第2話 白い羽

 山の頂から集落まで空を移動する途中、父が重い口を開いた。


「あれは、あの方達はおそらく天使族だ」

「天使族……?」

「お前も知っておるだろう。この世界を作った神の一族の傍らに在る、天使族の言い伝えを」

「はい。口伝で聞きました」


 古くから鳥人とりびとの口伝で伝わっている話に、天使族が出てくるものが幾つかある。地上に降り立った天使族がもたらすものは、大いなる豊穣だというものもあれば、塵も残さぬ破壊だというものもある。

 だがいずれの口伝にも、決まって同じ一文があった。


「でも、神も天使族も、この400年の内にその姿を見たものは存在しないと……」

「そうじゃな。じゃが、ガルーバンよ。口伝が残っている以上、400年より前には見たものがいるということではないか?」

「ああ、そうですね。確かに……」


 ガルーバンは降りてきた山の頂を振り返り、うるさいほどに人懐っこかった子供のことを思う。

 天使族だろうが何だろうが、母の死をたったひとりで看取るあの幼子は大丈夫だろうかと心配になったのだ。

 だが、女の最期の願いを踏みにじるようなことは、ガルーバンにはできなかった。

 それから3日経ち、父とふたりで山頂の建物に向かったガルーバンは、そこにあの女の姿がないことに驚いた。

 死体すらないというのが、鳥人であるガルーバンには信じられなかったのだ。

 ガルーバンの目に映ったのは、純白の羽根が2枚と、その羽根のそばですやすやと眠る子供の姿だけだった。


「あの女がいない……」


 子供を起こさないように気を付けながら、父にそう囁いたガルーバンの目の前で、真白き羽が風もないのにふわりと浮いた。

 美しい光景なのに背筋がぞくりとしたのは、まだ幼かったガルーバンにも、女の母親としての執念のようなものが感じられたからかもしれない。


 ――そうか、あの羽は……。


「天使族、か」


 ガルーバンの後ろに立った父が、ぽつりと呟いた。もうあの女はいないというのに、羽に向かってそっと跪いた父に習い、ガルーバンもその場に跪いた。


「この子も幼いとはいえ、紛れもなく天使族の血を引くものじゃ。ガルーバンよ、ゆめゆめ忘れるでないぞ。我が一族にお迎えし、鳥人と等しくお育てるするのは神の意志じゃと」

「う、うん」

 

 いつになく厳しい父の口調に、ガルーバンは天使族というものがよく分からないながらも、「うん」と答えた。

 女はガルーバンに子供のことを託した。それをガルーバンは引き受けたのだ。

 引き受けたからには、子供が鳥人の一族の中で生きていけるよう、自分が手を尽くさなければならない。


 ――死なせたりするもんか。


 顔を上げて純白の2枚の羽を見つめながら、ガルーバンはそう強く決意した。


 

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