第二便✉(返信) 探偵は何度も生き返る(2)
「この手紙の文章、実は暗号になってるの」
「まるで、身勝手なDV男が逃げた奥さんに出した手紙みたいでしょ?」
「あ、はい。違うんですか?」
「DV男が書かせたのは確か。でも、書いたのは――正確に言うと代筆したのは、DV男に依頼を受けた探偵の、助手の人なのよ」
探偵の、助手。思わぬ人物の登場だ。
雪澤さんの話では、夫から逃げて身を隠した女性の行方を捜し出し、夫に報告する、人間のクズのような探偵がいるそうだ。
探偵は、DV被害者の行方捜索依頼を受けてはいけないことになっている。依頼人にDVの可能性がチラついた時点で依頼を断るべきところを、金さえ積めば適当な理由を付けて「正当な依頼」の形に仕立て上げ、引き受けてしまうらしい。
「私は、たまたまこの店に逃げ込んできた女性を、行政に連絡してシェルターへ行けるようサポートしたことがあるの。DV被害に遭った女性や子供は、行政に助けを求めれば保護を受けられる。でも、それを見越して男が待ち構えている場合もある。だから、この店を経由してシェルターへの橋渡しをすることにした。お客様には見られないように、この部屋や店の倉庫、私の自宅に
知らなかった。一歩間違えば、雪澤さんまで被害に巻き込まれてしまうのでは。
そんな彼女に、助け舟を出してくれたのが「探偵の助手」だった。探偵はクズでも、助手はまともな人だったらしい。
本当ならDV男も探偵もまとめて警察に突き出してやりたいところだが、探偵は法の抜け道を熟知しているし、DV男も賠償金や示談で不起訴となるケースが多い。被害者側は、情に訴えられると示談を受け入れてしまう。つまり、捕まえたところで前科すらつかない可能性があるのだ。
「私たちにできることは、相手を罪に問うよりも、被害に遭った人たちを守ること。だからこうして、助手さんが代筆を受ける振りをしながら暗号で情報を送ってくれた。
ここには、探偵が行方を突き止めた被害者の情報が書かれている。
子猫を連れて逃げてきた人。花屋で働いていた人。変装で老けメイクしてる人。配偶者と天文サークルで知り合った人。看護師だった人。指示したのに、まだ電話番号を変えてない人、SNSや住民票をブロックしてない人もいるのね。
アップルパイを焼いてる場合じゃない。今すぐ、この人たちの身柄を別の場所に移さないと」
「って、何人いるんですか? 大変じゃないですか!」
「心配してくれてありがとう。すぐに全員は無理だけど、一人ずつでも何とかやってみる」
「あっ、俺も手伝います! ボランティアとして雇ってください!」
その言葉は、何の思考もなく俺の口からするっと出た。
大変そうな、責任も重そうな仕事に、当たり前のように自分から名乗り出た。こんな経験は初めてだった。
ちょうどやってきた真聖が、「今日は俺、ずっといますんで」と、カフェ営業の方のサポートを申し出た。
🔷 🔷 🔷
雪澤さんは、まず行政の担当者に連絡。
現在シェルターにいる人への対応は担当者に任せるとして、雪澤さんは、シェルター外に身を潜めていて連絡先を知っている人たちへ、片っ端から電話やメールで連絡を取り始めた。
驚いたことに、隠れるのに疲れたとか、配偶者のもとへ帰りたいとか言い出す人が思いのほか多いという。子供を連れてこられなかった人もいるので、仕方がないのかもしれないが。
雪澤さんがすべきことのうち、相手の悩みを聞いてあげたり説得したりという、心理面のサポートがかなりの割合を占めているようだ。
連絡がついた数人を、担当者が指定する場所へ連れていくというので、俺も車の運転手兼見張り役という形で同行させてもらうことにした。雪澤さんが心理サポートに忙しいなら、それ以外の雑務を任せられる協力者がいた方がいいだろう。
事前に、問題の「探偵(悪役)」と「探偵助手(まともな人)」の顔写真を見せてもらった。二人とも、いたって真面目で信頼がおけそうな、ごくごく普通の男性だ。信用商売なんだから、当然か。
できるだけ相手を威圧しないように気をつけながら、雪澤さんと一緒に何人かの女性たちに会った。
怯えたような話し方をする人もいたが、ちゃんとハキハキ話す人もいて、やっぱりこの人たちもどこにでもいる普通のまともな人たちなんだ、と思う。
まともな人たちからまともな生活を奪う、DV加害者たちも許せないが、それを飯の種にする探偵も許せない。何とかして、やつらに
ボランティアとして動き回りながら、やつらを「罪に問うのが難しい」という話が、頭の中をぐるぐると回り続けていた。
それと、もう一つ。探偵助手が書いたという手紙が、なぜ本人の手からではなく、「封筒」と俺の手を介して配達されることになったのか、ということも。
助手の身に、何かあったのだろうか?
