第2話 女嫌いの毒舌男?

「悲しいときは甘いものが良いらしいよ?」

「え?」


 あまりにさりげなく差し出されたいちごに、ムーアはただただ驚いた。

 ムーアは独身で、ズッソも独身だ。だがズッソはすでに30歳で、このまま独身を通すものだと思っていたし、ムーアも27歳でガルーバンの結婚が確定した以上、生涯独身になるだろうと覚悟を決めていた。

 それなのに、いまムーアの前に突然差し出されたいちごは一体どういうことなのか。


「食べなよ。若長わかおさがこの日を待っていたのと同じように、僕もこの日を待っていたんだから」


 小首を傾げてにこりと微笑うズッソは、ムーアよりも年下なのでないかと思わせるほど可愛らしい。

 だがムーアは、ズッソが見た目どおりではない、冷徹な男だと知っている。


「……こんなからかい方、趣味が悪いわ」

「僕は趣味がいい方だよ。君をずっと見てたんだからね」

「なっ!」


 ズッソの言葉はいちごの香りよりもずっと甘い。この男が女を口説く言葉を持っていたこと自体、ムーアには不思議でならなかった。


「……ズッソは、女嫌いじゃなかったの?」

「嫌いだよ。君以外の未婚の女は全員ね」

「はっ?」

「僕が食料授受を求めてやってきた女たちを、何て言って追い返してたのか知らないの?」


 くすくすと楽しそうに笑うズッソに、ムーアは眉間に皺を寄せた。


「知ってるわ。女を女とも思わない、残酷極まりない毒舌を吐く男だって有名だもの」

「毒舌?」


 「とんでもない」と、ズッソは肩を竦めた。


「僕は本当のことしか言ってないよ。僕が好きなのは、巨乳で、スタイルが良くて、可愛くて、美しくて、気が強くて、腕っぷしの強い、君だからね。彼女たちには、君と比べて何が足りないかを教えてあげただけなんだ」


 ムーアは開いた口が塞がらない。

 女たちが向けられたという、「貧乳」「チビ」「デブ」「小心者」など、ムーアが聞いても胸が痛くなりそうな悪口のオンパレード。

 それらがすべて、ムーアと比較して発せられた言葉だったとは、何とも寝覚めが悪い話だ。


「僕が君を狙っていたと知れば、僕が毒舌なんかじゃないってことはみんなにも分かるはずさ。そう思わない?」

「思わないわよ」


 呆れながらもムーアはくすりと笑み溢れた。ズッソの目には自身が可愛くも映っていたということに、どうしようもないほどのくすぐったさを感じる。


「あたし、しばらく泣いて過ごそうと思ってたのに、どうしてくれるのよ。ズッソの言葉を思い出したら、何回でも笑っちゃいそうじゃない」

「それで良いんじゃない? 啼くなら僕の上か下かの方が良いと思うしさ」

「それ、絶対に今は言わない方が良かった台詞よ」


 ブハッと派手に吹き出して笑ったムーアの目前に、ズッソがずいっといちごを近付けた。


「ね、食べてよ。そろそろジャムになっちゃうし」


 わざとらしく困ったような顔をしてみせたズッソの手のひらに、ムーアが顔を寄せた。


「えっ?」


 ムーアがぺろりとズッソの手のひらをひと舐めすると、ズッソが驚いたように瞳を見開いた。いつも落ち着き払ったズッソには珍しいことだ。

 自身がズッソにその表情をさせたことに満足して、ムーアは一番大きないちごをひとつ、大口を開けて頬張った。


 ――甘い……。


「っ!」


 さっきまでの余裕はどこに行ったのか。いちごよりも赤い顔をしたズッソの手から、残りの4つのいちごが、ぼとぼとと地面に落ちた。

 ムーアは口の中いっぱいに広がる甘酸っぱさを味わいながら、女嫌いで毒舌だったはずのズッソを見つめる。


 ――こんなに可愛げのある男だったなんて……。


 きっと今のところ、ムーアしか知り得ないその事実に、ムーアの胸がきゅんと跳ねた。

 この日、食料の授受によりムーアが嫁になった男――ズッソの本性が、毒舌冷徹ではなく、本当は溺愛甘々であることに一族のみんなが気付いたのは、いまから5年も先の話。

 ふたりの子供であるアズが放った、不満の一言からだった。


「とうちゃん、おれまだ3才なんだからなっ! かあちゃん独り占めしようとするのやめてくれよーっ!」

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