第四便✉(往信) 賢いお金の使い道(1)
✉
前置きはナシだ。
おめーを狙ってるやつがいる。
なんで分かったとか、どうして教えてくれるのかとか、くだんねーこと訊くのもナシだ。どうせおれが答えてやれることなんざ小指のさきっぽほどもねえ。
おれがだれか、なんてのも訊くなよ。
おめーはただおれの忠告を聞いておけばいい。
言っておくが、警察に駆け込んでもムダだぜ。
上層部にグルになってるやつがいるからすぐ握りつぶされるだろうし、ヘタすりゃ署内で殺られっちまうのがオチだ。
どうせおめーのことだからのほほんとしてやがるンだろうが、これはマジだ。今回だけはおれの言うことを信じろ。
この件に関しちゃ、おれはおおっぴらに動くわけにいかねえ。利害がごちゃごちゃに絡みまくっていやがるからな。
とにかくおれからの忠告はふたつだ。
あの件からは手を引け。
しばらく家ンなかにでもひき籠ってろ。
といってもどうせおめーは聞かねえンだろ。
なにか言いたいことがあるなら聞いてやる。助けがいるなら、言え。
おめーのことはどうでもいいが、おめーが死ぬと、泣くやつがたっぷりいやがンだよ。まったくめんどうかけやがって。
明日使いをやる。そいつに返事をわたせ。
しちめんどくせーことに巻き込まれやがって、ま、おめーらしいけどな。
せいぜい長生きしろよ。
✉
「……さあ、返事をよこしてもらおうか」
表情どころか、存在そのものを覆い隠してしまいそうな漆黒のサングラス。
一方、ほんのわずか存在を主張するかのように、ゆらゆらと揺れる細い煙草。
こいつが、手紙に書かれた「使い」だというのか。
つまり、今回の手紙の宛先は、まさか、俺自身……?
「いやいやいやそんなわけねーだろ! 悪い冗談にも程があるぞ! その仮装は何のつもりだ、ビン!」
いつもの小屋で、いつもの封筒が空中に浮いている。ただしサングラスと煙草付きで。
封筒がサングラス🕶️かけたり煙草🚬咥えたりできるわけねえから、オプションも本体同様、もっともらしい位置に浮いているだけだ。まるで、どっかの園児が遊びで封筒にシールを貼ったみたいに見える。
「つべこべ言わずに返事をよこしてもらおうか。早くしねえと真っ赤な血を見ることになるぜ」
「そのキャラまだ続けんの?」
「少し時間をやる。そんじゃあひとまず、あばよ!」
光に目がくらんで、気がつくともう俺の部屋だった。
俺はベッドの上で、ヨガの「クジャクの羽根のポーズ」をとらされている状態だった。何故。
何のヒントもよこさないまま、また強制送還されちまった。
これじゃ、どこの誰に手紙を渡せばいいのか全然わかんねーじゃん! ふざけんな! ビンの人でなしーッ!(※人じゃないから悪口じゃない)
俺は「クジャクの羽根のポーズ」で高くそびえ立った自分の足の間から、手紙が入った封筒を抜き取った。まずは、文面を吟味せねば。
かなり物騒な内容だ。
この手紙の受取人となるべき人物は、ヤバい何者かに狙われている。狙ってるやつは警察と繋がりがある。
原因は、差出人が「手を引け」と書いている、「あの件」。だが宛先人は、簡単には手を引きそうにない——
ごくありふれた男子大学生の俺は、たった一枚の手紙で、いきなりハードボイルド満載な世界に引きずり込まれてしまったのだった。
🔷 🔷 🔷
ビンがよこすぐらいだから、俺の手に負えるレベルの案件のはずだ。
まずは、身近に何か不穏な話がなかったか思い返す。
……あった。
現に、雪澤さんと交際中の西田さんがその道のやつらにDV男の行方をリークし、男が両腕を骨折させられたことがあった。
