Chapter1-2 銃撃戦
「さーてどこから来るかねぇ……」
ルナは微かに震えながらライデンをリロードして息を整えている。
『こちら
気の抜けた優男声の通信が入る。
「久々ねラス、座標送ってちょうだい」
『もう送った。こっちの装備だが.50口径のセミオートだけだ。ウィンストンがデカブツ送ってくれたらしいが間に合わん気がする』
通信ポートを開けて相互の座標を共有する。ラスティのポジションは北に500m程、高度は20m上だ。
「200mくらいまで近づけばいいかしら?」
『そうだ、何ヶ所かピンを送るからそこに誘導してくれ』
「じゃあEポジションで、ここからジップラインの射線通るし広い」
銃のボルトを引き薬室内の散弾を排出、シェルホルダーの炭素繊維シェルを装填する。
「ルナ、座標送ったからジップライン撃ち込んでおいて」
ルナは覚悟が出来たのか落ち着いた目で私の指示に頷いた。
「一応アタシらで落とす努力はするけど、新人もいるからしっかり援護してくれると助かる」
『善処する。死ぬなよ? 通信アウト』
回線をウィンストンに繋げる。
「こちらイノセント。 さっき頼んだシェルだけど座標に投下して」
『了解、ワイバーンの位置を掴んだから送る。通信アウト』
ジップランチャーの発射音が空に響く。ワイバーンの位置は……
「ルナ、急いでジップで飛べ!」
こちらの背後だ! 振り返るとビルの崖からそいつはぬるりと姿を現す。
タワー駐車場の回転するアレくらいのサイズの青黒い強化プラスチックのボディを六機のローターで飛ばして大口径のレールガンと二門のピストル口径マシンガンをぶら下げたようなやたらデカいドローン
Patriot社のQ-NYCS-HEX
ーー通称”ワイバーン“
電子捕捉アラートと同時に炭素繊維シェルを放ちスモークのピンを抜き足元に転がし、ジップラインへと走り出す。 背後から二、三発の銃弾が放たれたが難なく回避。
スモークが欺瞞したのか電子捕捉が外れ銃撃も止んだが、どうせ直ぐに回復する。 炭素繊維弾の回路妨害もそう長くは持つまい。
もう一個のスモークをジップラインに投げて滑り込み、左手に取ったスイベルをラインに掛け上昇モードのトリガーを引く。 ハイトルクモーターが唸り容赦なく私の体を上空へ引き上げる。
欺瞞回避の為にセンサーを旋回させて索敵を行っていたワイバーンはこちらを視認したのか直線的に向かってくる。
……わかってはいたが次のビルに着く前に追いつかれる。
『こちらルナ!目標地点到着!』
『こちらラスティ。いつでも行けるぞ』
『こちらウィンストン。投下完了』
連続した通信の直後に電子捕捉アラートが鳴る。
「クソが!」
1911を抜きサイティングするが揺れと速度の中でまともに照準が合うわけもない。
「狙えないよねえ!!!わかってたよ!!!クソ!!!」
マシンガンの銃口とセンサーが真横からこちらを睨む。
あーマズイマズイマズイ!!!!
「アッー!!!」
悪あがきにロープを揺らすが当然の如く銃口はこちらを追従してくる。
奥歯を噛み締めて根性で再度サイティング。
1発でも当たって銃口がブレてくれればそれでいいのだ、危機的状況にナチュラルなアドレナリンが脳を満たし時間感覚が遅延する。
「……当たれ!!!」
マズルファイアが二度光る。私の放った.45とワイバーンのマシンガンが--
「っ!!」
頬を掠めた一発を除いてその銃口は私の下方に銃弾をばら撒いている。なんとか間に合ったようだ。
「イノセントさん!!!」
「撃て!!!ありったけ!!!」
屋上出入り口の屋根に陣取ったルナが散弾をフルオートの如く六発の放ち、少し遅れて更に一発撃ち込む。
散弾の弾幕を浴びたワイバーンがぐらつき電子捕捉アラートが止む。
「よくやった、上手いじゃないの」
ジップラインを降りるとルナが鼻血を垂らしながら屋根から降りてきた、神経アンプを使ったのか若干フラついてる。
「見直したっスか?」
「リロードしな、まだ落ちちゃいないよ」
話す間も無く再び電子捕捉アラート。ワイバーンがレールガン充電音を立てながら再び姿を現す。
アイコンタクトを交わしてライデンを構え、互いに駆け出す。
『こちらラスティ!目標を視認したが早すぎる、なんとか動きを抑えてくれ』
通信には応答せずワイバーン目掛け残弾全てを放ち投下物資へ最高速で向かう。
狙いのブレたマシンガンが屋上の白いコンクリに痕を刻み、銃声に応えるようにルナの連射が響く。