🔷 🔷 🔷
助手に何が起きたのか。
その答えは、その日のうちに雪澤さんが知るところとなった。
「え……自首した……?」
普段はドラマやニュースでしか聞かない単語が、雪澤さんの小さな口から洩れた。彼女はしばらく話した後で携帯を切ると、神妙な顔で俺の方を見た。
「例の、助手の人。西田さんっていうんだけど、今電話があって。手紙を書かせたDV男の両腕を骨折させたのは、彼なんですって……」
西田というまともな助手の人は、DV男の態度や言葉があまりに酷く目に余るので、DV男を追っていた「そのスジのもん」に居場所をリークし、痛めつけられるように仕向けたそうだ。
逃げ出したDV被害者と、それを助けた雪澤さん――彼女たちに対する女性蔑視・
西田さんの気持ちはわかる。俺も同じ立場なら、似たようなことをしてしまうかもしれない。
その後、何も知らないふりをして手紙の代筆を引き受けたものの、やはり彼自身の良心が許さず、警察で何もかも話すことにした。その前に、上司である探偵に見られてもバレないように、情報を暗号化した手紙を書き残して――
「手紙は、タイミング悪く上司が持っていってしまった、と言ってた。なぜか私の所に届けられて、西田さん自身とても驚いてた。
俺は適当に「わからない」ふりをした。
まさか、羽が生えた封筒に渡されたなんて言えないよなぁ。
雪澤さんは、まだ警察にいると思われる西田さんに手紙を書いた。
✉
西田さん、あなたのおかげで多くの人たちの身柄を移すことができました。
彼女たちがこれ以上被害に遭わないように、危険を
ありがとう。
✉
雪澤さんの地道な救済活動と、西田さんの供述。
彼らの静かな戦いが実を結び、事態が少しずつ改善――と言いたいところだが、残念ながら、
それは、あまりにも悔しい。それに、また同じことが繰り返される。
DV被害者が逃げられなくなるという、負の連鎖がずっと繰り返されてしまう。
🔷 🔷 🔷
「おい、封筒! 聞いてんだろ?」
自分の部屋で、俺は空気に向かって声を上げた。
「俺を召喚できるなら、他のやつもできるよな? こっちの世界じゃ十分に裁けないひどいやつを、ルブルムドラゴンとかがうじゃうじゃいるあのマップに放り込むことはできないか?」
答えはない。
「まあ、難しいかー。できないんなら仕方ないかー」と言うと、『できますけど?』と、ちょっとイラついた感じの答えがあった。姿は見えない。
『その代わり、「封筒」って呼ぶのやめてくださいね。可愛さのかけらもありませんのでね』
「じゃあクソ封筒」
『もっとダメです! 手紙にちなんで、私のことは
「おい、クソ
『今、同じ意味の言葉二回言ったでしょ!
などと、まるで小学生みたいにあの物体が何度も飛び回る会話を交わしてしまったが、俺から封筒、もとい
つまり――
「ぎゃああァーッ!! だっ、誰かァーッ!!」
例の「探偵」が、ルブルムドラゴンたちに追い回され、メガトンテイルで吹っ飛ばされ、フレイムブレスで黒焦げになる間、俺はいつもの小屋でのんびりとくつろいでいた。
探偵には、召喚時にスキル「オートレイズ」を付与してある。
つまり、何度「戦闘不能」になっても、自動で生き返るのだ。ただし瀕死状態で。
人の痛みがわからんやつには、身を持ってわからせてやるまでだ。
しばらくこのマップで、何度もモンスターに襲われ何度も生き返りながら、現世では味わえないレベルの痛みと恐怖を存分に味わうがいい。雪澤さんと西田さん、大勢の被害者たちの痛みを思い知れ!
数日後。マップから帰還した探偵は、西田さんと同じように警察へ自首し、自分の犯した
探偵は廃業。西田さんはその後もDV被害者支援の仕事を続けることになり、雪澤さんのカフェにもまめに顔を出すようになった。
雪澤さんと話している様子を改めて見ると、なんだかちょっと、いい雰囲気のような……。
「なあ、雪澤さんの彼氏って、ひょっとして……」と
「そうかもね」と、ちょっと得意そうな顔で答える弟なのだった。
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