第27話

 思い出すのは種子島との会話。初めてアトリエに行った時の事だったか。あの娘は長船が後生大事に腰に差す黒銃を見て物珍しそうにしておった。

「どうした?先代も使っていたのだろう?そのような不思議な眼差しをしおって」

「いや。なんていうか、そのM4って普通のM4じゃないですね。見た感じ、ムチャクチャカスタムされてるのが判ります。最初からカスタムされているナイツM4ってのもありますけど、ナイツのE3カービンにしては見た目が別物っぽいと言いますか。まず短過ぎるんですよね。当然銃身を短くしたモデルもラインナップされてますけど、全長がストックを伸ばさない状態で七百ミリ程度って事は無いんです。サイトも前後共にフリップアップタイプですし、レバー類やボタン類の全てはアンビ化されてます。フリーフローティングバレルなのは当然のようにされててハンドガード部のピカティニーレールも前後からボルトで固定されてます。こう、M4ってよりはレシーライフルに近いと言いますか。勿論レシーライフルみたいにバイポッドを使う事は出来ないんですけど。そもそもバレル長が十四・五インチじゃなくて十六インチなんだよなあ」

「何言ってんのか全然解らないんだけど。結局、これって凄いのか?」

「いや最高級カスタムですよ老中。現段階で『狙撃が出来るカービン』としてみても最強の銃はレシーライフルなんでしょうけれど、それに外装だけはかなり近いです。中身も色々カスタムされているのは間違いないでしょうね。お金のかかってるカスタムです」

「お金のかからないカスタムとお金を必要とするカスタムの違いが判らぬが?」

 そもそもカスタムが何を意味する言葉なのかも解らぬ。

 弄りまわす事であると雰囲気でそうだと受け取ってはいるが。

 当たらずも遠からずであろう。

「スペックを向上させるカスタムをチューンと言ってこれにはお金が必要になります。例えば腕の良いエンジニアがエンジン本体をバランス取りしたり内壁を削ってボアアップしたところでメーカーさんが本気を出して作ったコンプリートエンジンに載せ替えられたら勝てるわけがありません。カタログスペックを向上させるカスタムにはお金が必要になります。まずこれが第一ですね」

「うむ。其処までは理解出来る。刀も焼きを入れ直したり研ぎを頼むには銭が必要になる。大太刀を磨り上げ打刀にする際なんぞ一財産が吹っ飛ぶからな」

 磨り上げ太刀で有名なのは覗き龍正宗であろうか。

 銘のある刀は持っていたとしても勿体無くて振るう事も出来ぬ。

 だから長船は刀に銘は求めず頑丈で良く斬れればそれで良いという考え方なのであった。

「次にお金のかからないチューンとして創意工夫で遊ぶカスタムがありますね。これはカタログスペックを云々ではなく遊びの範疇なんですけど。このカスタムを一般的にカスタムと呼ぶのだと私は思ってます。そしてこのカスタムの特徴として挙げられるのは自分だけの一点物を自分で作り上げる事を楽しめるという事でしょうか。高級なパーツを組み込んだりせず、自分で問題点を見つけ自分で問題点を一個一個丁寧に潰して行くという手法になりますね」

「では、お金のかからないカスタムはお金をかけるカスタムの下位互換なのか?」

 此処で種子島はブンブンと大きく手を振り長船の意見を否定した。

 面積の小さなビキニが眼に悪い。

 オジサンの眼に悪いし、子供の教育に悪い。

「いえいえ。カスタムを遊ぶってプライベーターならではですからね。先程も言ったように改造というのはメーカーさんが本気を出したら勝てないわけです。ですが勝ち負けに判断基準を置かない分、ある意味では此方の方がメーカーさんのコンプリートキットよりも良い物が出来上がる事も多いのかと。道具って性能だけじゃないでしょ?使い勝手とか頑丈さとか色々評価するべきポイントが無尽蔵にあるんですから」

「しかし、妻の形見のこの銃は金がかかっておる物だそうだが?」

 更に此処で種子島は眼を光らせた。

 これから重要な事を言うから覚えておけと言わんばかりに。

「お金を使うと時間を短縮出来ます。時間を使うとお金を節約出来ます。なーんでもそうです。ですが老中の持つM4はその両方が惜しまず使われているのです。アフターマーケットに出ているような外装パーツこそ何も付いていませんが、これからレーザーサイトや光学照準機器などをゴテゴテ付ける事でその戦闘力は飛躍的に向上する事でしょう。まるで老中がこうした戦に使う事を想定して設計されたかのような感じさえしますもん。サウンドサプレッサーだのフラッシュハイダーだのが無加工で取りつける事が出来るように銃口にはネジ山が切られてありますし」

