第二便✉(往信) 探偵は何度も生き返る(1)

 ✉


Dear 子猫ちゃん


 ハァイ♪

 久しぶりだね、My honey。キミのことをこう呼ぶのは、3年ぶりカナ?

 この手紙を読んで、キミはびっくりしているだろうネ。


 キミと別れてから、僕がどんなに寂しかったか……キミにはきっとわからないと思う。キミを想ってどれほどの涙を流したことか、キミはきっと想像すらできないだろう。

 もちろん、別れのきっかけが僕にあるってことは、わかってる。でもね、あれはほんの、気まぐれなんだ。いっときの戯れ。魔が差した、ってやつ。悪い魔女に魔法をかけられたんだと僕は思ってる。

 僕は今でもキミを深く愛しているし、キミだって本当はそうだろう。たった3年じゃ、僕らの愛の炎は消えたりしない。それどころか、ますます深く熱く燃え滾っているよ。


 本当なら今すぐにでも、真っ赤な薔薇の花束と甘いキスを携えてキミの元に駆けつけていきたい。でもね、あいにく僕は今、両腕を骨折して入院中の身なんだ。だからこの手紙だって、代筆してもらってるって有り様。我ながら情けないよ。今すぐにでもキミをこの両腕で抱きしめたいのに。。。


 だから、キミの方からこっちに来て欲しい。薔薇の花束なんていらない。キミだけ来てくれれば、それでいい。(でも、甘いキスは欲しいカナ笑)

 会えない時間が愛を育てるって、よく言うだろ? でももう、3年だよ。意地を張るのもいい加減にして、そろそろ素直になってもいい頃だ。電話番号を変えたり住民票やSNSをブロックしたり、そんな馬鹿げたことはもうやめて、また僕と元のように暮らそう。


 3年経って、キミは少し老けたかもしれない。でもそんなこと、気にしないよ。恥ずかしがる必要なんてない。だって僕は、キミの心の美しさをわかっているからネ。


 満天の星空を眺めながら、僕はひとり、味気ない病室でキミを待っています。(でも、早く来ないと看護婦さんとイイ感じになっちゃうかもよ? なんてネ笑)


 永遠にキミだけの王子様、より。


P.S. もうすぐリンゴの美味しい季節だネ。キミの焼いたアップルパイが懐かしいよ。ぜひ一緒に食べたいな。


   ✉



「え、何コレ。こわ」


「手紙」を読み終えた後の、俺の第一声がこれだった。


 もちろん、これは俺宛てに書かれた手紙ではない。宛名の「Dear 子猫ちゃん」とやらに、俺が届けなければならない手紙、なのだそうだ。


「やっぱり怖いですか~?」


 俺の斜め上を、羽が生えた白い封筒がひらひらと飛んでいる。


「だってこれ、どう考えてもストーカーじゃん。住民票とか言ってるからDV夫か。犯罪臭しかないわ。両腕骨折なんてしてるあたり、ひょっとしたら何かヤバい案件でしくじって、そのスジのもんに痛めつけられたのかもしんないし」

「ふむふむ、なるほどー。いい線行ってるかもですねー。その調子で、どんどん考察しちゃってくださいねー」

「って、なんで俺が見ず知らずの人間の事情を考察しなきゃなんねえんだよ」

「差出人と宛先人のことを知る。これがメッセンジャーに必要な、大事な資質だからです!」


 どやァ! と、紙製の薄っぺらい胸(?)を張る。


 何の因果か、俺はこのムカつく「手紙の精」とやらに、手紙を運ぶメッセンジャーに指名されてしまった。

 運ぶ手紙には、返信も含まれる。つまり、確実に往信を届けた後、相手に返信を書いてもらってまた届けないといけないのだ。たとえ相手が「DV夫(たぶん)」と「その被害に遭った気の毒な妻(たぶん)」であっても。


 前回は、

「差出人→ブルジョワビッチ・シモカタリーナ(略称ブルーナ)」

「宛先→青木部長」

という、明確な事前情報があったのに。

 封筒いわく、不明の場合はこっちで探し出さないといけないらしい。


「なんでそんな探偵まがいのことまで!」

「やらないと、お手紙渡せませんねー。渡せないと、勇者・実紘みひろの冒険チュートリアルを始めなきゃいけませんねー。小屋の外にはうってつけのモンスターがうじゃうじゃいますよー。何なら今すぐにでも!」


 まるでタイミングをはかったように、轟音と大激震が俺たちがいる小屋に襲いかかった。

 姿は見えないが、確実に、小屋の外に恐ろしい何かがいる。

 既にヒビが入った窓ガラスがパンッ! と破片を飛ばし、その隙間から火炎放射器のように炎の熱風が飛び込んできた!


「うぎゃあぁあっちぃィッー!!」

「どうやら皆さん、獲物、もとい主人公の登場が待ちきれないご様子。このフレイムブレスはルブルムドラゴンですね!」


 ボス級除けば最強クラスじゃねえか!

 今ので俺の前髪がちょびっと焦げた気がする。いっそこの封筒を燃やしてくれよ。

 あ、今は困る。俺が現世に生還した後な。


「さて、この配達。引き受けてもらえますかー?」

「やりゃーいーんだろ! チクショー!」


 振動で、天井から木片や粉塵がバラバラと落ちてくる。

 俺にはゲームのようなコマンド選択など存在しないのだった。



 🔷 🔷 🔷



 ゲーム世界から自分の部屋に帰還すると、右手には一通の封筒があった。今度はゲーム上のメッセージではなく、ちゃんと手紙の現物を扱うらしい。


 破り捨てたい衝動を抑えつつ、どうやってこいつを届けるべきかと思案に暮れる。


 近隣の病院で、両腕骨折患者が入院しているかどうかを聞いて回るか?

