地母神と鳥人の掟
浦野 藍舟
本編
第1話 カエルの足だけでも
オレンジ色の小さなカエル。まだ雨に濡れた土や小石の上にちょこんと座ったそいつを、ラキは「これは食べられたっけ」と、ぼんやりと見つめながら考えていた。
ぼんやりしているのはお腹が空いているせいだ。動物性たんぱく質が足りない。
ラキはカエルと同じように、だが地面にお尻は付けないで座り、そうっとカエルに向かって手を伸ばした。
――今だっ!
「そいつ食うと
「げっ?」
「前に食ったことあったろ」
「え? そうだっけ?」
「ほら4歳の時、しかもあん時はナマでな」
「よん……、そんなの覚えてるわけないよっ!」
ラキはカエルを食すことをしぶしぶあきらめ、声のした方――地上から3メートル上空を見上げた。逆光で顔も姿もはっきりとは見えないが、それはラキが子供の頃から知っている男だ。この男は、こんなことで嘘は吐かない。
「俺は覚えてるぞ。あの時のことは全部な。ほら、お前が死にかけた時の元凶だよ」
「えっ? これがっ?」
ラキは慌てて目線を地面に戻したが、そこにはもうあのオレンジのカエルの姿はなかった。
「ああああ、ラキのカエルぅー」
あきらめたつもりのラキだったが、いざ目の前からカエルがいなくなると途端に惜しくなる。
「足だけでも
子供の頃、しかも生だから無理だっただけで、今なら、そして焼けば食べられたのではないだろうか。そこまで考えて、ラキはより残念な気持ちになった。
「あああ、せめて一口……」
「おいおい、そこまで腹を空かせてんのか?」
音も立てずに地上に降り立った男に、情けない
「べ、別にぃ?」
本当にいまさらなのだが、ラキにはそうしなければならない理由があった。いや、この一族の一員として暮らす未婚の女であれば、物心のついた頃から誰もがそうしなければならないのだ。そしてラキにとって、目の前の男は特に――いや、唯一注意が必要な存在だった。
「相変わらず、目に付いたもの何でも口に運んでるな。そんなもん食わなくても、俺がいくらでも好きなもん食わせるっていつも言ってるだろ?」
――ほーら来た。
ラキの属する|鳥人(とりびと)の一族では、未婚の男女における食料の授受は、即『結婚成立』とみなされる。だから男も女も、結婚したくない相手からの食べ物の貢ぎ物は、断固として拒否しなければならないのだ。
幼少の子に対しては、親が親の義務として、勝手な食料の授受が起こらないように努めなければならないが、基本的には、子供であろうと自分の身は自分で守るというのが一族の掟だった。
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