント……?」

「大丈夫、気にしないで」


 普段の軽い声色ではなく、本気で心配している声だ。


「アレ、キツイ薬っスよね……?気になって調べたっスけど……」

「まあ……ね。でも仕方ないの」

「……」


 ルナが押し黙る。


 この辺りも少しは気を遣った方が良いのだろうか……。


「ほら行くよ。乗って」


 少し覚束ない手足でバイクに跨ってクラッチを握りペダルを踏み込む。 メーターのギアインジケーターは『1』。 行くか……。


 一気に息を吸う、酸素が脳が巡る。


「……あんま無理しないでくださいよ?」

「……」


 年下に心配されるのは妙にくすぐったい。どう返せばいいのやら……。


 ルナの声とくすぐったさをかき消すようにスロットルを開き、爆音でメガビルを後にしたーー



 ーークソ喧しいミッドセンター市街を走り抜け、汚さに安心感すら感じるミッドサイドへと辿り着く。

 この前とは別のホームレスがバカバカしい三段シートバイクを見て何故かしきりにヘドバンしていた。 クドー・ドクトルはすぐそこだ。



「傷の治りは順調だ。レントゲンでも骨の再生が確認出来る。 あと十日ほど無理を掛けなければ君達の業務に耐えられるだろう」

「ありがとうございます」


 案の定というか待合室には誰もいなかったのでスムーズに処置室に通され、ルナのギプスが手早く取り外されてこれまた素早く抜糸が行われた。


「……で、イノセント。食べ過ぎの胃薬なら薬局で買いたまえ」


 クドーに胃薬の処方を頼んだがにべもなく断られた。ケチめ……。


「まあ、そうよね。わかってた」

「暴飲暴食は控えるように、積もり積もって大病の元になる。 それじゃあ二人ともお大事に」



 サクサクテキパキと診療が終わったので地下室の階段を上りガレージに戻る。

 今日の予定はバイクの修理と装備ギアの買い出しだ。 どうせだからコイツも連れていくか……。


「アンタ、今日暇よね」

「? まあやる事は無いっスけどね」

「じゃあちょっとデートしよっか、拒否権は無いよ?」

「……大胆な人っスねぇ」


 ルナが少したじろいで頬を染め、控えめに恥じらう素振りを見せる。


「んー、で? どこ連れてってくれるんスか? ソッコーでホテルラブホって言いそうっすよねあーた」

「さぁねぇ……お姉さんに身を委ねてみな? 楽しませてやるから」


 なんとなくサディスティックな琴線に触れたのでノってやる。


「……今日は勝負下着じゃ無いんスけどネ、任せるっスよ」

「ふふ、じゃあ乗りな仔猫ちゃん。 ザナドゥに連れてってあげる」


 わざとらしく脚を投げ出すように跨ってからスロットルを空ふかししてタンデムシートを叩いて乗車を促す。


「イけるとこイって楽しませてくださいね、おねーさん?」


 こういうサラッとエロいやり取り、久々だな。



 電子視界にマップ情報を入力。……アルとやらのバイク屋"ナックルヘッド"はここから10分ほど。 ミッドサイドのメインストリートの外れに位置している。 ……確かにあったなこんなバイク屋、通り過ぎていた気がする。 


 ミッドサイドは私の地元フッドだ。 とはいえ何年住んでいようと案外知らない事もある。

 人同士ですら同じ街の同じブロックで過ごしていたのに"初めまして"は銃口を向けあって……なんて事もザラなのだから。



 クラッチを切ってスロットルを捻り、回転を上げて繋ぐ。


「振り落とされんじゃないよ!」

「はっ、ぴゃぁぁい!!?」


 ルナが3段シートの背もたれに頭を打つ音を聞きながら、私たちは景気良くウィリーでガレージを飛び出したーー



 ミッドセンターほどでは無いがミッドサイドも買い物するには事欠かない街だ。

 ナイロンフェチズムの変態がやってる服屋、脳同期双子姉妹の電子アクセ屋、老舗のタコス屋に多数のバイク屋。 店主が肉体をアバターに合わせるべく常にインプラントインストールで改造しまくってるネットダイバーショップ、クソほど偏屈な銃砲店。


 ……どいつもコイツも一癖も二癖もある連中だが、魂と生気が抜けたスーツ姿のゾンビかキョンシーとその飼い主ばかりが俯いて歩いている企業圏コーポセントラルよりはずっと居心地がいい。

