第28話

 針の穴を通す様な超高精度の銃撃を連続するのが佐渡兵器ならば、妻の形見の銃はアリの眉間に連続して撃ちこめる銃であると譬える事が出来るだろう事は間違いない。あの時種子島は情けをかける事が出来る銃であると長船に言ったが、長船はそんな事はしなかった。精度を求められる射撃を行ったが情けをかけるような事はしなかった。

 囲んでいた敵兵の中に銃を持つ人間が一人でもいれば、もしくは冷静に包囲した際に離れた位置から撃ち殺そうとするような兵士がいれば戦闘になったかもしれないが。

 結果として一方的な殺戮を行っただけであった。

 全ての弾を全ての敵の額に撃ち込み、それでも残る弾薬をばら撒く。

 逃げる敵兵の姿を遠くに確認し、赤いテープが巻かれた弾倉を差し込み銃を叩く。

 先程とは違うガツンと来る衝撃と先程とは明らかに風切り音が違う弾薬が、吸い込まれているかのように逃げ出した新政府軍の隊士を絶命させる。どうやら赤いテープの弾薬は何処に当たっても致命傷を与える類の物のようであり、それは弾頭が少しだけ重い事である為だと理解する。

 会津の士は町から新政府軍を追い払い、今は郊外での局地戦闘を行っておった。

 屋敷方面に視線を送れば装甲車による支援銃撃はまだ続いており、漆喰を貫く雷のような弾丸は敵の前哨基地に向かって雨のように降り注いでいる。あれならば死体を確認するまでも無い。対戦車ライフルに用いられる弾薬を連射しているのだ。隠れようと遮蔽物諸共殺す事が出来る。

 そして藤田を先頭にする一団は真っ直ぐに黒田の屋敷に向かって進んでおる。

 ならば自分がすべきは何か。

 妻を自殺に追い込んだ将校の姿は無い。

 白虎隊を自害に追い込んだ敵も今や撤退するだけ。

 赤いテープの弾倉に入った弾を撃ちつくし、長船は黒銃を腰に納める。

 会津の未亡人は恙無く四畳に来るように手筈を整えてくれるだろう。

 歩き慣れた筈の会津の町並みは既に別の町のようになっていたが、それでもこうして町を歩くと様々な事が思い出される。思い出されるその全ての記憶には隣に美しい娘が居たのだが、その妻の幻影を町に見れば笑いながらフッと消えて行くを繰り返す。

 ボロボロに崩れてしまっている一角には美味い揚げ饅頭屋があったのだ。「此処の揚げ饅頭は美味しいの。胡麻餡なの。饅頭は胡麻餡が良いわよね」なんて言いながらやはり妻は消えて行く。

 町往く人々に元気に声をかける看板娘が、幻だと知りつつ見えてしまう。


其処行くお侍さん。

反物。

反物買いましょう。

紅花染めとか。

色んな綺麗な染め物がありますから。

男だから縫えない?

いやですねハゲ。

これからは男こそ縫い物の時代ですよ真ん中ハゲ。

買うって言うまで付き纏うからな?

明日も明後日も付き纏うからな?

奥方居ても付き添って寄り添ってやるからな?

独身なの?

マジか!

じゃあ添い遂げる!

付き纏うからな!

明日もこの時間で待ってるね!


 立っていられぬ。

 悲し過ぎて立っていられぬ。

 なんで、なんで、なんで、俺より先に死んだのだ。

 もう笑い声も聞く事が出来ぬ。

 もう一緒に買い物に出かける事も叶わぬ。

 もう味付けの濃い弁当を食べる事も出来ぬ。

 もう二人で並んで旅をする事も出来ぬ。

 なんで、こんな思いをしなくてはならないのだ。

 多くの者が色々な物を失くしているのは理解している。

 それで立ち上がり前を向いて生きている事ぐらい理解しておる。

 何でと思うのは。

 戦を始めたヤツが笑ってる事なのだ。

 涙が、止まらない長船。


 誰が、戦を始めた?

