ガガルーパンと宝物
第1話 ラキとの出会い
ガルーバンが初めてラキを見たのは、自身の6歳の誕生日のことだった。
父に呼ばれて連れて行かれたのは、山の頂上近くに古くからある岩窟の住居だ。そこはこの村の中でも1番広いのだが、父の代になって使用しなくなったはずの後宮であり、中にいたのは見たこともない美しい女と子供だった。
神々しいほどに美しい母娘ではあったが、女が父の愛妾だなどとは、ガルーバンは微塵も考えたりしなかった。わずか1年ほど前、病床に倒れた母のことを、父がまだ変わらず思い続けていることを知っていたからだ。
息も絶え絶えな女の枕元には、1枚の羽根が置かれていた。
女と子供の背にある透けるほどに薄い羽は、わずかな光でもその色合いを変えて虹色に輝いているが、枕元に置かれた羽根は形状は母娘のものと同じなのに、一点の曇りもない純白だ。その羽は飛ぶことに特化した
幼いながらガルーバンは、母娘に畏敬の念を抱いた。
だがそんなガルーバンの内情になどまったく頓着せず、白い肌にふわふわとした雲のような金の髪と空の色の瞳を持ったその子供は、ガルーバンめがけて体当たりしてきた。
「あうーっ」
「えっ?」
にこーっと無邪気な笑みを向けてきた子供にガルーバンが戸惑いを隠せないでいると、横になったままでもう起き上がることもできない様子の女の頬に涙が流れた。
「ラキ、その子が気に入ったの?」
「あう?」
女の声はあまりにも細かったが、それでも凛としており厳かで、何の説明もなくガルーバンを跪かせるほどの力を持っていた。
「そなたの、名は?」
「ガ、ガルーバン」
「儂の倅ですじゃ」
ガルーバンの父、一族の長であるトウキもまたガルーバンの左隣に跪づいた。
父のそんな姿を見たのは当然初めてのことで、ガルーバンは自身の行動が間違っていなかったことにホッとする。
跪いたガルーバンの背中に、翼を掴んでよじ登って、「きゃーう」と喜んでいる子供のせいで、まったく格好はつかないが、女が嬉しそうなのでガルーバンはそれで良いことにした。
「そうか、ガガルーバン」
「ち、ちがう、ガルーバン」
「こ、こら、ガルーバンッ!」
そもそもは、どもった自身が悪かったのだろう。弱っている女に対し、ムキになって否定することもないかと思いつつも、まだ幼いガルーバンは名前の間違いだけは譲ることができなかった。
「トウキ、良いのだ。ガルーバン、か。悪かったな」
ガルーバンを咎めた父のことを制し、くつりと笑いながらも女はガルーバンに謝ってくれた。
病床にありながら、小さな花が咲いたような笑顔だった。
「っ!」
痛みを堪えているのか、しばらく口唇を噛みしめる動作を繰り返した後、女はガルーバンの名を呼んだ。女の顔からは、笑顔も苦痛も消えていた。
「ガルーバン……未だ文明を知らぬ愚かな一族の未来を担う者よ。この世の不穏な流れに気が付かず、また今後も知りうるすべも持たぬ、蛮族の民の長となるものよ。そなたたちは突然迷い込んだ我らに手を差し伸べ、よう尽くしてくれた。自然と共に生きる、慈愛に溢れたそなたたちに、我らの宝物を託したい」
まるで何か得体のしれないものが、女の体を使って話しかけてくるかのようだった。
その時のガルーバンには、先ほどまでとはまるで違う低い声で、女が紡いだ言葉の半分も理解は出来なかったが、女の言う「宝物」が、ガルーバンの背中で遊ぶ子供のことであることは、なぜだか分かった。
「ガルーバン、娘を、ラキを、頼んでも良いか?」
「は、はいっ」
ガルーバンの返事を聞いて、女の顔は元の穏やかな笑顔に戻った。女が目だけを動かして、視線を父に向ける。
「トウキ、どうかラキを甘やかすことなく、鳥人の一員と等しく育てておくれ」
「は? はい。お言葉通りにいたしましょう」
「……この地に身体を馴染ませることができなければ、ラキは10までも生き残ることはできぬであろう」
「えっ?」
女が口にした残酷な事実に、ガルーバンは思わず身を強張らせたが、「きゃっきゃっ」とガルーバンの背中を滑り落ちる子供には、どうやら聞こえていなかったようだと安心した。
「ああ、ラキ。どうかこの地に根付いて生きのびておくれ。あの方の憂いは、母と父がすべて消した。お前は、自由に、どうか生きて……っ」
「ウナ様っ?」
ゲホゲホゲホと激しく咳込んだ女に、父が駆け寄ろうとしたが、女は軽く手を上げてそれを制した。
「良い。まだ、あと数日は保つ」
「っ!?」
「下がるがいい。最期の時はラキと二人で過ごさせてくれ」
女は自身の命の尽きる時を正確に把握しているようだった。父は逡巡していたが、やがて静かに頷いた。「お望みのままに」と。
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