 何より広告がうるさく無いし、5、6階建ての雑居ビルは建っているが空を塞ぐほどではないのも地上恐怖症にはありがたい。



 ーー相変わらず何処通っても汚ねえ街だなと思いながらしばらく走っていると西部劇風スタイルの二階建ての店に辿り着いた。


 酸性雨対策に大きく迫り出したオーニングの下では大排気量のアメリカンやグランドツアラーがフォークとマフラーをギラつかせて私たちの乗るクソバカ三段シートアスカを威嚇する。


 "B.I.G.AL's Knuckle Head"


 ラスティの言っていたアルの店だ。


「ははーん、確かにデートっぽいっスねここ」

「あー……確かにね」


 周りは寂れたシャッター街なのにこの店だけセピア映画の西部劇の中だ。……バカでかいバイク以外は。


「なんだうるせーな……おお??おー!あんたがイノセントだな!」


 バカデカい排気音に気がついたのかクソデカいウェスタンドアを押し退けてカウボーイハットを被って右目はアイパッチ型電子義眼、腰に長銃身のリボルバーを提げたバカデカいデブが姿を現した。


「あなたがアル? ラスティに紹介されて来たんだけど」

「話は聞いてるよ!そのまま中に乗り入れてくれ!ドア開きっぱにするから!!」


 ルナが後ろから降りたのを確かめてから真ん中が急角度スロープになっている階段を乗り上げて店内へ入る。


「オーライ!オーライ! このままこの一番左のメンテレールの間に……アスカ800だな?」

「アスカ800!いろいろと頼みたいのだけど」

「全部見るからちょいと待ってくれよ!」


 デブはボローニャみたく太い指でレール横の大型端末に車体情報を入力している。


 大量のソケットとプライヤーをつけたロボットアームが両側で待ち構えているレールまで乗り込むと床からメンテナンススタンドが現れ、アスカがジャッキアップされる。 固定されたのを確認して降車した。


「改めてはじめまして。オレが店主のアルジャーノン・フィラーだ。みんなビッグ・アルって呼んでる」

「イノセントよ。こっちはルナ」


 満面の笑みで艶やかな顔の贅肉を揺らして笑う、いかにもデブのイイ奴って感じの印象。


「ラスティから聞いてるよ。ナンバー抹消と登記書き換え……だった……よなぁ……??」


 私のバイクを見ている内にそんな良いデブ顔が段々と怪訝そうになり眉が梅干しみたいにしかめられていく。


「……ひとつ聞きたいんだ。 なんであんたがコイツに乗ってる?」

「え?……あー……」


 よく考えたらコイツは盗品だ、もしかして……


「このふざけた三段シート……俺がつけてやった……確かコイツに乗ってたのはバスタとかいうクソのハズ……どうしてあんたがコイツを?」


 よりによって売主かよ……。

 こんな運を引くことあるか普通。


「あー……バスタには必要なくなった、みたい」

「必要無くなったァ……? ……PALに聞くか」


 PALミュートが解除された。


「マザーファッカーバスタは死んダ!ぶち抜かれて真っ二つになって死んだゼ!!!あのデカくてクセえケツ乗せずに済むと思ったら今度はSM女王様ダ!どうなってんだよオレの人生はよォ!」


 うわー……気まずい、これはどうなる……?


 ルナは訳わからんという風に視線を私とアルの間で行き来させている。


「……殺したのか?」

「殺ったのはアタシじゃないけど……まあ、うん」

「ブチ抜かれて真っ二つ……ラスティがやったんだな?」

「直接見てないけど、うん。多分、多分そう」


 ……おっかない沈黙。


 店内を狭しと並ぶリッターマシンの群れは「お前を轢き殺す」と言わんばかりに鏡面仕上げフォークでこちらを睨みつけてくる。


「……そうか、死んだか。 バスタ……バスタ……」

「えー……っと……」


 やべえな、逃げるか……


 ルナにアイコンタクトを送ろうか迷ってた矢先、アルの目が見開かれ……


「マザーファッカー・バスタが死んだ!!!クソッタレバスタが!今夜はあいつの保険金でパーティだな!スシ頼むか!おーいマユミ!!!スシ頼んどいてくれ!!6人前!!」


 さっき以上の満面の笑みの良いデブが顔と腹と胸肉をダブンダブンと揺らしてテーブルをバンバン叩きながら店内の階段に向かって叫んだ。


 セーフか、良かった。

 ルナは「じゃあいいや」と私らへの興味を失い店内を物色し始めた。


「いやなぁ、あのクソッタレはこのオレ様からコイツを分割で買って、踏み倒して。踏み倒したくせに下品なペイントだのクソみてえな三段シートだの注文つけやがって。やーのやーのうるせえから全部やってからチャカ向けて金出せっつったら、何したと思う?」