 いや、そんな情報を俺なんかに教えてもらえるとは思えないし、仮に該当者を見つけたとしても、そいつは差出人であって受取人ではない。


 そうだよ。何で俺が手紙こいつを届けなきゃいけないんだ?

 この手紙は、DV夫(たぶん)と、やっと逃げられた気の毒な女性(たぶん)を、再度繋げてしまう。受取人にいらん恐怖を与えてしまうだけだ。


 この配達に、意味はあるのか?


 前回の「配達」を思い返す。あれには意味があったはずだ。少なくとも、双方の心を少しでも軽くし、さらに親交を築くだけの意味があった。


「意味がない」と決めつけるより先に、できることがあるならやってみる価値はあるのかもしれない。


 リビングへ行くと、身なりをさっと整えて上着を羽織ろうとしてる真聖まなとがいた。トートバッグの中にはバイト先の制服。これからバイトへ行くのか。


「難しい顔してる」


 真聖が俺を見て言った。


「また配達頼まれた?」


 真聖の視線が、俺の右手の封筒に固定される。


「封が開いてるってことは、実紘も中の手紙を読んで、その上でどうすべきか考えてる。違う?」

「……合ってる」


 こいつはいつも温度低めで陰キャと呼ばれてるやつだけど、この冷静な声に何度落ち着かせてもらったかわからない。

 今も、俺の現状を理解してくれるやつがいるというだけで、不思議と気が楽になってきた。


「今度は相手の居場所どころか名前もわかんなくてさー。なんでこっちが探偵みたいに探し回らないといけないんだっての。ヒントも全然ないし、いっそ本職の探偵に頼むか? でも、そうすると俺が金払わなきゃいけないんだよなー」

「探偵……」


 今度は真聖が難しい顔をする。


「その手紙、俺が読んでも大丈夫?」

「え? まぁ、前回も読んでもらったし、特に禁止とかされてないから大丈夫だと思うけど。バイトの時間じゃねえの?」

「まだ時間ある」


 手紙を一通り読んだ真聖は、手紙を持ったまま、バッグを抱えて玄関の方に歩き出した。


「バイト、実紘も一緒に来て」

「へ? なんで?」

「うちの店長が、男と探偵がらみでトラブルを抱えてる。最近、『両腕骨折で入院』って誰かと話してるのも聞いた。店長に聞けば、何かわかるかもしれない」


 マジか! やっぱり持つべきものは真聖だな。

 もともとヒントなんて皆無に等しいんだ。無駄足でもいい、とにかく行くだけ行ってみるか。



 🔷 🔷 🔷



 真聖のバイト先は、落ち着いた雰囲気の穴場的なカフェだ。

 俺も、テスト勉強なんかで時々利用させてもらっている。


 他の客も、仕事や勉強で利用するおひとり様が多い。コーヒーの香りが漂う、とても静かで安らげる空間。さりげなく流れるピアノのBGMが、ちょうどいいボリュームで耳に心地よい。


 もちろんコーヒーやデザートも美味いし、なんと言っても店長が美人だ。化粧薄めの素朴なタイプで、笑顔を向けられると「また来よう」と思わずにはいられない魅力がある。


 以前、真聖に「さては店長目当てだな?」とからかうと、「店長彼氏いるから」と、あっさり返されてしまった。そりゃまあ、いて当然だよな。


 その店長が、男と探偵がらみでトラブル? 何があったんだろう。


「これ、雪澤ゆきざわさんに関係あるかもしれない。読んでもらえますか」


 雪澤店長を裏の休憩室に呼び出して、真聖は手紙を差し出した。


「実紘が、知らない人から配達を頼まれました。封は最初から開いてました。誰に渡せばいいのかわからなくて、すみませんが中身読ませてもらいました」


 雪澤さんの目元が険しくなった。俺の方を見たので、慌てて弁解めいた言葉を並べてしまう。


「読んでしまってすみません。あの、あまりいい内容ではないと思いますが、俺たち絶対他言しませんので……ええと、しばらく向こうに行ってますね」


 手紙を渡し、真聖と一緒に部屋を出ようとすると、「ごめんなさい、待って」と呼び止められた。


「二人に何の非もないことはわかってる。ただ、一人で読むのはちょっと心細くて……悪いけど、読み終わるまでここにいてもらってもいい?」


 断る理由なんてない。

 俺たちは、彼女が手紙を読むのを黙って待った。


 最初、彼女は目を見開いて食い入るように読んだ。時々震えが起きて、呼吸が乱れる。その度に、軽く深呼吸して立て直し、目を手紙に戻す。


 やっぱりこの人が、宛名の「子猫ちゃん」なんだろうか。差出人は元彼か、旦那か。

 そうであって欲しくない。

 でも、彼女が焼くアップルパイは、確かに絶品なのだ。


 読み終えた雪澤さんは、大きく息を吐くと、俺と真聖に向かって深々と頭を下げた。


「手紙を届けてくれて、本当にありがとう! あなたたちのおかげで、たくさんの人を助けることができます……!」


 どうやら、この配達に「意味」はあったようだ。


(※お題✉提供:🍻霧野様)

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