第2話 『黒い毛虫』と『カニ』と『ラキ』の中で、食べ物はどれか

 幸いにも、というか不幸というか、ラキは子供の頃からまったくもってモテなかった。

 それは、生物としての本能をかんがみれば、当然のことだとラキは思っている。だが、この5つ年上のガルーバンだけは、子供の頃からずっと、ラキに食べ物を渡そうとすることをやめなかった。

 鳥人とりびとおさトウキの嫡男であるガルーバンが、何の持参金も用意できないラキと結婚などできるはずがない。いや、たとえ持参金が山のようにあったとしても、ラキはガルーバンの隣に立ってはならないのだ。ガルーバン本人がそれを望んだとしても、一族のみんなが許さないだろうとラキは思う。


「いらない」


 いつもどおりきっぱり答えたラキは、今度は視界に黒い毛虫を捉えた。側に落ちていた小枝で毛虫をひっくり返すが、裏も表も食料としての魅力にたいした違いはなかった。


 ――うー、これは苦くて不味まずいから本当に嫌いだ……。


 さらに食感も最悪だが、それでも動物性たんぱく質に違いはない。量が少ないからか、食べても下痢ぴーにならない食料のひとつだ。ラキが眉間にしわを寄せながら、すぐに表に戻る毛虫を何度もひっくり返しながら悩んでいると、ガルーバンがラキの耳元でささやいた。


「魚でも貝でも、ラキの好きなカニでも」

「カニッ!?」

「ああ、毎日でもカニ食い放題。ちゃんと俺が茹でてやるよ。ラキはすぐ挟まれるから」

「あれは好きで挟まれてるのっ! カニは生がいいのっ!」

「ふーん、物好きだな。まあいいや、じゃカニ食い放題で決まりな」

「あっ!?」


 空腹と毛虫への躊躇ちゅうちょも手伝って、ついカニに釣られそうになったラキだったが、ガルーバンの強引な求婚を慌てて断ろうとして失敗する。

 本日2度目の「いらない」を言おうとした口は、ガルーバンの大きな口に塞がれていた。


 ――なっ!?


「ラ、ラキを食うなっ!」


 ドンッとガルーバンの腹を殴って離れると、ようやくラキの目にガルーバンの姿が映った。

 肩より少し長い漆黒の髪と同じ、漆黒の鋭い眼差し。金の縁飾りが施された葡萄色のトーガは、これでもかというほどに優美なひだを作り出しているが、ラキの目に何より気高く輝いて見えるのは、黒檀こくたんのように艶めいた大きな翼だ。

 ラキはそれらに一瞬見惚れた後、即座に視界を地面に戻した。


「ガ、ガルが悪いんだからな。だから殴ったの、謝らないんだからな」


 どうせ鍛えられた身体は痛くなんかないだろうと思いながらも、いずれは一族の長になるガルーバンに敵意がないことは伝えなければならない。もしも一族を追い出されるようなことになったら、ラキはきっと途方に暮れるだろう。

 そう思って発した責任回避の言葉だったが、何が面白かったのかくつりと低い笑いが落ちて来た。

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