第31話
◇
藤田が戦闘をしておる。変わらずとてつもない剣腕であったが切り結ぶ相手はそれ以上に凄まじい剣の腕をしておった。斬る為ではない生き残る為の剣、汚く礼を失した剣。あの剣の遣い手は世に独り。死んだ筈のその男は型に囚われない剣で藤田を追い詰める。
これは長船の私見であるのだが新撰組は一対一の勝負に事に弱い。それは集団戦術ばかりを突き詰めて仕合う事を軽んじた結果であろうとも考えている。いざ尋常にが必要とされない世の中では仕方がない事なのだがああした徒党を組まない剣客が相手になると急に精彩を欠いてしまう。
そもそもの訓練内容がそういうものなのだから仕方がないのだが。
それでも人外の人斬りと互角以上に切り結ぶ藤田がおかしいのか。
あの人には年齢による老いというものが無いのだろうか?
それとも奥方のトキオさんが作る料理がよっぽど美味しいのか。
四畳藩で唯一夫婦で戸建てに住まう藤田夫妻。
無論、藤田の強さの源には守るべき奥方の存在もあるだろうが。
「鬼黒田!覚悟ぉぉぉぉぉ!」
剣を大上段に構えたリーゼントが突っ込んでくる。
「うるせえ!」
それを空き缶でも蹴るかのように蹴り飛ばす長船。銜え煙草でタクティカルスーツのポッケに手を突っ込んだままの雷光のような蹴りであった。リーゼントは顎先を砕かれ血を噴きながら宙を舞う。
「会津の鬼黒田か!御印、頂戴いたすぅぅぅぅぅぅ!」
槍を構えたまま突撃して来るリーゼント。
「どけオラ!」
それの構えた槍を左手で掴み右手の裏拳を喰らわせる長船。耳を打たれたリーゼントは白目を剥いてどす黒い血を流し動かなくなる。更に倒れたリーゼントの顔面を踏みつけ成敗。
ノッシノッシと藤田を目指して歩く長船。
喧嘩は裸が良いのだが。
これは喧嘩に非ず。
四畳藩強襲戦だ。
《片手で》長テーブルを振り回し、長船はリーゼントをボコボコにする。
町の喧嘩は武器に困らぬ。特に商店街での喧嘩は武器に困らぬ。
「老中。港から少し先に敵の上陸用舟艇を確認しました。あのような物、我々でも所有しておりませぬ。如何なさりますか?」
楓が返り血に染まって傍にやって来た。すでに相当数を斬っているのであろう、赤いペンキを頭からかぶったような有様である。それでもイケメンな楓。またそういう血塗れの姿がよく似合うのだ。隻腕の伊庭八郎を連想させるその二枚目な姿に長船は少しだけムカついた。まあ、楓は隻腕ではないのだが。
まず上司と会話をする時は抜いた刀を納めろと言いたかった。
「如何もこうも無い。爆破してしまえ」
「えっ。拿捕して我々が使うとかじゃなくてですか?結構使えそうでしたよ?」
「あまり敵の技術を称賛するな。上陸用舟艇など白船にもその機能はある。ならば景気よくバラバラになって頂け。種子島のアトリエに甘い香りのする粘土があっただろ。あれで思いっきり粉々にしてしまえば良い」
「しかし、C4を使うには退路を守る五右衛門さんを呼ばなくてはなりませぬ」
「んじゃ戦闘後に爆破だ。お主は島の住民を襲うリーゼントを斬れ。良いか?一人も住民に被害者を出してはならぬ。民は国の宝。お主はその宝を守れ」
すると楓は少しだけ不満そうに声を小さくして抗議した。
この辺り、まだ二十歳という事だろうか。
「私が敵の人斬りと切り結んでみたかったのですが…」
「お前はまだ若い。危険な奴の相手はオジサンに任せておけ。それにお前の正宗は護り刀。人を守る為だけに振るう様にと鍛えられた刀だ。狂犬を斬る為ではない」
手足の長い藤田に洋装は良く似合う。
しかし、あの人斬りの恰好は何だ?