「しかし、先代はカミさんの婚礼祝いにこれを贈ったのだぞ?」

 届いた時は大いに驚いた。

 宇宙人の忘れ物でも贈りつけたのかとさえ思った。

「そんなM4のレシピ、このアトリエにはねえんだよなあ。M4自体のレシピはあっけど成型加工が出来なくなっちゃってからなあ。マグプルのMBUSサイトをリアサイトにしてっし、ストックだのレシーバーだのはVLTORだし。老中、そのM4、ちょっとウチの三次元複写機に登録させて貰っても良いですか?それを量産出来たら四畳は相当戦力増強が出来ますよ?」

「構わぬが?」

 そう言って種子島は形見の銃をアトリエの何でも産み出す不思議機械に登録したのだ。

 材料が無いので量産は適わぬらしいが。

 もし量産出来れば、絶対に負けない軍が作れるらしい。

 今よりも一方的に相手を殺すだけの軍が作れるらしい。

 それは人を黒船にするぐらいの革新的なものではないのか。

 そして何より、先代はそんなものを何故妻の婚礼祝いに送ったのか?

 まるで。

 まるでこうなる事を予期していたようではないか。

 長船が形見として受け継ぎ、長船が四畳に来る事を予知していたようではないか。

 ただでさえ普通じゃないのに、更に普通じゃないらしい黒銃。

 それはあの破天荒な妻を具現化しているようであった。

 胸が大きく、何事にも物怖じしないあの妻を。

「老中老中?」

「んー?」

 不思議機械が形見の銃に何か光を当てて調べておる間、種子島は妙に長船に人懐こく話しかけて来おった。


「あれ、私に頂戴?」

「やんねーよ。あれはカミさんの形見だぞ?」


 すると若い姉ちゃんはすぐさま頬を膨らませる。

 リスのような娘だ。

 リスはビキニを身に付けぬが。

「代わりに私が使ってるAUGやっからさぁ?」

「形見に代替品も何もねえだろ。量産すんの待てばいいじゃねえか」

「楓君が乗ってるランエボ買えるんだぜ?老中の使ってるVLTOR・M4って。それをアトリエの展示品として飾れば私の店に人がジャンジャン来るって思わねえ?そしたら私、お金持ちになるのも夢じゃねえって思わねえ?お金持ちになったら彼氏が出来るのも夢じゃねえって思わねえ?出来れば野球選手とかサッカー選手とかの優しい人な!家に帰るといつも美味しい料理を作って待っててくれる高身長な人な!」

「まずとめどなく溢れるその鼻血を拭けって。それに武器屋に人がジャンジャン来るって事は購入した人間にジャンジャン武器を使われるって事だろ。武器屋と警察と消防と軍隊は暇なのが望まれてんだ。仕事中にモンハンやってたりパズドラしててもそれは平和だって証拠なんだからな?」

「でもそれ、税金使って遊んでるって言われると思う」

「公務員の辛い所だよな。暇なのを望まれてるのに暇なのを許されない」

 侍は仕事が無い時に如何にして民の目を誤魔化してサボるかが重要になる。

 長船しかその命題に本気で取り組んでいた者はおらぬが。

 サボり癖があるわけではない。

 真面目にやっててもサボっていると思われる事に腹を立てたのだ。そういう何でも難癖を付けたがる民は少なくないし侍なんぞは民に嫌われるものであるのだが。

 戦所勤めの悲しい性だ。

 感謝される時は必ず誰かが不幸になっておる。

「老中の持つM4なら公務員であるお侍様を暇にさせる事が可能でしょうね。構えて照準を付けたまま敵をなぞるようにして撃てば薙ぎ倒す事が出来るぐらいにはブレもないでしょうから。精度の高さだけじゃなくてリコイルショックの制御も容易いでしょうし」

「例えが南蛮由来ばかりでよく解らぬが。現時点で妻の黒銃以上の銃が無いという事だけは理解した。あの銃はどのように使うのが正しいか?」

「そうですね。突撃銃ですからガンガン前に進みつつ障害を排除するってのも良いんですけど。膝や肘という関節を精確に撃ち抜く事での制圧戦闘も良いかと。そういう事が出来る銃です。情けをかける事が出来る銃とでも言えば解りやすいですかね?」

「峰を返すようにか」

「予備弾倉に色つきのテープで印を付けておきますね。赤いテープの予備弾倉には競技用弾薬を充填しておきます。感覚的には人の顔が判別出来ないぐらい遠い距離でも当たる弾薬です」

「助かる。赤いテープがされた弾倉は遠くまで届く弾だな。了解した」

 種子島は言う。

 どこか遠くを見据える様な眼差しで。

 どこか遠くに怨敵がいるのだと確信しているかのような眼差しで。

「老中。そのVLTOR・M4は現在の四畳では作れません。五年前、全盛期の四畳の象徴でもあるとも言えるんです。白船が動くかどうかは分かりませんけど、きっと白船以上にその銃は四畳の全てであると敵に印象付けるでしょう。使う際は必殺ですよ?知られれば対策を練られます」

 長船もそれに頷き応じた。

 元より、誰も生かすつもりなど無い。

 人を殺してニコニコ笑ってるような連中は一人たりとも生かしてやるつもりなどない。

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