第一便✉(返信) 男子大学生、異世界に召喚される(2)
俺はリビングのソファで眠っていたらしい。
目の前に、いつものようにあぐらをかいてゲームに興じている弟がいる。
「あれ、俺、どんだけ寝てた? ってか、今何時?」
「わりー、俺すっかり寝ぼけてるわ。『国際』のレポートって、明日提出でいいんだっけ?」
「教授にメール提出。
「あ、そうか……。じゃあ『情報』だっけ、明日出すのって」
「明日でもいいけど、最終期限は一週間後」
「ほんとか! よかったー。俺、出しそこねたかと思って焦ってさー……」
そこで、急に思い出した。変な夢を見たことを。
「あ、そうだ聞いて! 俺変な夢見たの! ゲームの世界にいきなり召喚されちゃってさー。モンスターとかもいてさー。しかも召喚したのって、召喚士でも魔導士でも大賢者でもなく、ふわふわ飛んでる白い封筒なんだぜ! ウケるー……」
その時、俺はテレビ画面を見て驚いた。
その色は、このゲームのセーブポイントであることの
今目にしているのはまさに、俺が夢で封筒に
「あ、そう、これ! 俺、この部屋に召ばれたの!」
「ふーん。ここ、さっき着いたばかりの最終セーブポイント。ここを出たら、今までの
ん? 俺、この場所見るの、今が初めてだよな?
予知夢ってやつを見ちゃった? なんかすごくない?
「なんかメッセージ来てる」
白い封筒のマークだ。
現れたメッセージは、
『青木部長
拝啓
時下ますますご清祥のこととお喜び申し上げます――……(以下同文)』
「あーっ! この手紙ー!!」
俺が夢の中で見た文面、そのまんまだった。社畜リーマンのトラック転生記。
ここまで完璧に文面が同じってことは。
ひょっとしてあれは、夢じゃない、のか?
俺、あの封筒に、この手紙をどうしろと言われたんだっけ?
確か、手紙を渡してくれ、と言われたんだ。手紙の宛名の、「青木部長」に。
渡さないと、もう一度この場所に召喚すると言ってた。さらに、強制チュートリアルを始めると。
このゲーム世界に行くということは、自分がゲームキャラになるということだ。
下手すりゃ、初期レベルのまま
(下手なプレイヤーだと、何度も痛い攻撃食らって何度も死にます)
あのちょっとイラつく声が、この上なく不吉な声に思える。
「このメッセージ、なんか俺が書いたことになってる。バグかも」
画面を見ると、確かに
……あれ。
『ブルジョワビッチ・シモカタリーナ』
「そのクソダサネーム、付けたのお前かよー!!!!」
俺の「今日一番の叫び」が更新された。
「別になんだっていいじゃん」
「よくねー! そんな名前で次世を生きることになった憐れな社畜リーマンの、声にならない叫びを聞けーッ!」
俺は、あの世界に召喚された時のことを
「え、まじ。異世界転生って、ゲームキャラになってプレイヤーにこき使われることだったの」
「色んなケースがあるのかもしんないけど、考えてみると、ゲームのために造られた世界だもんな。キャラを動かすのはあくまでもプレイヤー、もしくは運営。キャラが勝手に動いたら、バグとして処理される。この手紙も、ほっといたら消されるかもしんない」
二人で、もう一度手紙の文面を読んだ。
「これ、社畜リーマンが、制約の中でやっと書き上げた手紙だったんだな。なんとかして渡してやんねえと」
「思ったんだけど」
「青木部長にゲームのアカ作ってもらえば、この未送信メッセージを送信できるんじゃないの。で、俺宛てに返信してもらえば、たぶんブルーナにも届く」
「略称それ? 白うさぎ感満載だな」(わからない人は「ブルーナ」検索してね)
「でも、どうやって青木部長を捜し出して連絡とればいいんだ?」
すると、またもピコンと白い封筒マークが出現した。
メッセージボックスを開くと、また新たな未送信メッセージ。
そこに書いてあったのは、青木部長のSNSのアカウント。ご丁寧にも、クリック一つで飛べるようになっていた。
「ブルーナの前世って、SEか何かだったのかな。
その後、ゲームアカを作った部長にブルーナの手紙を送信し、無事に手紙の返信を受け取ることができた。
✉
拝復
お手紙謹んで拝読致しました。
この度の御身のご不幸に大変悲嘆にくれておりましたところ、今は異世界という場所でご健勝とのこと、心よりお喜び申し上げます。
こちらの業務は滞りなく進展しております故、どうかお気になさいませんよう。
異世界での、今後の益々のご活躍をお祈り申し上げます。
失礼ながら、最後に一つだけ。
私もそこへ行きたいのですが、猫を助けてトラックに轢かれれば行けるでしょうか。
敬具
天晴様(※てんせいと読むらしい)
✉️
「まずいなー。ほっとくとこの部長、自分からトラックの前に飛び出しちゃうかも」
「またブルーナから手紙が来てる」
そこには、
『青木部長。自分はもう五回もラスボスに倒されて死んだ挙句、レベル上げのための武者修行と最強武器生成のための素材集めの旅に出ることになりました。人の生まれと同様、ゲーム転生も、どんなゲームでどんなプレイヤーに使われるかは自分で選べないのが常なのです。真っ当に人の世を生きておられる部長にはお薦めできません』
と書かれていた。
「
「そこがいい、ってコアなユーザーには評価されてるけど、ライトユーザー向きじゃないのは確か。俺も、プレイするのは好きだけどキャラになって実際に炎に焼かれたり八つ裂きにされたりするのは勘弁」
メッセージボックスを閉じると、同じ素材を千個集めるために同じクエストをこなし続けてヘロヘロになっている勇者パーティーの姿があった。ブルーナのローブも心なしかヨレヨレだ。
余談だが、その後青木部長は転生をやめてプレイヤーとしてこのゲームを始めた。もと部下の
こうして、俺はなんとか双方の手紙を渡すクエストを終えて、強制チュートリアルとやらに放り込まれずに済んだのだった。
……ってことで、いいんだよな?
「でも、これってほとんど
「俺より
「色んなものって何?」
「さあー、何でしょうねー?」
空耳かもしれないが、どこからか、ちょっとイラつく封筒の声が聞こえてきたような気がした。
ぱたぱたと、のんびりとした羽音まで。
「手紙が繋ぐのは人の縁。手紙が紡ぐのは人の物語。
大切な言葉を乗せた手紙は、誰にでも配達できるものではないのです。
というわけで、また、別のお手紙もお願いしちゃいましょうかねー?」
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