第三便✉(返信) 探偵の妻より愛を込めて(2)
今回は、差出人も受取人も、名前や素性がわかってるからマシな方だ。
「
でも、興信所の住所や電話を調べようにも、今の俺のスマホは元アイドルのスマホだ。下手にいじるわけにはいかない。
「よし。
あっさりと方針が決まった。
どういうわけか、毎回、俺の「メッセンジャー業務」は弟の真聖がキーになっている。ビンのやつが、そういう案件ばかり持ってきてる可能性もある。
だったら最初っから、俺じゃなくて真聖をメッセンジャーにすればいいじゃん。俺にはあってあいつにはないものが、何かあるのか? ……リアクションか?
「また探偵絡みだね」と、真聖は嫌な顔一つせずに引き受けてくれた。
幸い今日は二人とも、大学は午後イチで終わり。その後予定もなかったので、大学から直接「
興信所へは、真聖が自分のスマホで電話を入れた。
「我妻優さんという方から、我妻強さんあてのメッセージを預かってます」
電話に出てきたのは、優しそうな声の男の人だそうだ。たぶん、強さん本人だろう。
少し驚いた様子ながらも、俺たちと事務所で会えるように今日の予定を調整してくれるという。
電車を降りて、スマホで位置を確認しながら興信所へと向かった。
事務所らしき場所へ到着し、インターホンを押すと――突然、激しい音がドアの向こうから聞こえてきた。
俺の経験と照合するなら、何か冊子やファイルのような物が大量に落下した音だ。あるいは、それらを巻き込みながら、人間が床に倒れ込んだ音――
音がやんだ。数秒待つが、もう何の音も聞こえない。
追加のインターホンを鳴らしても、何の反応もない。
「すみません! 電話した
俺が呼んでも反応がないのを確かめて、真聖がドアを開けた。鍵はかかっていない。
中を覗くと、予想通り、床の上に散乱したファイルや小物の山が目についた。
その中に――うつ伏せになって倒れている、一人の人間の姿も!
「うわっ!! 大丈夫ですか!?」
事件は探偵事務所で起きている!
🔷 🔷 🔷
「すみません、大変お恥ずかしいところを……」
腰をさすりながら、探偵の我妻強さんがぺこぺこと頭を下げた。
座ってるのもつらいようなので、ソファに横になってもらう。
穏やかそうな人だ。あのLINEの文面を見る限り、奥さんにはそうとう尻に敷かれているんだろう。まあ、普段の夫婦の関係は今はどうでもいい。
問題なのは、たった今「ギックリ腰」と呼ばれる名誉の負傷を
「ガリツマちゃん」とかいう人に、女子とのトークスキルを伝授。
デート本番の尾行。
トークスキルの方は、ガリツマちゃんにここまで来てもらえば寝っ転がりながらできるかもしれないが、明日のデート尾行は無理だろうな。ギックリでヨロヨロの尾行者なんて、なんの役にも立たないだろう。
真聖が、バッグから湿布を取り出して「これ、貼りましょうか」と申し出た。お前なんでそんなの持ってんの?
二人がかりで腰にきれいに湿布を貼ると、強さんがひたすら申し訳なさそうにお礼を言った。
「うーむ、どうしたものか……」
横になったまま、スマホの文面に目を通した強さんから
「彼は服選びが難航してるらしくて。今日はもう、ここには来られないようなんです。本番は明日だし、私がこのザマでは、トークスキルについて落ち着いて話す機会なんて……」
と、強さんの目が、意味ありげに俺たちに向けられた。
「そうだ、お二人にお願いできませんか? ここの電話を使っていただいてかまいませんので」
「え? 俺たち?」
「お二人の方がよっぽど、若い女の子とのトークに通じているでしょう。お礼に、腰が直ったら焼肉でもご馳走しますよ」
真聖と顔を見合わせた。
「どうする? 焼肉は捨てがたいが」
その代わり、役に立てなければコークスクリュー・ブローだぞ、と目で合図を送る。
「あ、食べ放題じゃない、高級な方の肉です」
「「やります」」
二人揃って即答だ。
🔷 🔷 🔷
電話だと俺と真聖二人では話しづらいので、タブレットを借りてビデオ通話をすることになった。
画面の向こうに現れたのは……うん、前評判通り、ひょっこりはんだ。
ひたすら恐縮しているひょっこりはん、もといガリツマちゃんの後ろで、女の子がちらちら映っては何か言ってる。LINEに「ガリツマちゃんの服選びを手伝ってもらってる」と書かれてた、女子高生の
あまり長話をするわけにもいかないので、俺と真聖で思いつく限りのトークスキルを展開し始めた。
「相手はどんな子? よく喋る子なら、こっちは基本的に聞き役ですね」
「聞き役に大切なのは、しっかり話を聞いてるよという姿勢と、的確な
相槌の「さしすせそ」は、「さすが・実力ですね・知らなかった・すごい・絶対・センスいい・そうですね」といった、相手を持ち上げつつ会話をスムーズに運ぶためのワードだ。
「相手の会話を拾って質問するのもあり。質問は、答えがイエス・ノーで終わるやつじゃなくて、『どんな』とか『どうして』みたいな『ど』で始まるやつにすると会話が続きやすい」
「大切なのは、『基本褒める』姿勢と、何よりも『今、すごく楽しい!』オーラを振りまき続けることだな!」
画面の向こうのガリツマちゃんは、一生懸命メモをとっている。ソファの上の強さんは、「さすがですね、お二人ともモテるでしょうねー」と、早速褒め言葉を実践してくれた。
どれもトークスキルとしては初歩の初歩だな、たぶん。
相手がどんなトークを喜ぶかは、反応見ながらじゃないとわからない面もある。でも、何か指標がある方が落ち着いて場に臨めるんじゃないかな。
明日の本番、うまくいくといいな。
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せっかくなので、俺と真聖は翌日の尾行の方も手伝うことにした。ガリツマちゃんには悪いけど、本物の探偵気分でちょっとワクワクする。
翌日、午後七時ちょっと前。フランス料理店『
そこで待っていたのは、女の子一人だけだった。確か興信所の、
「せっかくトークのご指南いただいて、せっかくここまで来ていただいたのに、とっても残念なんですが……なんと、近くのイベントに本物の『ひょっこりはん』が現れちゃったんです! 相手の子、そっちを追いかけて行っちゃったんですー! ついさっき、『やはり本物は違う、尊い』って連絡が来て、もうそれっきり……」
ガリツマちゃんは、ショックのあまりフラフラと姿を消してしまったらしい。
俺たちは興信所へ戻り、強さんに事の
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すみません。ミッション・インコンプリートです。彼に新しい春が訪れますように。
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耀さんと三人で外へ出た。
服選びにかけたわたしの時間を返せー! と吠えまくる耀さんが少し気の毒で、俺と真聖は目を合わせ、こっくりと
「せっかくここまで来たんだし。俺たちと、何か食べに行かない?」
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帰宅する頃には俺のスマホが元に戻っていたので、どうやら俺の方はミッション・コンプリートのようだ。
その後、強さんがコークスクリュー・ブローをもらったのか、ご褒美の¢£%#&□△◆■をもらったのかはわからない。
今度焼肉をご馳走してもらう約束なので、真聖と一緒に、その後の話を聞けるのを、あと優さん本人に会えるのを楽しみにしている。
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