 酒でも飲んでるのかってくらい楽しそうに贅肉をダブンダブンしながら話している。


「えー……何? そこまでクソだと想像つかない」

スピードシ ャ ブで払うとよ!!! んなモン金に出来ねえってのに!! 呆れて出禁にしてやったんだが死んだなら勝手に掛けといた保険金でコイツの代金は返ってくる!! せいせいした!!!」


 想像以上のクズだったんだな、気の毒なバイクだ……。


「だからこのバイクはお姉さんのモンだ!納車おめでとう!! 注文はなんだ?今ならなんでも聞くぞ新車以外は!」

「いいの? じゃあ消耗品一式とPALの初期化をお願いしたいんだけど、あと三段シートとリペイントの相談も……」


 振動から察するにスプロケットかチェーン、もしくは両方ともダメになっている感触があった。


「PALの初期化かぁ、コイツもあのクソに頼まれたんだっけなぁ……マユミ!!PALやってくれー!!」


 上階のドアが開く。


……デカい、いろいろデカいぞ……?


「なんべんも騒ぐんじゃ無いようるさいねえ!あたいの仕事かい!!」


 豊満な乳房をダプダプと揺らしながら女性が降りてきた。


 ……おいおいスゴイな……正に、ダイナマイトクッソエロいだ……。


「おーおー、あのクソッッカスバスタのアスカかい! アイツは死んだってェ?」


「あー、えっと。はじめまして、イノセントです」

「ルナです」


 ルナは自己紹介の為にすっ飛んできたが、それを終えるとすぐに物色を再開した。


「マユミ。マユミ・フィラー。 電子系の専門家だよ。 ……あんた、スシなら頼んだから仕事しな」


 口元と目尻のホクロにウェーブかかった黒髪、太刀のように切長な目尻から繋がる顔面部インプラントの赤い継ぎ目……が典型的なレザーのライダースーツで覆われたダイナマイトボディ死語と相まって非常にセクシー扇情的だ。


 ……にしてもとんでもない肉量の夫婦だな……濃いDEEPぞこの店……。


「わーってるよ、そっちは任せる。 で、お姉さん……とりあえずプラグとオイルに前後スプロケットとチェーン、ブレーキパッド。 オイルにクーラント冷却液とブレーキフルード、フォークオイル。 エアフィルターにオイルフィルター、全部まるっと変えちまっていいんだな?」

「それで頼むよ、どのくらいかかりそう?」


 何やら唸りを上げるロボットアームに囲まれているアスカをチラ見する。


……外せるとこ全部外れてんじゃん。


「あの通りだから2時間もありゃ交換は終わるかな。前に外した純正シートも残ってるし、気分がいいからオイルはいいのをサービスだ!」

「太っ腹ね」

「おうよ!この通りウエスト100オーバーの太っ腹だ!任せてくれ!」


 腹の贅肉を掴んで揺らしながら心底楽しそうに笑う。 恐らくシラフだが、ラリっててもこんなに笑う人間はそういない。


「あんたは痩せろってクドー先生に言われたばっかりだろ! ……で、イノセントちゃん? ちょっと話いいかい?」


 賑やかコミカルだなこの二人。

 ……で、えっと。


「ええ、はい」


 なんか無意識に畏まっちゃう……肉圧にやられちゃう。


「PALの初期化をご希望みたいだけど、今入ってるPALチップはだいぶ古い、しかもあのクソのクセを学習しちまってる。 若干高く付くけど専門家チューナーとしては交換をオススメするね」

「外したPALチップは貰えたりする? ちょっと入り用で……」


 情報資源として必要なのを思い出した。


「ふゥん?……そういやラスティの同僚だっけ? チップはあげるから好きにしな。でも脳味噌に入れるのだけはオススメしないよ」


 それなら明日にでもウィンストンに渡しておくか。……それにしても新品のPALか、何が違うのか……。


「交換でお願いします」

「ダンナが仕事終わる頃には付け替えとくから任せな」



 ーー電子視界の地図を確認する。

 ここからだったら装備の調達先までは歩いて行ける。 作業完了をただ待つのも暇だ。

 何よりこのままではルナがその辺の床で爪を研ぎそうな雰囲気がある。


「退屈なんスけど。ねえ? デートなんスよね?おねーさん」

「はいはい、焦らしプレイは嫌いなのね子猫ちゃん?楽しいトコに連れてってあげるから」


 フィラー夫妻に作業を頼んで、私たちはミッドサイドのストリートへと繰り出した。

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