最高速のままスライディングし、すれ違い様に投下されていたウエストシェルホルダーを回収し一個をルナに投げ渡す。
直後、ワイバーンが真上へと軌道を変えあからさまに大口径な銃身を私に向ける。
視界には高エネルギーアラートの表示ーー
弾かれるように全力で反対側へと飛び込むーー
視界の端に閃光とノイズが走ると同時に大気と聴覚を裂く高周波の爆発音が響き、コンクリの破片とプラズマ化した弾頭の熱が背後から吹き抜ける。 避けるたびにその威力の凄まじさに心底ウンザリする。
「うらーーーーー!!!!」
反動で減速したワイバーンにルナが炭素繊維シェルを連射で叩き込み、機体に黒い繊維が纏わりつく。 私も薬室にワンショットホルダーのシェルを押し込み射撃、再び駆け出す。
マシンガンの銃声が響き出すが銃身の追従が遅い。 炭素繊維でセンサーか照準のサーボが漏電しているのだろう、狙い通りだ。
散弾をクアッドロードでポートにねじ込んで移動軌道を読み撃ち込んでいく。 全弾命中……だが大したダメージになっている様子はない。
「マーーーージーーーーで渋てえなあ!!!!」
二人で相当撃ち込んでいるはずなのに中々撃墜には至らない。電子的な攻撃に絞るべきか……炭素繊維シェルを掴みクアッドロードで再装填。
不意に電子捕捉アラートと銃声が止み銃口が右左と振れる
ーーまずい、誤捕捉だ!
「ルナ避けろ!!!」
ワイバーンの銃口が急旋回し掃射しながらルナを向く。半端に生きていたセンサーが私を見失って彼女を捕捉したのだ。
「いぎっ!!!!!」
ーー避け損ねたか!!
ルナから血飛沫の花が咲き、手放されたライデンがガシャガシャと音を立ててこちらに転がる。
「……ふざけんなこのクソポンコツが!!」
再び噴き上がったアドレナリンに任せて血のついたライデンを拾い上げ二丁同時に引き金をーー
引く マシンガンに命中
引く マシンガンに命中
引く レールガンに命中
引く レールガンに命中
引く レーザーサイトに命中
引く センサーアレイに命中
引く ローターに命中
引く ローターに命中
引く レールガンに命中
引く 弾切れ
引く 弾切れ
「いい加減にくたばれ……ッッての!!!」
腰を限界まで捻りルナのライデンを投げ斧の如く投げつける。
命中
集中砲火で外れかけていたマシンガンタレットが完全に分離し、ワイバーンが大きく体勢を崩す。
『よし、伏せろ!!』
ラスティからの通信--
音速突破の衝撃波を肌で感じると同時に.50口径のセミオート連続狙撃がワイバーンのコアを貫いた。
超特大級のクソッタレドローンは一瞬静止してこちらを一瞥し、重力に従いビルの谷間に消えていった。
『
「任せた」
腕を抑えて全身で呼吸をしているルナに駆け寄る。
「いっづ……死ぬ……マジ無理……」
「もう大丈夫、傷見せて」
再び.50口径の五連射が響く。あの
ルナはと言えば人間の顔がここまで青褪めるのかって程に真っ青な顔で腕を抑えている。 手を無理やり退かせて袖を捲り上げタイツをナイフで裂く。
右前腕の……開放銃創か。
ADD端子に生体直結して生体モニターを確認する。 血圧を見る限りショックは起こしていない。
「コレくらいじゃ死にはしないよ、止血すれば大丈夫」
「いや、死ぬ、マジで。じぬ、マで」
「今からやることのが痛いから袖でも噛んでおきな、舌噛むよ」
「痛いのやだぁ……やら、やだ!!やだ!!!」
この状態でも暴れる元気があるのか、ゴボウみたいな見た目の割に大した根性……なんて感心してる場合じゃない、処置できない。
「やだやだ言ってんじゃないよもー少し根性見せな……だーかーら暴れんなっての!!!」
ビンタでも張ってやりたくなるがあまりにも泣きっ面にハチもいいとこだと思い留まる。
……なんか無理矢理ヤってるみたいで罪悪感すごいな、助けてやってるはずなのに。
腰のポーチに手を突っ込んで探る。
入れてたはず……この手の止血に1番役立つ超便利なブツが……
……細いプラスチック円柱……ゲリラと女の最高の味方……
あった、タン
私の手元を見てルナは何をする気か理解出来ないがとにかくイヤだと細い首がもげそうな勢いで左右に振る。
埒が開かないので容赦なく右腕を強く掴んで抑える。
「舌、噛むなよ」
「…………ミーーーーーーッ!!!ミィィーーーーッ!!!」
不健康そうな分厚い雲が浮かぶ夜空へととても可哀想な声が響き渡る。 タンポンの綿を傷口に押し込んで抜き終わるまで、その悲鳴は続いた。
