四畳藩奮闘記 ~自由剣 蛇巻~

居石入魚

第1話 はじまりはじまり

「上様_。じゃなくてヨッシー。仕事は慣れましたか?」

「黒田。ああ、皆が良くしてくれている」

 後光が差す程の威厳。

 これはいかん。

 バレる。

「ヨッシー。生まれも育ちも良い貴方にこんな事を言いたくはないんですが雰囲気が浮世離れし過ぎてて維新志士に貴方が徳川慶喜だとバレます。チャラチャラしろとは言いませんが、もう少し砕けた感じにはなりませぬか?」

「腰砕けになればよいのか?」

「腰はそのままで態度を砕いてください。ヨッシー威光があるっていうか神様みたいなんですもん」

 そのままの意味で神様扱いだったのだから仕方が無いのだが。

 しかしこの前まで征夷大将軍だったお方にいきなり変われというのは酷かもしれぬ。

「チョリース」

「チョリース」

 いきなりチャラチャラしおった。

 元・征夷大将軍、いきなりチャラチャラし始めおった。

「まずは挨拶からだな。なかなか慣れぬで民には迷惑をかけてしまう」

「別れの挨拶も考えてみましょう。始めと終わりが決まっておれば、それに合わせて雰囲気を砕けて行けばよいのですから」

 こんな事を言う日が来るとは思わなんだ。

 何気に従兄弟なのだが。

 さすがに二人きりで会った事は無い。

 史実の徳川慶喜は会津の殿様と従兄弟だが。

 コッチの地球じゃ長船よりかなり年下の従兄弟という事になっておった。

 この物語、フィクションである。

 気を付けて。

「別れの挨拶か。『ご苦労だった、下がれ』と今までは言って来たのだが?」

「今まではそれでも良いんですけど。ヨッシーはもう将軍じゃなくて平民ですから」

「ならば『オッパイパーイ♪』だな」

「ヨッシー。砕き方間違えてます。粉になるまで砕かれてて逆に民は心配するかと」

 中学生かオノレは。

 長船、少しだけ慶喜公を慶喜公だと思わぬことに成功する。

「む。態度を砕くとはしかしながら民衆に見せる為に用意した仮面を外す行為であろう。仮面を外してこそフランクな人間関係が作れるのではないのか?」

「仮面外してオッパイパーイならその仮面は付けてて下さい」

 態度を砕けとは言った。しかし棄てろとは言っていない。

 本質、中学生並み。

 多忙だった事の弊害かも知れぬ。

「黒田。なら別れの挨拶の手本とはなんだ?」

「『じゃーなー?』で問題無いかと」

「ううむ。個性が弱いな」

「個性出したらバレるんですからね?」

 お忍びというか。

 軟禁状態だった屋敷から助け出して今はこうして島に滞在して頂いておる。

 徳川慶喜の名は一旦預けて貰い、今は徳田慶男として生きて頂いておるのだから。

「ならばチョリースから始まりオッパイパーイで終わる方が私としてはまだ良い。没個性を声高に主張し社会の歯車になるなど、それでは人間なんぞ誰でも代用出来る物だと言っておると同義ではないか!私は民一人一人の意見を尊重し民一人一人の生き方を尊重したい!国民一人一人、代用が効かぬ宝なのだぞ!」

「その考え方は立派な事です。ですけど俺は世間知らずに仕えるのは良いんですけどバカに仕えるのは嫌なんで却下です」

「下ネタも考え物だな。フランクな人間関係とは下ネタを有効的に使う事で形成されると聞いた事があるが。爺め、私に嘘を教えおったな!」

「笑える下ネタならばそれも手段としてありでしょう。ですが笑えない下ネタはセクハラとして訴えられる危険性もあります。ウ○コは良いけどチ○コはダメと例えれば解り易いでしょうか?」