DV加害者か、裏社会のやつらか。逆恨みか、あるいは口封じか。雪澤さんと西田さんを狙う「ヤバいやつ」がいる可能性は、ゼロではない。
「なあ、これ。またひどい手紙を配達する羽目になった。雪澤さんと西田さんのことじゃ、ない……よな?」
半分祈るような気持ちで、真聖に手紙を見せた。
できれば、俺の身近な人間に関わりのある話であってほしくない。もちろん、
真聖は手紙に目を通した後、記憶をたどるように、ゆっくりと答えた。
「あの時のガチな人たちは、ほとんどが警察の世話になったって西田さんが言ってた」
「でも、そこに書いてあるように警察にコネのあるやつだとしたら、わりとすぐ出てこれちゃうんじゃないか?」
「…………」
重い息を吐きながら、真聖は手紙を置いた。
「あの二人、籍入れたって」
「ほんとか!」
急にめでたい話を振られて、体が文字通り飛び上がってしまった。
「なんで教えてくんなかったんだよー。みんなでお祝いとかしないの?」
「大げさにしないでほしいって、店長が。でも、そだな、なんかしたい」
「だよな!」
一瞬晴れやかに見えた俺たちの空気は、またすぐにもとの重さを増し始めた。
「こんな時だから、余計に。あの二人に、少しでも悪いことなんか起きていいはずない。あの二人を傷つけるやつは、俺が許さない。俺にできることがあるなら、何だってやる」
おお、なんかカッコいいぞ、真聖。
「手紙の写真を西田さんに送って、心当たりがないか聞いてみる。
「わかった」
他に物騒な該当者なんて、いないはずだけどな。
西田さんから真聖へ、『今は心当たりがないが、念のため調べてみる』と、返信があった。真聖と二人で、明日、大学の講義が終わってからカフェに行って、西田さんに手紙の原本を見せることにした。
🔷 🔷 🔷
夜。俺のスマホに、知人から電話がかかってきた。
相手は、大学のサークルの先輩、
『明日サークル出るか?』
そう言えば、明日はサークルへ顔を出すように言われていたんだった。
「あー、すんません、ちょっと用事ができちゃって」
『え! なんだよ、来いよ! いやその、来てくれよ、頼むから!』
なんか様子が変だ。
「明日って、何かありましたっけ?」
『いや、えーと、来ればわかる! なあ、来るよな?』
やっぱり様子がおかしい。
いつもなら断るかもしれないが、このタイミングで何か不穏な動きがあるなら、看過すべきではない。俺のメッセンジャーとしての勘がそう告げている。
……って、なんじゃそりゃー。ハードボイルド脳か。
「顔出しだけでもしてくれば? 俺は先に行ってバイトしてる。何もなければ、実紘は後から来ればいいし」
真聖の提案で、講義の後はいったん二手に分かれることにした。
手紙の原本は、俺が持ってる。
サークル絡みだとしたら、それはそれで厄介なことになるかもしれない。
何故なら、俺が入ってるサークルは。
大勢が、多額の金を転がす所だからだ。
🔷 🔷 🔷
翌朝。
真聖と一緒に大学の構内に入った途端、知人から声をかけられた。
「
女子だ。長い黒髪にロングスカートの清楚系。
確か、最近サークルに入った、まだ部室で一回会っただけの人だ。名前は、「
「ごめん、今すぐ来て! 吉内くんが大変なの!」
「え、緊急ですか? これから講義なんですけど」
「サボっても大丈夫なやつでしょ? お願い! こっちだから!」
俺の返答も待たずに、由良さんは強引に俺の腕を引っ張ってせかせかと歩き出してしまった。
ここまでされては、さすがに断れない。俺は真聖に「一人で行って」と合図を送り、彼女と一緒に歩き始めた。
吉内さん。昨日の電話の時点でどこかおかしかったが、さらに事態が悪化したんだろうか?
