第9話 そして二人は

 梨には解毒作用がある。もしかしたら下痢ぴーのラキを救うために仕方がなく、ガルーバンは自身を犠牲にしたのではないだろうか。そんな暗い気持ちになったラキのおとがいを、ガルーバンが軽く指で持ち上げ、至近距離から瞳の中を覗き込まれた。


「なっ?」

「余計なことを考えるのはやめろ」

「よ、余計なことなんか」

「考えているだろう。ラキの命を助けるために、俺が仕方なくお前に梨を与えたんじゃないか、とかな」

「う……。違う、のか?」

「違うな」


 また背中を向けようとしたラキの腕を取って、ガルーバンはチュッと軽やかな音を立ててラキに口付けた。


「っ! なっ? 何をっ?」

「いい加減キスぐらい無制限でさせろ。俺が一体何年、お前の成長を待っていたと思ってるんだ」

「はっ? はああっ?」

「お前が4歳の時、俺は9歳だ。俺は俺の意思でラキを選んだが、お前はそうじゃない。だからお前が俺を意識するまで、俺は指一本触れずに待ってたんだぞ」

「ま、待ってたって……」


 「はー、長かった」と天を仰いだガルーバンが、深いため息を吐いた。まさに溜まりに溜まったものを吐き出しているかのような、長くて深いため息だ。

 ガルーバンはしみじみとした雰囲気だが、ラキはそれどころではない。言われたことの半分も理解できていない気がするのに、ガルーバンの話は続く。


「お前はいくつになっても、本当に食べ物のことばっかり考えてるからな」

「し、仕方ないだろ。ラキはみんなと違って、身体に合わないものが多すぎるんだ。だからいろんなものを試して、食べてみるしかないんだよ」

「もう充分だろう。お前がどんどん体当たりで新規開拓するから、俺達鳥人の食料の幅だって、どれだけ拡がったと思ってる」

「え? そうなの?」

「そうだ。お前が食べて大丈夫なものなら、俺達もまず食べられると思って良い。……ナマコとかタコとか、あんなもんが食べられて、しかも美味いなんて誰が思うよ」


 くつくつとガルーバンが笑う。細くなったその優しそうな目に見つめられて、ラキの鼓動が早くなった。


「まあ、ともかく。その9歳の時に親父にも報告済みだし、お前は今や地母神ちぼしん扱いだから、村々の長達も反対はしないさ」

「ちぼしん?」

「大地の恵みを司る女神のことをそう呼ぶんだ」

「め、女神っ?」


 大それた呼び名を聞いてラキは笑った。


「なんだ、それ。女神とか、ラキのがらじゃないよ」


 てっきりガルーバンにも笑い飛ばされると思っていたラキだったが、ガルーバンがバツが悪そうに目線を横に逸らした。「まあ女神じゃなく、天使族だけどな……」とぽつりと呟いたガルーバンの声は、ラキには届かなかった。


「ガル?」

「あ、ああ、まあ、食べられる木の皮を見つけたのもお前だし、栽培など考えたこともなかったトウモロコシも、お前のゴミ捨て場で初めて栽培方法が判明したわけだし? とにかく、俺達はお前がいる限り、飢える心配がないってことさ」


 ぽんとラキの頭にガルーバンの手が置かれた。一度逸らされた視線は、笑顔とともにラキに向けられている。ガルーバンの態度に一瞬違和感は感じたものの、ラキは自身に向けられた笑顔に嘘がないことを察して、「そうか」と頷いた。

 ラキはまだ混乱している。それでも、ガルーバンの言葉の数々を疑うことはない。


「ああ。ラキはそのままで良いんだ。ってことで、行くか」

「え?」

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