『ワイバーンの沈黙を確認。そちらに向かう』
「ついでにこいつも黙らせてくれない?耳痛い」
『あー……お前の手当ては荒いからな、そいつに同情するよ。アウト』
「うう……」
その辺に転がっていたワイバーンの破片を添木代わりに当てがい、包帯をキツめに巻いていく。
「痛かったでしょ、よくがんばったわ」
「……なんで傷にタンポン入れたんです……?」
息がやっと整ってきた、といった様子で少しずつ血色が戻ってきた矢先そんな事を聞いてくる。
「清潔で血を吸って膨らむし傷口に入れやすいし、ガーゼを力ずくで押し込むよりはマシでしょ? ところでアンタ、薬のアレルギーは?」
大昔の兵士の知恵の受け売りだ。私自身もこれで手当てした事は何回もある。
「へえ……え? え、薬……特に何もないです……今度は何するんスか……」
じゃあコレでいいか……手に収まるサイズのプラ角柱注射器……あった。
MedAceの
「はーいちょっとチクッとしますね~」
有無を言わさずに左腕を掴み、軽く浮いた静脈に針を立てて注入ボタンを押す。
スプリングの軽い反動を確認してから離す。
「いっ……何スかそれ……」
「軽い神経刺激剤と色々のカクテルよ、痛みが引いて元気が出る。ちゃんとした
「むう…………あ、もう効いてきました……」
「注射だからね。ほら、まだ脱出が残ってるんだからしゃんとして」
ルナを立たせて埃を払ってやってると後方でジップラインのアンカーが刺さり、190cmはありそうなガタイがデカいのが降りてきた。
「顔合わせるのはいつ振りだ?」
バカデカい対物ライフルを背負って腰に.50口径のマガジンを下げた全身グレーの分厚いナイロンで着込んだ優男。 ウチらの対物射撃担当だ。
「助かったよラス。ワイバーンがあんなに硬くなってるとはね……。ちなみにコイツが今日1番可哀想なファッキン主役のルナ、ほら挨拶なさい」
「ルイ……ルナっス」
「ラスティだ、勝手に名前までつけられて災難なこって。イノ、コイツの怪我の具合は?」
「右腕の開放銃創。 止血はしたけど早く医者に見せないと」
「ふむ……」
薄い顎髭を擦りながら何やら思考中と言った具合だ。ルナは気まずそうに私とラスティを交互に見ている。
「何か考えが?」
「……お前バイク乗れたっけ?」
地上……胸に嫌な感覚が走る。
「……乗れはするけど、アンタはどうすんの?」
「ちょうど余りが出たんでね、キーもある」
抗争相手の遺品だろう。化けて出なきゃいいけど……。
「あー……鹵獲品?」
「そんなとこ。 お前に地上を走らせるのも気が引けるが、さっきの狙撃ポジションなら地上まで一気に降りられる。速度重視で行こう」
「まあ……しゃーない」
嫌な焦燥感とべっとりとした不快感を抑えるためにポーチから注射器を取り出して手首に打ち込む。
MedAce Calm-04 ネオベンゾ系の中時間作用の抗不安剤。劇薬。出来れば使いたくは無いモノだ。
放り投げて転がっていく注射器をラスティは目で追っている。
「……あまり使い過ぎるなよ」
「分かってる……」
ーー通信ノイズ
『こちらウィンストン。三人とも無事か、どうにかなったようだな』
「無事じゃあないね、ルナが腕撃たれた。これから地上に降りて単車で警戒圏抜けて医者に連れてく」
『ルナ……? そんな名前だったか?……まあいい。ミッドサイドのクドーが一番近いだろう。伝えておく』
「おい、ウィンストン」
ラスティが割り込む。
「俺に届くはずだった武器は結局どうなったんだ、ロスバゲか?」
そういえばそんな物もあったな……。
『すまないがロスバゲだ。警備機に落とされたようだ』
「了解。 ラスティ アウト」
「じゃ、連絡は頼みます。 イノセント アウト」
通信を切る。
……何ヶ月ぶりの地上だろうか。
基本的な日常を屋上と運び屋友達の隠れ家で過ごしてる私にとって、地上の通りを歩く事自体がかなり覚悟がいる。
ガラスは雑多で猥雑でコンクリート塔まみれと監視カメラまみれの牢獄のような街。 その圧迫感と視線が嫌で運び屋として屋上として生きているのに……ああ、嫌だ。
「それじゃあ行こうかお嬢様方。エンジンはもう掛けてあるからすぐに出せる」
2本のキーをくるくると指で回しながら、ラスティはジップラインにスイベルを掛けた。
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