「よっしゃー! 来た来た! 上がったァーッ!」
連れていかれたのはサークルの部室だった。
ドアを開けるなり、
「荻坂! いいところに来た! 今ドル円がめっちゃ買い目なんだよ! もっと突っ込まないと借金返せねえ! 頼む、お前の有り金貸してくれ! ぜってー増やして返すから!」
あー。確かに大変だ。
FXは絶対やらないと言っていたサークルの先輩が、ハマって借金までこさえてしまったらしい。
ここ「投資研究サークル」は、俺がこの吉内さんに入学早々強引に勧誘されて連れてこられたサークルだ。
もちろん、まだ学生の俺には投資を研究できるほどの資金なんてなかったが、「ちょびっとでも増やして遊ぶ金ができればいいんじゃね?」というユル活動、実質飲みサーみたいな所なので、なんとなく人脈作りのつもりで名前だけは入れておいたのだ。
中には投資にすげー詳しい先輩もいたし、吉内さんも面白い人だったしな。
ユルいながらも、ここには強固な鉄則がある。
「学費と生活費には手を出さない」と、「借金はしない、させない」だ。
まあ学生だから、中には遊び過ぎてピンチになるやつも多いけど、みんな、なんとか人生を棒に振るような一線は越えずにやっている――はずだった。
俺を引っ張ってきた先輩がその鉄則を破るとは、どういうことなんだよ。
「お前、株とインデックスで百万越えてるよな? 全部とは言わない、ちょっとでいいから崩して! 貸して!」
「えー、まず落ち着きましょうか。どこに幾ら借りて、いつまでに返さなきゃならないんですか?」
「あ、えーと、それは……」
吉内さんが、口ごもりながら動かした視線の先にいたのは、由良さんだった。
言いにくそうにしている吉内さんに代わって俺の質問に答えたのも、彼女だった。
「荻坂くん。『クリムゾン・オルカ』って知ってる?」
「何ですかそれ。ゲームの武器か何か?」
「え、お前知らないの? この大学で絶大な権力を握る、学生最大勢力だぞ!」
この大学に、そんな痛い名前の組織があったとは。
不良漫画じゃあるまいし、ヤバいやつらだからって大学の全員が知ってると思うなよ。
「そいつらに金借りちゃったんですか?」
「あ、ああ、そうなんだ……返さないと、かなりヤバくて、そんで……」
言いながら、わかりやすくチラチラと由良さんを見てる。彼女が関わってるのが丸わかりだ。
「そうなの。そうとうヤバい連中。荻坂くん、お願い! 少しでもいいの、吉内くんに貸してあげて……!」
「ヤバいって、相手も学生でしょ? 本物の借金取りみたいなことされるんですか?」
「何でもアリな連中よ。メンバーの身内に警察や弁護士がいるから、たいていのことは揉み消されてしまう」
そこで吉内さんが、また高速でスマホをいじり始めた。
「わーっ、待ってくれ、今! 今買いだから!」
俺は吉内さんの手からスマホをひったくった。
「うわッ! 何すんだ返せ!!」
「さっき売りましたよね? まだ買ってませんね? 吉内さんはもうFX禁止、いっさいの取引禁止! これ以上借金増やしてどーすんですか!」
「しっ、仕方ないだろ、他に今すぐ稼げる方法ねえんだから! これを見ろ! 俺の命がかかってんだぞ!」
吉内さんが、部室の隅にある机の上から拾い上げて、眼前に突き出したのは――見覚えがある、一通の封筒。
「今日、こんな手紙まで来ちまったんだよ! おっ、俺っ、殺されるかもしんねえ!」
「え!?」
手紙! ここで出てくるのか。
吉内さんが俺に見せた手紙は、まさしく俺がビンから預かった手紙そのものだった。
文面も、手書きではなくゴシック体でプリントされてるのも、紙の色や材質までそっくりだ。
俺がバッグから手紙を取り出すと、二人の顔色が変わった。
二通の手紙を並べてみると、細かい汚れや、折りジワの位置と形状まで同じ。
コピーなんて生優しいもんじゃない。全く同じ過ぎて、気味が悪くなるほどだ。
ビンが渡した手紙だから、俺は今更驚いたりしない。
でも、この二人は……
「何これ……! なんでもう一通あるの!?」
明らかに動揺しているのは、由良さんの方だった。
(※お題✉提供:📞久里琳様)
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