<企画作品>新米メッセンジャー荻坂実紘と白い手紙の精

黒須友香

第一便✉(往信) 男子大学生、異世界に召喚される(1)

 

実紘みひろさ~ん。荻坂おぎさか実紘みひろさ~ん。生きてますか~?」


 誰かに名前を呼ばれ、俺の意識が勢いよく覚醒した。一言で言えば、目が覚めた。


「あれ……もう朝?」


 今日は何日だっけ。大学は何限からだっけ……と、いつもスマホを置いてる方向に手を伸ばす。そこにあったのは、いつものベッドとは違う、ひんやりとした固い床の感触。


 なんだ俺、ベッドで寝てないじゃん。ゆうべ飲み過ぎたか……

 いや待て。ゆうべは飲んでねえぞ。それに、確かレポート提出のために大学に向かってて……あのレポート、どうした? ちゃんと出したか?


 ヤバい。単位落としちまう!

 ガバッと飛び起きると、背中やら頭やらのにぶい痛みと同時に、またも聞き慣れない声が脳天に響く。


「よかった、ちゃんと生きてましたね!」

「うわッ!?!?」

「召喚、大成功です!」


 痛みと同時に俺の身体も吹っ飛んだ。わかりやすく言えば、条件反射的にその場から瞬時に離脱をはかったのだが、背中を固い場所にぶつけて新たな痛みに「グげッ」と変なうめきが出た。


「なに!? なんだよ!?」


 俺の部屋じゃない!

 小さなランプが点いてるだけの、寂れたログハウスみたいな場所だ。


「ここどこ!?」

「あなた方が好む言い方で言えば、『異世界』という所ですー」

「なに!? なんか飛んでる!!」

「ちゃんと認識してくれて嬉しいですー。今まで召喚した人、なかなか私の存在に気づかない人が多くてー」


 目の前をひらひらと飛んでいるのは、一枚の「封筒」だった。

 真っ白で横型の。「手紙」のイラストを検索したら、真っ先に鳩にくわえられて出てきそうな。冠婚葬祭でしか使わなさそうな。

 ✉️←こーゆうやつ。


 その封筒が、白い羽根をぱたぱたさせながら、目の前でホバリングしてる。


「異世界モノらしく、ちゃっちゃと話を進めちゃいますねー。荻坂おぎさか実紘みひろさん、あなたには重要な使命があると私が判断しましたので、こちらの世界に召喚いたしました。使命とは、そう、他でもない――」


 異世界!

 まさか、魔王を倒せとか言うんじゃねえだろうな!?


「あ、魔王は今、別の人たちが討伐に向かってるので間に合ってますー。実紘みひろさんには、その勇者パーティーに参加中のブルジョワビッチ・シモカタリーナさんがしたためたお手紙を、あなたの世界にいる人に渡していただきたいんですよー」

「え、なにその超絶変な名前」

「ここは異世界、つまりゲーム世界です。プレイヤーに適当に変な名前をつけられても逆らえないんです。しかも途中でいきなり名前やジョブや外見までチェンジさせられるし、何度も旅の最初からやり直す羽目になるし、下手なプレイヤーだと何度も痛い攻撃食らって何度も死にます」

「え、なにそれ。地獄じゃん」

「なのに、ゲームが好きだからゲーム世界に転生して無双してウハウハしようだなんて考える、甘いやからのなんと多いことッ! 自分があくまでゲームキャラで、プレイヤーの手のひらの上だということも知らず! 更に言えば、プレイヤーは運営の手のひらの上です! だいたいチートスキルなんて付与したらゲームバランスが崩れてつまんなくなって低評価の嵐になるのが目に見えてるのに、都合よく綺麗な女神様から授けてもらおうだなんてですね――」


 これ、ほっといたら長くなるやつだ。

 俺は「羽が生えた封筒」のトークを強制終了することにした。


「話進まねーじゃねーか! いいからとっとと元の世界に帰してくれ! レポート出さなきゃやべーんだよ!」

「帰してもいいですけど、手紙、ちゃんと渡してくれます? 渡してくれないと、また何度でも召喚しますよ? さらに、実紘みひろさん主人公の強制チュートリアル始めちゃいますよ? この部屋を一歩出れば、外には強ーいモンスターがウジャウジャいますからねー」