 誰が、妻を殺した?


 長船は染物屋跡地の土を握りしめ、怒りに震える。

 優しくない事に腹を立てる性分である長船は本気で怒っておった。

 本気で怒って、今はもう金具が外れ斜めになってしまっている染物屋の大きな看板を片手で無理やり引っぺがした。全て青銅で出来てある看板は重さも相当な物であるのだが、そんな事は会津の鬼黒田の前には意味は無い。墓参りも出来ぬ。妻の遺体は大砲の爆風で散りになってしまった。埋める骨も見つからなかった。

 片手に看板を握り引き摺ったまま、長船は再度トボトボと歩き出した。

 荒れ果てた会津の町に太く深い轍というか排水用の溝のような線を引いている事が看板の重さが尋常ではない事を如実に伝えた。トボトボと歩くが、ゴリゴリと道を削りながら長船は歩いた。ある程度歩いたところで看板を道から外して持ち上げ、また少し歩いたら道に密着させて歩き出すを繰り返す。行く手に邪魔な瓦礫が在れば蹴飛ばし、行く先に邪魔な建物があれば吹き飛ばした。何度かそうして深い溝を彫った後に弾倉に充填されてある全ての弾薬から弾頭を刳り貫き、中に詰まっていた火薬を溝の中に入れ始めた長船。サラサラサラと深い溝に火薬を撒いては空になった薬莢をその辺に棄てるを繰り返す。そうして義姉や藤田が戦っている装甲車付近に向かい、燃ゆる水の入ったタンクを一つ手にしてまた戻る。溝の中に燃ゆる水をトクトクトクと万遍なく流し込むと、長船はそれに拳銃の弾丸を撃ち込み火を点けた。

 人の火葬は出来るが町の火葬は誰も行わぬ。

 そして長船はこんな筋肉の塊であるが絵心がある芸術家なのだ。

 影の微妙な濃淡はガンパウダーを焼いた煤で。輪郭は溝を焼いて。

 長船は墓標が無い妻を憂いたのだ。

 だから妻が愛したこの町そのものを墓標とするべく。

 泣きながら。

 会津に妻の似顔絵を彫った。

 会津そのものに彫り物を施したのだ。

 背中の彫り物が大嫌いな妻だった。

 風呂に入っておると亀の子タワシで背中の彫り物を削ろうとさえして来た。皮膚がザリザリになるだけで彫り物が消えない事が悔しいらしく泣きながら「今度はヤスリだ!このハゲ!」とヤスリを手にして風呂場に突撃して来たものであった。


許せ。

まだ其方に行けぬ。

まだ俺にはやるべき事がある。

許せ。

会津に戻るのが遅れた事。

お前を守れなかった事。

全く。

許して貰いたい事ばかりが積み重なるな。


 煌々と燃え上がる火柱を背に、長船は刀を抜いた。

 まだ前哨基地には新政府の軍人が残っておる。

 皆殺しにしなければこの血液が黒く沸騰するかのような怒りが収まらぬ。

 ボカスカジャンしなくては気が済まぬ。

 抜身のままで長船は駆け出した。


 ヒトにあるまじき速度で走り。

 ヒトにあるまじき膂力で潰し。

 ヒトにあるまじき咆哮で脅し。

 ヒトにあるまじき殺意で殺した。


 その日、新政府軍は三百を超す死人を出し。

 その内、百四十人が一人の鬼の手によるものであると公式にではないが記録されてある。その鬼、背中に漆を流したかのような黒い德川葵を彫り、刀の一振りで櫓を倒壊させる怪力の持ち主であったとも、刀の一振りで竜巻を喚ぶ鬼であったとも、刀の一振りで大砲の砲弾を切り裂く鬼であったとも。


 そして空を飛ぶ鳥だけが知るであろう。会津に刻まれた黒田夫人の似顔絵は。

 その鬼、長船と初めて出逢った時と同じ。

 元気いっぱいに、笑っておるものであった。


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