第8話 お前が下痢ぴーの時な

「種族のことなど気にしなくていい。そんなのはな、そうなってみないと分からないことだ」

「え? ええっ? そ、そうなのか!?」

「そういうものだ」


 うんうんと自身の言葉に頷いているガルーバンは、ラキの目には嘘を吐いているようには見えない。


「それにな、子ってのは授かりもんだから。できなきゃそれはそれで仕方ないだろう」

「ええ?」


 またもうんうんと頷いているガルーバンを見つめながら、ラキの小さめの口がポカンと開いたままになった。

 長の嫡男が次の長になる。それが子供の頃からこの一族で暮らすラキにとって当たり前のことだった。その当たり前を覆すことを、次期長であるガルーバン自らの口から聞かされて、ラキには驚きしかない。

 ガルーバンの腕を振りほどくと、ラキは身体ごと振り返って前のめりで聞いた。


「え? え? そういうものなのか? それで良いのか?」


 ガルーバンが手持ち無沙汰になった腕を、自身の身体の前で組んだ。


「そういうものだろう。俺に子ができなければ弟の子が長になればいい。それだけのことだ」

「へ? そういうもの、か?」

「そうだ」

「そ、そう、か? え、ええ? 知らなかった、な」


 ラキはガルーバンの話に丸め込まれそうになっている自身に、気が付いていた。疑問はまだ頭の中にあるが、ガルーバンの言う通りなら嬉しいという気持ちが、その疑問をかき消してしまいそうだ。そんなラキの心情をどこまで察しているかは不明だが、次にガルーバンが放った衝撃の事実で、すべては確定してしまうことになる。


「それに、ラキは覚えていないみたいだが、お前は4歳の時に俺が採ってきた梨を食ってる」

「え? えっ? ええええええっ!?」


 「お前が下痢ぴーの時な」とくつくつと笑われて、ラキは頭が真っ白になった。まったく記憶にはない。記憶にはないが、覚えてないと言い張れるようなものではないことも知っている。未婚の男女における食料の授受は即結婚成立、それが一族の掟だ。


「な、な、なん、なんでぇ?」


 驚きすぎてラキの腰が抜けた。羽も働かずに、ラキはへちゃりと地面に座り込んでしまった。

 ラキが4歳の時、生死の境を彷徨うほど危険な状態があったことは周知の事実だ。あのオレンジのカエルが原因だったことは、さっき知った。だがその時にラキとガルーバンの間に食料の授受があったことなど、まったくの初耳だった。

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