 思わず、小屋の窓の外に目を移す。

 外は真っ暗だ。「モンスター」という単語のせいで、不気味な闇がうごめいているように見える。遠くから、風だか咆哮ほうこうだかわからない、何だか恐ろしい音も聞こえてきたような……。


 と思ったら、いきなり凄まじく鋭い音がして、窓ガラスに何本もの亀裂が走った。

 続けてドスン! ドスン! と、何か獣のようなものが壁にぶつかる音。地響きのような振動。

 モッ、モンスターだーッ!!


「わーった、渡す、渡すから!」

「渡すだけじゃダメですよー。メッセンジャーのお仕事は、手紙をポストに突っ込んでハイおしまい、ではないんです。相手がちゃんと読んでくれて、お返事書いてくれて、それをまたブルジョワビッチ・シモカタリーナさんに届けてくれるまでがワンセットなんです」

「ハードル高いな! 魔王討伐中のやつにどうやって――」


 突然、視界が真っ白になった。

 空飛ぶ封筒も、暗い小屋みたいな場所も、何も見えなくなった。

 どこからか、封筒の飄々ひょうひょうとした声が聞こえてくる。


「宛先は手紙に書いてありますからねー。ではでは、ブルジョワビッチ・シモカタリーナさんのお手紙、配達よろしくお願いしますー」


 質問まだ途中だったのに、ムカつく封筒に使命とやらをぶん投げられた。

 こうして俺は、無理やりメッセンジャーの仕事を引き受けさせられることになったのだ。


 知りたくもない手紙の文面が、俺の脳内に視覚情報としてズラズラと流れ込んできた。



 ✉


 青木部長


 拝啓


 時下ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。突然のお手紙にて驚かれたことと思いますが、なにとぞご容赦ください。


 まずはこの度の無断欠勤と、返信が遅くなりましたこと、決算前の多忙な時期、なにより部長には大変なご迷惑をおかけしたこと、心より深くお詫び申し上げます。


 私の携帯電話に部長よりおびただしい着信があったことはもちろん承知しておりました。それに対して返信できなかったことは故意ではなく、ひとえに私のおかれている環境のせいです。


 信じられないかもしれませんが、私は今『異世界』というところに来ております。


 その日の夜、十日以上続いた深夜残業で終電を逃した私は、徒歩にて帰途についておりました。その途中、車道の真ん中で震えている子猫を見つけたのです。私はかつて猫と暮らしていたこともあり、どうしても見て見ぬふりはできませんでした。そしてその子猫を助けようとしたところを、トラックにはねられたようなのです。


 気づいたときには『異世界』にきておりました。そこは現代日本とはまるで違う、中世ヨーロッパのような世界です。


 剣と魔法の織り成す世界に、最初こそ戸惑いましたが、私には趣味のゲーム知識がありました。今では仲間も増え、魔王討伐に欠かせないメンバーの一人として、せわしなくも充実した日々を送っております。


 いつそちらの世界に戻れるのか分からないので、もうしばらくこちらの世界で頑張ってみようと思います。


 部長には大変お世話になりましたが、私の現状をご理解いただければ幸いです。無事に暮らしておりますので、これ以上の心配も御連絡も無用と存じます。


 またまことに勝手ながら、このまま会社にご迷惑をおかけするのも心苦しく、私のことは気にせず退職の手続きを進めてください。


 最後になりますが、部長と会社のますますのご発展を祈念し、お別れの御挨拶とさせていただきます。


 敬具


 ✉



 あーなるほど、社畜リーマンのトラック転生ね。よくあるやつね。テンプレは話がわかりやすくて助かるわ。


 と、それはどーでもいいんだけど。


 宛先が「青木部長」だけで、住所も勤務先もなーんも書いてねーじゃん!

 どーやって渡せっつーんだよーッ!!


 今日一番の叫びを上げると、

実紘みひろ、何やってんの?」と、弟の冷たい声が聞こえてきた。


(※お題✉提供:🚩関川二尋様)

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