配色もチカチカするし、チューリップみたいな帽子を身に付けておる。
大道芸人みてえな恰好である。
なのに剣の腕は凄まじいというアンバランスさが気持ち悪さを演出しておる。
風切り音が此処まで届くキビキビした型の藤田の剣は道場剣術を発展させたものであろうが。あの人斬りの剣は間違いなく戦場で練られた剣だ。
道場剣術は道場剣術に相性は良いが野良犬剣法とは相性が良くない。
「行け。俺と藤田殿の代わりに民を、俺等のしょーもない日常を守れ」
「委細承知。老中も、御武運を」
周囲に返り血を撒き散らしながら楓は商店街へと走り去っていく。それと同時に銜えていたタバコが灰になる。長船は曲がってしまった二本目をポッケから取り出しキャバクラで貰ったマッチで火を点けた。マッチの先を指で弾いて点ける辺り、長船はあの有名なマフィア映画を観ていたのかもしれぬ。吸い方も左手の指でタバコを挟んだまま顔の下半分を隠すようにして吸うのだ。きっと、何処かで観て影響を受けたのであろう。
またそういうマフィアとかが似合うのだ、この男は。
赤くて長いマフラーとロングコートとスラックスとかが似合うのだ。
身長が大きく鍛えているとはいえ細身で顔が小さいので、こういう鉄火場でも騒がないのがまるで用意された歌舞伎のように似合うのだ。
歌舞伎というか五右衛門の言う通りオペラが近くて。
やっぱり長船はオペラなんぞ見た事は無かったが。
演劇は専ら歌舞伎が専門だ。
喧嘩の文化のある江戸の町では歌舞伎帰りには必ず喧嘩をしておった。今、島に喧嘩を売っておる若い衆はきっとその頃の江戸ではカモにされてしまうだろう。兎に角、多数派であれば自分が強くなったと勘違いをするのは若い奴等の文化なのかもしれぬと長船は思う。数を重ねれば黒が白になるようになるとすれば、国は間違いなく政治ではなく経済で動くようになるだろう。
より多くを得る為の国。
勝者が総取りをし、敗者は全てを失うを良しとする。
坂本が生きていれば嘆いただろう。
それは国が丸ごと会社組織になったような物であるのだから。
其処には平等も何も無い。
「会津藩士・黒田長船!貴様に殺された弟の仇!覚悟ぉ!」
「雑魚なんぞイチイチ覚えてらんねえよ。お前も死ね!」
刀を横薙ぎに振るったリーゼントには腕を絡めて刀を強奪し、そのまま喉に突き刺した。その様子を見て三名ほどが長船に向かって斬りかかって来たが、その全てを長船は上手く敵の重心を崩し合氣道のような仕草で地面に叩きつける。形見の黒銃を抜き様に銃身を横に寝かせたまま藤田を襲おうとしていたリーゼントを撃ち殺し、そのまま楓を襲おうとしていたリーゼントを撃ち殺す。三十発の暴力が終わるとキンッ!と甲高い音を立ててボルトキャッチが起き上がる。
超高精度を誇るVLTOR・M4。
当然、本来であればこんな乱暴に使うような銃ではない。そのパキッとしたクリスピーなトリガーフィールも高い剛性も長船にしてみればあまり関係が無い。
妻が一緒に戦ってくれるのだ。
それだけで充分。
それ以上を求めれば妻に祟られてしまう。
予備マガジンを再装填。キャッチボルトを叩く。今度は両手で、前方の握りであるバーチカルグリップもしっかりと五本の指で握って構える。
肩幅に脚を開き、左足をやや前に、右足を引いて姿勢を固定。
レシーバー上部に新たに付けられたドットサイトを覗きこみ、引鉄を絞るようにゆっくりと藤田と交戦中の人斬りを狙って撃つ。まるで吸い込まれていくように人斬りの胴体へと放たれた弾丸は真っ直ぐに飛び。
その人斬りは此方を一瞥もせずに腰に差した鞘を引き上げるだけで弾丸を受け止めた。
それでも長船は驚く事もなく続けて何発か撃つが、やはり鞘で防御されてしまう。
何も驚く事は無い。
人斬りというのはああいう事が出来るのだ。
それに何発も撃って藤田に誤射でもすれば後で怒られてしまう。
長船はセーフティーをかけて黒銃を腰に差す。粗方リーゼントは倒した。残りは卑怯にも島の住民を襲っている者だが楓に掛かればすぐに制圧するだろう。ならばあの人斬りを最優先の抗脅威目標とするは必定。
まだ愛刀の水心子は抜いていない。
抜かないまま、切り結ぶ二人の下へ向かった。
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