 体当たりの下ネタなど諸刃の剣だ。

 与える笑いと受ける被害がトントンでは話にならぬ。

「裸で藩邸の仕事をしようか?」

「風邪引きますからダメです」

「飯炊きを次々に裸にしていこうか?」

「脱ぐのは良いですけど脱がせるのはダメです。セクハラです」

「ヨッシー困っちゃう」

「ヨッシー困るの結果として俺が困る事になるんで早めにキャラクター決めて下さいね?」

 人間、優等生過ぎるとこうなるのか。

 融通が利かぬ。

「給料計算とか出来ない」

「そういう実務は俺や種子島がやるのでご心配なく」

「シフトも組めない」

「シフト組むのは四畳藩勤務の全員で班に分かれてミーティングをして決めますから」

「んじゃヨッシー居る意味」

「ねえんじゃねえ?」

 長船、如何でも良くなる。

 早いとこ将軍様に仕事を任せて畑を耕しに行きたいのだ。屋敷で島の子供達に与えた宿題の答え合わせもしなくてはならぬ。

 暇を望むのに暇にならぬ。

 長船と従兄弟なのに此処まで違うか。

 此処まで世間知らずなのは世間知らずに育てた人間の罪だ。

「黒田。私に仕えていた幕臣は同じく島に来ておるのか?」

「いやヨッシーだけですね。あの屋敷に軟禁されてた中で救出出来たのがヨッシーだけだったってのもあるんですけど」

「ヨッシー寂しい」

「これから仲間が出来ますから。四畳は良い奴ばかりですよ?」

「ヨッシー実は人見知り」

「めんどくせえなあ…」

 威光が凄い。

 威光は凄い。

 ただ、それだけ。

 中身は面倒で人見知りで世間知らずの大学生に近い。

「しかし四畳藩主といっても地方を治めるのは血で繋がった武士ではなく選抜された民になるのだぞ?廃藩置県を知らぬわけではあるまい?」

「まだ廃藩置県に慣れぬ者も多くいます。それに民から選抜した者が地方を治めるというのであればヨッシーがこの島を治める事には何の問題もありますまい」

 東京から助け出した坂本竜馬が海外へと旅立ち。

 共に助け出した徳川慶喜が島に残った。

 常にこの島は歴史の変革におけるトリガーを抱えておる。

 トリガーがなんなのか解らぬが。

 南蛮由来め。

「黒田。ヨッシー腹減った。島で美味い店はあるか?」

「あるにはありますけど。ヨッシー、酒は飲めますか?」

すると藩主、自信ありげに頷く。

「ヨッシー。意外にもお酒大好き」

「んじゃ安くて美味くて盛りが良くてバイトの姉ちゃんがエロい立飲み屋がありますんで。其処で飯にしましょう。和尚に紹介もしておきたいし」

 和尚は驚くだろうが。

 あの店が手軽に行ける距離では一番美味い。

 事情を話しやすいという事もある。

「立飲み屋?酒は座って飲む物ではないのか?」

「立飲み屋っつっても立って飲むわけじゃないんです。屋台形式で簡単なテーブルと椅子を店舗の周辺に並べて置いてるっていえば解りますか?」

 客席が外の飲み屋である。昔はそうした店が何処にでもあった。江戸ではドジョウを串に刺して甘辛いタレで焼いたものを出す露店は数多く存在したし、会津では味噌を塗った握り飯を炭火で炙ったものを日本酒と共に出す露店も多かった。小腹が空いた時は三十銭を手に屋台に足を延ばした物である。坂本の故郷である土佐には屋台でカツオを藁で焼き、氷水で〆たものを出すようなものまであるのだとか。摩り下ろした生姜と摩り下ろしたニンニクに刻んだネギとポン酢と胡麻油で食べると頬っぺたが落ちるそうな。

 その話を聞いた時は悔しいので何度か殴っておいたのだったか。

 坂本、殴られても嬉しそうであった。

 その江戸から土佐に帰った後、すぐにアヤツは脱藩をしたのだが。

 脱藩したと思えば今度は国を脱しおった。

「酒は体育座りをして飲む物だとばかり思っていた」

「体育座り?」

「うん。体育座り」

 目力が凄い。

 アホな事を言うわりには言葉にも目にも力がある。

「随分と悲しい飲み方ですけど…」

「酒は体育座りをして飲み、体育座りのままで大奥の女を追いかけ回すのが良いのだ」

「楽しそうですけど狂気すら感じますよね…」

 一周回ってやっぱり悲しい飲み方であろう。

 まず体育座りで動くな。

 おっかねえから。

「大奥の女には南蛮から取り寄せた体操服とブルマを身に付けさせていてな?」

「ヨッシーの性癖は飲みながらにしましょうや。素面じゃとてもじゃねえけどヨッシーに付いて行けねえんだもん」

 長船はこうして元征夷大将軍を引き連れ行きつけの立飲み屋に向かった。

 当然、何も起きない筈が無かった。

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